2015年3月 9日

私の街も戦場だった


「私の街も戦場だった 戦後70年 千の証言スペシャル」を見てきた。





私の街も戦場だった


私の街も戦場だった

私の街も戦場だった

私の街も戦場だった

私の街も戦場だった

私の街も戦場だった

私の街も戦場だった

私の街も戦場だった

私の街も戦場だった


なんか見てて辛かった。


メチャメチャ撃ち込まれているところに日本人がいるんだと思ったら 言葉が無かった。


でもね、「戦争は絶対にしてはいけない」と思うのであれば こういう映像はちゃんと見ておくべきものだとも思った。


それと、こういう資料をちゃんと公開するアメリカって国の姿勢みたいなものもある意味たいしたもんだとと思いつつ どれだけの日本人が見たのかは判らないけど、こういう映像を見た後にアメリカに対して敏感に反応する日本人が少ない事にもある意味感心した。


例えば、仮に日本が重慶爆撃などを行った際の映像などがもしあって それを公開したら中国や韓国は被害を水増しして国を挙げて抗議してくるであろう事が思い浮かぶんだな


被害者や遺族に怒られるのを覚悟で言えば、将来的な平和や友好を考えたとき、「~された」と被害者意識ばかりを前面に押し出す姿勢は何も良い方向には変化していかないものなのだなと


とはいえ、被害者意識を前面に押し出さないのと 亡くなった方々の慰霊を疎かにするのを混同しちゃってるのも如何なモノかと同時に思いを強くした。


私の街も戦場だった

「福田麻由子」が出演していたので貼っておく。


コメント(2)

ブタネコさんこんにちは。
父親が5歳の頃、鹿児島にいた終戦間際に牛車に乗っていたら真正面から米軍機が向かってきて、御者に抱えられて畦道に転げ隠れた瞬間、牛車が機銃掃射で木っ端微塵に吹き飛ばされた…というハナシを、子供の時から事あるごとに聞かされてました。当時は「また…」と正直ウザがってたのですが、こういう映像の下で撃たれてる側のリアルな描写として自分の記憶に刷り込みしてくれたことを、今ではありがたいなと思っています。もし父が撃ち殺されてたら自分は今こうしてコメントもできないワケで。その父の父、祖父の終焉の地である沖縄へ、この夏は父と共に終戦70年の慰霊に訪れる予定です。

★ ネコまんま さん

御心中お察し申し上げます。

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