2015年3月 6日

「未成年容疑者の実名公開」に関する私見


「あいこ」さんからのリクエストにお応えし「少年法」「未成年容疑者の実名公開」に関する私見を記してみようと思う。





本文を記すにあたり冒頭にてお断りしておきたい事は 以下に記すような内容の記事を掲示すると ただそれだけに執着したように持論を押しつけてくるアホがコメントを寄越す事。


中には「なるほどなぁ」と考えさせられる御意見に出会う事もあるけれど、大半が本人は理知的に意見を述べているつもりでも どこから見てもただの感情論でしかないものばかりで そういうのを一読するととてもウンザリさせられる。


もちろん、以下に記す私の一文も 同様に感情論と受け止められる可能性は高いので他人をどうこうと批判出来る立場には私はいない事も自覚しているので 嫌気がさしたら途中で読むのを止めて構わないし 格好の議論相手を見つけたなんて誤解はしないでおいて貰いたい お互いに迷惑だからね。


さて、では本文だが...




少年法の存在意義とか功罪とかが議論されるのは今に始まったものではなく、凶悪な少年犯罪が生じ、それがメディアで騒がれれば騒がれるほど その度ごとに話題に挙げられては何の結論も出ないまま また、次のそういう事件が生じ... ただ、その繰り返しなんだな


未成年という歳の若い犯罪者に更正の機会を与える...というのは なんか優しい大人の考えそうな意見に映り いわゆる人権派なんて人々には尊重すべき考えにもなるのは理解が出来る。


ただ、この場合の「理解が出来る」というのは「考え方のひとつとして理解出来る」という意味で 私はそれを納得し同意するという意味では無い。


犯罪を犯した少年の更生に配慮して実名公開をしてはいけない...という考え方も同様に 私は理解出来るが、これが殺人事件のように被害者の将来を奪った犯人に そいつの将来を考えてやる「優しさ」を不公平と感じる現状を考えた時 私には疑問に思う事がいくつかある。


例えば、少年法で裁かれた犯罪者の その後の再犯率の高さを考えた時、少年法の存在意義そのものを疑問に思う私がいる。


つまり、「犯罪を犯した少年の更生に配慮した」少年法であるはずなのに 多くが再犯を犯しているのが結果であり現実なのだとすれば これまでのやり方では大半が更正出来てないって事だよね? と。


そういう見地からすれば少年法そのものの存在意義が疑問視されるのも当然であり、未成年容疑者であろうと事件の凶悪性が高ければ成人犯罪者と同様の扱いをすべきだという考えになるのも理解が出来る。


でね、私が同時に疑問に感じる事が それとは別に二つある。


一つは 最近、よく話題になるようになった事だが、被害者は事件が発生すると同時に実名で しかも、顔写真までTVや写真で報じられるのに 加害者は配慮してふせられるのはおかしくないか?という点。


例えば、被害者はレイプされた上に絞め殺された...とか、いじめを苦に自殺した...とか、ともすれば被害者としては不名誉と考え 誰にも知られたくなかったんじゃないか?と思えるプライバシーまであからさまに報じられてしまうのに 加害者は少年法による「配慮の上で」伏せられるというのは不公平すぎるんじゃないの? と。


でもね、私はそういう意見を耳にする度に同意も込めて「そうだよね」と思う反面 なかなか話題にならない別の部分の方こそにもっと大きな疑問を抱く


つまりそれが私の二つ目の疑問であり、最大の不満な点で いつの間にかこの国では実名報道をするかしないかの選択がマスコミによってなされているという点


数日前の「ミヤネ屋」という番組内のキャプを一枚提示すると


ミヤネ屋


要するにマスコミ内に統一された見解が無い状態でTV各局や新聞社、それに週刊誌各社がそれぞれ独自の見解で判断してる事を表すいい例だわな。


で、怒る人もいるだろうとは思うけど一案を呈してみるに ニュースとして報じる際に 被害者の実名や住所や顔写真などを伏せる配慮をマスコミが検討しようとさえしないのは何故なんだろう? と。


今、ワイドショーなんかが夢中になって報道している事件を例に挙げれば 被害者少年の実名、年齢、さらに言えば事件場所が「川崎」である事でさえも全てを報じなくちゃ駄目なのか? 某県某所の某君じゃ駄目なのか? と。


思うに、加害者・被害者それぞれ片方の人権云々をどうこう言う以前に 公平性みたいなものがおざなりでの扱いが現状における最大の間違いで 被害者の真の意味での「被害」が無責任なメディアによってさらに大きくさせられているところにこそ問題があるんじゃないの?


つまり、極論を言えば 私は未成年加害者の実名公開はアリだと思う。


しかしながら、それ以上に重要なのは 被害者のプライバシーが現状のようなダダ漏れでは無く、極力伏せられるべきこそが先だと思うのだ。


ただね、現状におけるネットでの情報の氾濫ぶりや 匿名性を悪用したデマや、必要以上の情報公開を考える時、メディアが仮に正しく機能して実名が秘匿されようとしたとしてもネット上ではオープンになっているケースが殆どで 公には認めないけど大手の新聞社やTV局がそれらをニュースソースにしているケースも日常茶飯事なのだから議論する事すら無意味に思えて仕方が無いんだよね。

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