2015年2月18日

「艦これ」に関する私見


「艦隊これくしょん」(略して「艦これ」)というブラウザ・ゲームがある。




いつだったか、たしかtwitterで「艦これにハマっている」という一言を呟いた事がある。


その時に 数人の方から非公開コメントやメールで


「ブタネコが艦これにハマるとは夢にも思わなかった」


...等々、批判もしくは叱責の御言葉を頂戴した。


数日前に ドラマ『永遠の0(TV東京版)』という記事にも いくつか非公開コメントで艦これに私が興じる事を問う方がおられたので これも一つの機会と受け止め私見をちゃんと記しておこうと思う。


実を言うと 私自身が「艦これ」にハマる数ヶ月ほど前、そう「艦これ」というゲームの存在を私が知った時、太平洋戦争時に活躍し 大半が戦没した海軍艦艇の個々に「艦娘」と称するキャラ付けをして...なんて事を知って不愉快に感じたのは事実であり、であるがゆえに私はその当初「艦これ」をプレイしなかったのだ。


でもね、その後数ヶ月して 中高生の入院患者達で「艦これ」に興じている者達と雑談を交わしていて「あれ?」と思った。


それは、その中高生達に限らず 今の世の一般人の殆どが戦艦「大和」や「武蔵」の名ぐらいしか知っていなくて当たり前なのに ミリタリー・オタクじゃないと知ってなさそうな駆逐艦艇などの艦名をごく当たり前に挙げて


「島風が欲しいんだけど なかなかドロップしないんだよなぁ」


「ようやく千代田を軽空母の改二までレベルアップ出来たよ」


...ってな感じに。


しかも、それ以上に驚いたのは


「雪風ってさ 大和の沖縄特攻の随伴艦のうち数少ない生き残りなんだって」


「夕立って 第三次ソロモン海戦でメチャメチャ活躍しながらも撃沈されたんだって」


...等と 個別の艦の生き様を語り合っている事。


結果論なのかもしれないが そういうのを聞いていて私は「艦これ」に対する認識が大きく変わったんだな


というのは、彼らの話す雰囲気の中に戦没した艦艇に対する慰霊に通じるような気遣いみたいなものを大なり小なり感じたからなのだ。


慰霊碑に手を合わせるのだけが慰霊では無い。


どの海域でどの様に戦い、そしてどの様に撃沈されていったのか... それらを戦後生まれの若者達が知ってあげるだけでも それって充分に慰霊に通じるんじゃなかろうか... そんな風に私には感じられたのだ。


このクソブログに『喫茶「職安」』と称して掲示してきた記事があるが その初期に登場する「屯田兵のご隠居」と呼んだ因業爺さんは かつて海軍将校として巡洋艦に乗り組んでいた人で たまたま御隠居の昔話を聞いていた時に 私が御隠居が乗っていた艦の名前や どこでどう戦った艦かを知っていた事にもの凄く嬉しそうにしていたのを思い出す。


まぁ、私の場合は祖父や叔父など海軍関係者が身内に多く そんな影響もあってウォーターラインシリーズと呼ばれる1/700の軍艦ばかりプラモデルで作っていた事、そのプラモデルの箱や設計図に書かれていたその艦の生き様を熟読していた事 そんな理由で覚えていたものだったのだが、御隠居は自分が乗っていた艦を 孫のような歳の戦後生まれの私が知っていた事に もの凄く嬉しそうに喜んでいたんだ。


ゆえに、もし御隠居が今でも存命で キッカケがたとえ「艦これ」であろうと、自分が乗っていた艦を中高生が語り合っている姿を見たら やっぱ、嬉しそうにするだろうなぁと想像する。


それって、立派に慰霊じゃん。


日教組や朝日新聞などに歪められた歴史を学ばされるよりも 誰からも強制されたわけでもなく、自ら それらの艦艇達が、どこでどう戦い、どう没していったのかを知ってあげるだけで 現在では立派な慰霊だと私は思うんだ。


だから、私はそれを怒れない。


コメント(9)

愚息も「艦これ」にはまり、「長門」だの「山城」等の名前を挙げては、どこどこの海で集中砲火されたのに米軍が見張りの交代をしたわずかな時間に沈んだとか、私にいろんな情報を教えてくれます。

私の両親が筋金入りの左ですので、私は「やっかいな事にはまったな」くらいに思っていたのですが、ある日実家に帰ると、普段は見向きもしない仏間の2枚の写真を熱心に見ている子供の姿。

亡き祖父の弟たちだと話すと詳しく聞きたがり、写真の裏に記してあった階級やどの島で亡くなったか等を教えてやりました。

残念ながらどの艦に乗っておられたかは不明だったのですが、海軍在籍の年や階級から「如月かな…」「△△の艦だと○○を搭載していたからこっちかな」と、役職からどのような働きをされていたかまで推察していました。

もちろん今までも亡くなられたとされる島の名を見る度、慰霊の気持ちを持ってお祈りしていましたが、名もない階級上位でもない一兵が、どのように活躍し最後の時をどんな状況で迎えたかには、思いが至らず、亡き祖父も戦争に関して語らなかったので触れずにおりました。
しかし昨年、思い立って行政に「亡くなった際の情報を教えてほしい」と申請しました。「国の機関でないと詳しい事は不明」と返答され、何カ月先か分かりませんが、待ちの状態です。
もしかしたら、結局何も分からずじまいかもしれませんが、息子をきっかけに、家族が想いをめぐらす事が御二人への供養になると思えてなりません。

ただ、年ごろで亡くなられた2人には、艦むす達の衣装は刺激的だろうと思うので、苦笑いをされているかもしれません。

★ みかnママ さん

たまたまなのかもしれませんが、私の周囲にも同じ様な事例がいくつもあります。

記事文中にも記しました通り、私はそれを是とし、良しと感じております。


こんばんは。私は艦これをしている者です。

艦これをする前は単なる萌えゲームかと思ってましたが、後輩の勧めでやると中々設定が凝ってて、ハマってしまいました。

太平洋戦争を含め歴史全般に興味はあるのですが、正直艦船まではあまり知らなかったので、知識を補うのにとても助かっています。

今年は戦後70周年ですが、艦これなどから戦争の悲惨さを感じとることは大切だと思います。

<<<管理人権限で文末を伏せさせて頂きました>>>

もっさんさんのコメントへの返信

★ もっさん さん

管理人権限で伏せさせて頂いた部分への返答は「直リンクじゃなければ御自由にどうぞ」です。

ブタネコさん、引越し完了おめでとうございます。

艦これの冬イベントはどうなさいました。甲種勲章をゲットなさいました?私は何とかゲットしましたが、朝霜は無理みたいです。貯めに貯めた半年分の資材がぶっ飛んでしまいました。

ブタネコさんのコメントへの返信

ご返信ありがとうございます。

有り難く使わせて頂きます。

それと、艦これなどのゲームから歴史を学ぶことは非常に有意義なことなので、個人的に艦これがアニメなどで人気が出ることは喜ばしいことです。

これからも一提督として、艦娘を大事になさって提督業に励んで下さい。

★ 支店長 さん

ずっと甲でE-4まではクリア出来たんですけどね、E-5は途中で残時間や残資材を考えるとE-5だけ乙に下げてなんとかクリア出来ました。

朝霜は今回は諦めました。(ToT)


★ もっさん さん

そちらも頑張って下さい。^^


3/10にくも膜下出血を引き起こしましたが、一ヶ月の入院を経て退院しました。特に後遺症は出ていませんが、しばらくは体力の回復を待ちたいと思っています。
入院中、少し元気になると暇を持て余し、キンドルで金田一物を読んでました。八つ墓村、手鞠歌、獄門島、魔女の暦、火の十字架、スペードの女王・・・。
4/3には社長の主演映画のDVDも発売、5/15にはNHK-BSの神谷玄次郎捕物控2へのゲスト出演もあるし・・・そわそわと、桜吹雪ともに戻ってまいりました。
一ヶ月ぶりのわが鎮守府は荒れ放題。少将に降格されましたが、麻耶も鳥海も改二が可愛かったのでほっとしております。でも、叢雲はまだLV61なんです。

★ 支店長 さん

あらま、それは大変でしたね。^^

情報感謝です 最近チェックを怠っておりまして最新作どころか その
一つ前までまだ未入手でしたので早速手配しました。

ウチの叢雲はおろか鳥海や摩耶もまだ改どまりで 改二までは相当時間がかかりそうです(T-T)

コメントする

『個人的に真面目な話』関連の記事