2015年8月15日

一番電車が走った


SPドラマ「戦後70年 一番電車が走った」を観たので貼っておく。





戦後70年 一番電車が走った


この夏、私にとって一番ショックな出来事は この番組の録画に失敗した事。


たかがドラマの録画失敗が「一番のショック」とか言ってる時点で 私の日常がどれだけ幸せで平和に満ちているのか それだけ充分に判ると罵られても仕方が無いと私も思うけどね。


ただ、私はこのドラマをオンタイムで最初から最後まで見る事が出来た事は不幸中の幸いだったのかもしれないが、録画が無いのはショックだ。


それだけ、このドラマはいろんな意味で心に染みる良作だったという事。


たまたま、予告編の録画があったので 以下の文中には予告編の画像を用いる。


戦後70年 一番電車が走った

戦後70年 一番電車が走った

戦後70年 一番電車が走った

戦後70年 一番電車が走った

戦後70年 一番電車が走った


「黒島結菜」のポテンシャルにはかねてより期待していたけど 良い仕事を見せてくれて感謝する。


でも、それ以上にこのドラマでは


戦後70年 一番電車が走った

戦後70年 一番電車が走った

戦後70年 一番電車が走った


「清水くるみ」が私の心を揺さぶった。


彼女に泣かされたのはこれで二度目 やっぱ、良い子だ。




このドラマを見終えて数日間、いろんなサイトなどでこのドラマの感想などを見聞したが、予想外に賛否両論に分かれている。


まぁ、諸手を挙げて絶賛する気は無いけれど 否定感想の中に「なんだかなぁ」感が強かったのは残念だった。


例えば、被爆後の登場人物達の服装の汚れ方が薄い...とか、怪我の程度が軽い...とか、そんな部分にリアルさが感じられなかった...みたいな感想が結構目についたんだけど 確かに映像効果的な部分は大事だと私も思うけど 重要な事は制作者が何をどう表現し伝えようとしているのか?が ちゃんと描かれているか? という部分であり、それについて私は充分に制作者達を賞賛したい。


むしろ、そんな感想を平気で述べるのは その方御自身に「行間を読む」能力が大幅に欠落しているのを自己宣伝しているようなものだとも。


「街が壊滅した三日後に一部とは言え復旧された電車が走る」


言葉で言えば そんなたった一言でもそこに込められた意味や、そこからいろんな人がそれぞれに受けた気持ち それがちゃんと描かれていれば服の汚れや怪我の見え方など些末に過ぎず、そんな上辺ばかりに文句を言って肝心な部分を汲み取れないようでは あまりにもアホすぎて話す気にもなれないんだな。


戦後70年 一番電車が走った

戦後70年 一番電車が走った

戦後70年 一番電車が走った

戦後70年 一番電車が走った


そういえば、「火の鳥」 「火の魚」も広島放送局の制作だったんだよね。


広島制作局のクォリテイは高いなぁ...


コメント(2)

ブタネコさんへ
ご無沙汰しています。この時期のドキュメンタリーやドラマは自虐史観の香りたっぷりなものが多いので一切見ない事にしています。見終わってから不愉快になることが多々ありましたので。僕も知らなかったことですが被爆後三日で電車を稼働させるとは、広島市の人の心の強さには脱帽です。僕もサラリーマン時代、外人と一緒に仕事しましたが、定時に帰る外人から時間を気にせず動かすことに専念する日本人はおかしいと良く言われましたが、その苦労はこの比ではありませんね。
何もかも破壊された後、電源は、配電線は、軌道は、・・・よく動かしたものです。
最後の’火の鳥’は’火の魚’では?最後の’タバコすいてー’のセリフだけは何故か覚えています。まだまだ酷暑が続きそうです、ご自愛ください。

★ ボース さん

JR北海道は この番組を見て猛省しろと言いたいです。


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