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2014年12月05日

● 百瀬、こっちを向いて。


2014年に公開された映画「百瀬、こっちを向いて。」のDVDを入手したので見た。




まず最初に、


この映画の出演者リストの上位に私が個人的に抱いている「コイツが出演するとドラマの内容がクソになる確率がハネ上がる」リストの若手男性部門で上位の人の名前があったのでDVDは発売とほぼ同時に入手していたが、未見DVDの山がかなりの高さになっている現在 限りなく下の方に埋まっていたのだけれど…


彼が内心どう思っているかは判らないが 私は友人だと一方的に思っている『虎馬さんのブログの記事』を拝読しなければ 私はこの映画のDVDを相当先まで見ずに過ごしていたであろう事は間違い無く、その順番を大きく変えて 個人的に鑑賞したDVDが不作続きの私にとって久しぶりに有意義な満足を得られるキッカケを頂戴出来た事に感謝を申し上げたい。




で、


百瀬、こっちを向いて。


案外、気づいていない人が多い様なので余計なお世話を最初に記しておくと この映画の同名原作の著者「中田永一」って「乙一」でもある…という事。


乙一と言えば ホラー風味のサスペンス作品など傑作が多いのでファンも多いのだが、別名義で著した作品もあるんだな。


実は、私もこの映画のDVDを見るまで気づいていない一人だったのだ。


つまり、原作未読でこの映画を見て 感想記事を記そうと下調べをしたところ「中田永一」=「乙一」という事実を初めて知り、映画内に疑問を抱いていた部分もあって尚更、原作を早急に入手して読んだ次第なのだ。


ま、それはともかくとして まずは原作を未読で映画のDVDだけを見終えた時点での感想を先に記すと…


この映画はあくまでも私の個人感で言えば たった一人を除いてキャスティングが成功しており、それがゆえに多少の疑問は抱きつつも「良い映画だった」と鑑賞後の後味が久しぶりに良い映画と出会えた満足感に浸れた。


例えば、


百瀬、こっちを向いて。

百瀬、こっちを向いて。


殆ど、主役も同然の「百瀬」を演じた「早見あかり」


彼女がモモクロのメンバーだった事は知っていたが、私がモモクロに興味を強く抱く様になったのは彼女がモモクロから抜けた後(と言うか、抜けた直後)というタイミングの為、モモクロ時代の彼女はモモクロの古いDVDで見ただけで 何の知識も無いに等しい。


が、最近TVで放送中の「すべてはFになる」や「マッサン」に出演している姿を見て アイドルグループ出の若手女優としては少し異色、特にモモクロの他の5人の現メンバー達とはあくまでも個人感だがベクトルが違う様に感じ この「百瀬、こっちを向いて。」を見るに至って女優に専念し別路線を進もうとした事は 今後どうなるかは別として私は正解の様に感じている。


というのも、この映画の中での演技は台詞回しには部分的に難点があるけど 存在感とか、微妙な表情や仕草は 現時点で10年以上女優業をこなした20代後半の女優達と比較しても遜色ないぐらいのポテンシャルを見せていると感じたからだ。


が、それ以上に


百瀬、こっちを向いて。


「西田尚美」がすっかり母親役に馴染み、この映画でもありがちな高校生の母親を無難に演じている点


さらに、それ以上に


百瀬、こっちを向いて。

百瀬、こっちを向いて。


「中村優子」の演技は秀逸この上なく


百瀬、こっちを向いて。


上のカットの表情や仕草は 同年代の女優で彼女よりも巧く演じられそうな人に私は心当たりが浮かばないほだった。


また、


百瀬、こっちを向いて。


「石橋杏奈」は私にとって興味深い存在で 彼女の演技には思い切り引き込まれる時がある反面、「なんだそれ?」とこき下ろしたくなる事や 彼女が出演する作品そのものが秀逸な物かクソか…というギャップが激しく大きい事。


それと、本当に不思議に思うのは 彼女の出演作で秀逸だなと感じるものには 彼女自身か、もしくは共演者の誰かの演じる女の子が 中高生時代のウチの嫁をもの凄く連想させる人物が登場する事。


百瀬、こっちを向いて。




さて… 映画の冒頭に


百瀬、こっちを向いて。


上のカットがあるのだが、ここに映っている花って「ワスレナグサ」で良いのかな?


どなたか御存じの方がおられたら御教示頂けるとありがたい。




【※注意】以下の記述には軽くネタバレが含まれています。


 願わくば、映画本編もしくは原作本に目を通してからを強くお薦めします。




 




 

【※注意】ここから下の記事文中にはネタバレが含まれています。



 



まずは、マニアックな映画の見方の一例を紹介する。


■映画本編が始まって間もなく、


百瀬、こっちを向いて。

百瀬、こっちを向いて。


主人公の一人であるノボルが列車内で見ているビラが上の画なのだが、ここから読み取れる設定を抜粋すると


  ●ノボルが講師となる母校での講演会が数日後、(平成26年9月13日)に行われる

   …つまり、現代の設定は ほぼ今年(2014年)


  ●ノボルの誕生年は1983年で 母校である藤沼高等学校を卒業したのは平成14年(2002年)

   …つまり、このビラではノボルが高校一年生だったのは1999年だった事になる


百瀬、こっちを向いて。


■次に、駅前で徹子先輩と再会した時の 徹子先輩の台詞


「高校卒業以来かな、…って事は15年?」


現在が2014年だとすると15年前は1999年で 徹子先輩はその当時高校3年生だから、”卒業以来15年ぶり”という台詞はほぼ辻褄が合っていると言える。


■映画中盤(開始から約34分ちょっと)


百瀬、こっちを向いて。


上の画は高校一年生のノボルが自室で先輩と携帯で話しているシーンだが、重要なのは背景のカレンダーで 6月1日が火曜日となっている。


ちなみに、ここ20年間のカレンダーで6月1日が火曜日となるのは1993、1999、2004、2010、2015年である事から やはり、ノボルの高校時代は1999年の設定となっている事が裏付けられる。


■ で、問題なのは…


映像内における上の携帯電話のシーンでは


百瀬、こっちを向いて。


ノボルの使用している携帯電話のアップが画面に映っており、その形状からdocomoのP209iだと思われるんだけど…


残念ながら、P209iが世の中に登場したのは2000年6月なので(私自身が使っており、発売と同時に機種変更していたのと、この頃の携帯電話が私にとって最も使いやすかったからよく覚えている) 1999年のノボルが使っているのは辻褄が合わない。


惜しいねぇ、最近じゃ時代考証を専門に生業としている方もいるらしいが 私みたいなのに突っ込まれるようじゃ仕事として金を受け取っちゃいけないな


が、そんな事はどうでもいい。


長々と余計な事まで記したけれど ここで重要な事は


「この映画における状況設定では1999年にノボルや百瀬は高校1年生で 現代シーンはそれから15年後の2014年である」


という事。


どうか、それを念頭において以下の記事を読み進めて頂きたい。




【※注意】しつこいようですが、ここから下の記事文中には本当にネタバレが盛り沢山含まれています。




この映画のラストシーン


百瀬、こっちを向いて。

百瀬、こっちを向いて。

百瀬、こっちを向いて。


現代のノボルは途次 一人の女性とすれ違う


このシーンって そこまでずっと映画本編を見てきた人は


「この女、もしかして百瀬か?」


と、一瞬ドキドキしたんじゃなかろうか?


結論から言えば、この女性が百瀬か否か映画内では明らかにされず おそらく映画の制作者は「見た人それぞれがそれぞれの想像で楽しんで下さい」という意図なのかな?と好意的に解釈したいところなんだけど 現代のノボルを演じていた人があまりにも演技が下手くそ過ぎて全く想像するヒントにもならなければ、逆にミスリードの匂いさえしてクソの役にも立たない。


ゆえに、折角美味しく楽しめそうな所が台無しなんだな


で、ふと冷静に考えてみた。


百瀬、こっちを向いて。

百瀬、こっちを向いて。

百瀬、こっちを向いて。


高校1年生の時にノボルが先輩から預かり、百瀬に渡した手紙で百瀬の恋は終わった。


そんな彼女に


「百瀬、こっちを向いて。」


と叫ぶノボル


仮に、そこがラストシーンなのであれば それはそれで理解も出来る。


でもね、そのシーン以降の ある種の種明かし的エピソード


百瀬、こっちを向いて。

百瀬、こっちを向いて。


とかを見せられていると ノボルは高校1年生の時の百瀬との出来事を15年後の現代まで なんらかの形で引きずっていると映画の制作者達が描いたのは間違い無い。


では、どういう風に引きずっているんだろうね?


例えば、一番ありがちなパターンで言えば


・百瀬に今でも恋をしている


じゃぁ、なんでラストシーンで女性に声をかけなかったんだろう?


徹子先輩との会話や学校訪問のせいで すっかり、気持ちが百瀬に向かい たまたますれ違った女性が百瀬に見えてしまったけど、声をかけようとした瞬間に違うと気づき 己の気持ちに気づいて苦笑いした… ってか?


まぁ、そういう風にお気楽に考えてラスト…ってのも良いのかもしれないんだけど、ひねくれ者の私は ちと、そうは問屋が卸さない。


と言うのは、仮に「百瀬、こっちを向いて。」というのが ノボルの百瀬への恋慕の気持ちが言わせたのだとしたら、先輩にフラレた直後はともかくとしても その後、高二、高三と 先輩が卒業した後、高校1年生だったノボルと百瀬には少なくとも二年間同じ高校に通った時間があるんだから その間はどうだったの? それが気になって仕方が無い。


でね、ノボルで考えると さらに高校卒業後の13年間、恋慕を引きずったまま百瀬とコンタクト無し…ってのが なんか矛盾に感じ、折角の物語も「あれれ?」感が増幅するんだ 何か変だ、と。


…ここまでが映画のDVDを見終えた時の私の感想だ。


映画だけ見終えた時点では 深く突き詰めると問題点は大きくなるけれど、青春物の娯楽作品としてはそれなりに楽しめるし、とにかく中村優子の唇に人差し指をあてる仕草にシビレた事だけでそれなりに満足はしていたのだ。


でも、このクソブログに感想記事を記そうと下調べをしたところ 冒頭に記した様に原作者が乙一と知り、乙一がこんなラストの描き方をするとは思えず 急いで原作を入手して読んでみなければ…と、思ったわけだ。


というわけで、原作を読み終え…


原作と映画の相違点の詳細は さすがにネタバレありの記事だとしても記さずにおく。


それは、映画を見終えてから読んだ原作は 映画以上に納得出来る作品であり、原作者の乙一に敬意を表しつつそこまで気になった映画の視聴者は 是非、原作を買って読むべきだと思うから。


それにしても、また映画制作者のアホさ加減を罵りたくなる作品に出会うとは もう、怒りを通り越して呆れまで通り越す。


よく、原作物を映画化する際に「尺の関係で…」という言い訳を耳目にするけれど この「百瀬、こっちを向いて。」に関しては絶対に「尺の関係で」なんて言い訳は認めない。


原作を読めば判るけど、原作内のエピソードの取捨選択がどうこうという問題では無い。


ほんの数分の尺があれば原作のラストが描けるし、その為には15年がらみの映像なんて付加する意味は無く、それら余計な映像制作者による付加設定なんか無意味なのだからとっぱらっちゃえば、むしろ尺はかなり縮まるからね。


ひとつだけ指摘させて頂くと 何故、15年後という設定に変更しなければならなかったのか? 


その上で ラストのド下手の思わせぶりなシーンを盛り込んだ意図が何なのか? 全く私には理解できず、しいては腹立たしさばかりが募る


まぁ、結果的に「原作を読まなきゃ」と思わせてくれた事に違った意味で感謝はするけどね。


百瀬、こっちを向いて。

百瀬、こっちを向いて。

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コメント

友人の虎馬です(笑)


時代考証の破綻の指摘
いつもながら細かいところまでの観察に驚きました。


映画の終わり方に俺も不満です
原作を読んでみたくなりました。

★ 虎馬 さん

>時代考証

最近はあまりのクソさ加減に手抜きな記事ばかりだったので、たまには真面目に重箱の隅を突いてみようかと思いました。^^

>映画の終わり方

思うに、あくまでも私の勝手な想像なのですが 15年後の百瀬を誰に演じさせるか そのアイデアに制作者が恵まれていなかったんじゃないかと。

個人的には「大塚千弘」あたりなら表情や雰囲気が良い感じなんじゃないかと思ったんですけどね

【※注意!!】

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