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2014年11月23日

● チーム・バチスタFINAL ケルベロスの肖像


2014年に公開された映画「チーム・バチスタFINAL ケルベロスの肖像」のDVDを入手したので見た。




チーム・バチスタFINAL ケルベロスの肖像


チーム・バチスタFINAL ケルベロスの肖像

チーム・バチスタFINAL ケルベロスの肖像


タイトルにある「FINAL」という単語が何を意味しているのか理解出来ずにいる。


普通で考えれば「チーム・バチスタ」シリーズはこれで終わりですよ…という意味なんだろうけど、原作のシリーズがこれで終わるのか?と考える時 現時点でそれをsれを言い切るのは早計だろう、と違和感を覚えるわけで 例えば、映画版におけるこのシリーズがこれで終わります と言うのであれば、フジ系による「伊藤、仲村」のシリーズ(TVドラマシリーズを含む)の制作が”終わり”というのであれば「あぁ、良かった」とは感じるんだけどね。


というわけで、ちょうど良いので「チーム・バチスタ」シリーズに関する現時点での総括的個人的感想を記させて貰うと…


原作のシリーズ初頭、例えばAIを死因究明に活用する…などの話は 実際に医師である著者が現職として考える問題提起であり、それを論文では無く小説という形で世に問う風にも感じられ私は好意的に感じていた。


が、その第一作「チーム・バチスタの栄光」がドラマ・映画化されるあたりから なんか違った物になってきた様に感じられ、その後を経由して現時点で私は そんな好意的解釈をアホだったと空しく感じる気持ちが強い。


その理由を考えた時にまず思い浮かぶのは 映画「チーム・バチスタの栄光」では 田口・白鳥コンビは竹内結子・阿部寛で製作され、それは何故か原作第二作「ナイチンゲールの沈黙」を飛ばして原作第三作「ジェネラル・ルージュの凱旋」を映画化二作目とした時点で「なんで?」という疑問


それらに関して映画その物が原作に忠実か否かという議論もあったようだけど、それ以上に私は 如何なる理由でその二作目の映画制作で「シリーズ」と銘打つのか制作者の意図に疑問を感じつつ、それを許した著者に不信感が募る


で、TVドラマシリーズにおいては 著作の順番にはそれなりに忠実だけど、中身は中途半端なサスペンス仕立てがメインの薄っぺらさ


同時に、原作のシリーズ続編が新たに刊行されるにつけ 原作自体の内容も現実の医療問題をテーマの柱に据えている様に見えてどんどん乖離していく様に感じられ それが私の中で「なんだかなぁ」感が増す


まぁ、私のあくまでも勝手な感じ方なんだけどね


そんな理由でシリーズが本当に「FINAL」になってくれるのであればと「ホッ」としている。


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コメント

ブタネコさん、こんにちは^^

サービスショットありがとうございます~♪

このドラマ版 速水晃一は、私にとっては原作イメージ通りで、非の打ちどころがありません。
他の方はどうかわかりませんが^^;

私は、まさにこのドラマ版、速水晃一に好感をもって、『ジェネラルルージュの凱旋』の原作を読み、それから海堂尊作品を読むようになりました。

監察医制度は全国どこにでもあるわけではないという事実や、医療関係のいろいろを面白おかしく知る事が出来てカルチャーショックをかなり受けました。
ニュースを見る目も若干変わりましたし。

エンターテイメントにそういうものを織り込んで、人に読ませるという手法のとりこになりました。
どの世界でも、専門分野を持つと強いなあというのも感じました。

それまでは、ミステリーと呼ばれる種類の本を読むこともほとんどありませんでした。
そういうカテゴリの本を読むようになった入り口としても海堂尊作品はちょっと思い入れがあったりします。

そして、ドラマから入っていながらナンですが。

私は、その後、原作ファンになっていったので、ドラマ作品はどれも好きではありません^^;
『ジェネラルルージュの凱旋』もです。
理由は、ブタネコさんのおっしゃっていることとほぼ同じです。

映画版も原作に近いなあと思いましたが、逆に抜いた部分が目立ってしまい、かなり残念な気持ちになりました。

私も、なぜ作者は、こういう改変を許すんだろうというのはずっと感じていました。
が、あるとき、作者の公式サイトに不定期で公開されるご本人のエッセイ(報告文章の方が適当かも^^;)にて、本音をポロッと洩らされているのをよんでしまったのです。
その本音とは、“「原作のままでやって」と言っていいとは知らなかった”と言うような意味合いでした。

原作者も大変なんだなあと気の毒に思いました。

それを読んだので、私は若干作者を許したい(!)と思っています^^;

「FINAL」はテレビドラマシリーズの“FINAL”だと私も思いたいです。
だとしたら、ほっと胸をなでおろせるんですけど^^;

長文失礼しました。

ごめんなさい!

先の投稿で「映画版」と言ったのは、堺雅人が速水晃一を演じた作品のことです。
元記事で取り上げている『ケルベロス・・・・・』は“FINAL”に含めています^^;

★ slan さん

ども、いつもお世話になっております。^^

>監察医制度は全国どこにでもあるわけではないという事実や、医療関係のいろいろを面白おかしく知る事が出来てカルチャーショックをかなり受けました。

そう、シリーズの初期作品にはそういう趣向が沢山込められていますよね

でもね、原作は続編が進む毎に「シリーズ」って部分だけに力が入って初期の魅力的部分、評価すべき部分が薄くなってしまい私は興醒めに感じているんです。


>“「原作のままでやって」と言っていいとは知らなかった”と言うような意味合いでした。


どのタイミング(シリーズのどれとどれの間?)か気になるところではありますが、その発言が本意なのか?と「ケルベロスの肖像」や「カレイドスコープの箱庭」を読んだ身としては大いに疑問です。

【※注意!!】

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