« 小栗旬 大正漢方胃腸薬 CM | TOPページへ | A子の話(あとがき) »

2014年08月30日

● 永遠の0 ネタバレ追記


古い友人の一人である虎馬さんから書けと言われていたので 映画「永遠の0」について 今回はネタバレ満載で追記しておこうと思う。




【※注意!! この記事にはネタバレが満載です】




過日、『永遠の0 DVD再見』という記事を掲示したが その中で私は良い映画なんだけど3つの残念な点があると私見を述べた。


で、先日 映画「永遠の0」についていろんな方と感想を語り合っている時に、上述した三点の残念な部分に関して 語り合っていた人達にいろんなズレを感じ私は戸惑った。


そして、さらに先日 たまたま別件で久しぶりに電話で話していた「虎馬」さんとの会話の中で それらのズレの正体を私なりに理解したので追記しておこうと思った次第。


まず、第1の残念な点


永遠の0

永遠の0

井崎のシーンに井崎の孫が存在しないのが残念


原作ではこのシーンに井崎の孫にあたる若者が同席し 自分の祖父の戦時中の話を始めてまともに聞かされる。


この若者は現代風の いかにも無関心な若者なのだが、祖父の話を聞いて何かに目覚める。


あくまでも私の知る…という意味での私見解釈だが、よくメディアなどで 最近になって老いた従軍経験者達が今になってようやく重い口を開き、当時の話を語る様になった…みたいなナレーションをドキュメント番組ではお約束の様に流すけど、私の知る従軍経験者達の多くは 今から40年前の時点でいろんな経験談を私に話してくれたものだ。


たしかに、従軍中の辛い話や悲しい記憶を話したくない人も少なく無かったに違いない。


でも、私の知るその人達は むしろ辛く悲しい話こそ聞かせてくれた。


ドキュメント番組の従軍経験者と 私の知る従軍経験者達には何の違いも無いのに、何が違うのか?


私に言わせれば 従軍経験者の多くは、「話したくなかった」のではなく「それを真摯に聞こうとする者がいなかった」だけなんじゃないか?と私には思えてならないんだな


私が小中学生の頃、日本が太平洋戦争を一方的に起こし 戦地で現地人に対して残虐非道を働き、ついには沖縄で同胞に対しても…なんて風潮に教育やTVで染められていたから 軍人=悪みたいな構図が出来上がっていた。


ゆえに、従軍経験者の多くは体験談を口にするのも憚られてもおかしくないよな…なんて 最近私は感じられて仕方がないのだ。


しかし、人が戦場でどんな艱難辛苦を味わうのかは 戦場に行く行かないに関わらず、人生を生きていくために貴重な話で 聞く者の何の糧になるかは計り知れない。


ましてや、自分の祖父や親、叔父など肉親の経験談は 我が家の系譜を考える上でも貴重で重要な話なんだな


パッと見、ただの爺さんでも 若い頃に戦地でどれほどの艱難辛苦を味わったと知れば話は違ってしまったりする。


そう、井崎は「宮部の孫に話をするため」だけに命を長らえたのでは無い 己の孫に何かを伝える事も重要だったのだ。


そこが映画では表現されなかったのが残念だと私は言いたい。




次に、二番目の残念な点

永遠の0

永遠の0

武田のシーンの記者とのやりとりが、コンパに置き換えられ陳腐化してるのがとても残念


原作では宮部の孫の姉の彼氏が新聞記者という設定になっており いかにも今風な左巻き思想の新聞記者を武田は論破した上に罵倒する。


あえて引用せずにおくが、そのシーンで武田が吐く台詞は 私の知る従軍経験者達の多くが戦後のマスコミに対して抱いていた反感の台詞と同じだった事。


原作を読んだ時、そんな私の知る従軍経験者達の在りし日の顔が皆浮かんだぐらいだった。


あくまでも想像だが、映画制作にあたり制作者達の中に新聞社と仕舞い系列にあたるTV局などが絡み いわゆる大人の政治的判断みたいなのが働いたんじゃないかと勘繰りたくなるぐらい この武田のシーンが省かれたのが痛恨の極みなんだ。




そして、三番目の残念な点


永遠の0

永遠の0


景浦のシーンは昔今の両俳優の好演もあって涙がとまらないんだけど、やっぱり終戦直後の景浦のエピソードを何故カットしたのか不可解至極。


映画の中で


永遠の0

「不思議な事が前に一度ありました…」


映画のラストの方で宮部の妻が戦後 ヤクザ者に囲われそうになった時、助けてくれた人がいたという話を打ち明けるシーンがある。


原作では それが景浦である事をもっと明白に記している。


単なる人助けの人情話としても いい話として泣けるのかもしれないが、私が残念と言ってるのは意味が違う。


思い出して欲しい。


永遠の0


景浦は特攻に出撃した宮部を身体を張って守ると誓った直掩機(護衛戦闘機)だったのに、機体のエンジン不良で それが叶わなかった。


永遠の0


「その刀は 人の血を吸ってるぞ」


というシーンと台詞にはちゃんと意味があるはずなんだ。


「おまえの祖母を囲おうとしたヤクザ者を斬った刀だからな」…って感じに。


景浦は戦後 宮部を見守れなかった代わりに、宮部の妻子を直掩機として見守った… その重みをボカしちゃダメだよ、だから残念なのだ。


個人的には 片手に血がべったりついた方をぶら下げ、返り血を真っ赤に浴びた新井浩文の仁王立ちする姿をスクリーンに見たかったんだよな…




最後に


永遠の0


虎馬さんが何気に気にしていた上のシーンだが…


私の知る従軍経験者達は 戦友会の名簿をとても大切に保存していた。


それは戦地での絆であり、名簿に記載された人々の中にある知った名前を目にするだけで それぞれの人に対する想いや記憶が一瞬で甦る見出しみたいなものでもある。


そんな大切な書類を


永遠の0


この馬鹿孫は雨に濡らしやがって。


あくまでも私の個人的想像だが、景浦は戦後に宮部の妻子に近づいた男が宮部と奇縁の持ち主である大石という人物で それが宮部と機体を交換して生還した人物だった事に気づいている。


上の名簿は それを確かめるための資料だったのかもしれない。


そして、宮部の妻子と大石が結ばれる事を 景浦なりに納得していたんじゃないか、とも。


それにしても、重要な事は 徴兵であれ、志願兵であれ 戦地に赴き没した方々は、自分が倒れた後の妻子や親兄弟が苦労しない事を誰もが願ったはずなんだけど それに対してこの国や国民は どうだったんだろうね?


せめて、慰霊ぐらいはしないとダメなんじゃないの? …それが私の持論なのだ。


お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

 この記事への御駄賃がわりに下のバナ-のいずれかを クリックして頂けると嬉しいです。^^
 (全部、クリックしてくれると もの凄く嬉しいのは事実です。^^)

ブログランキング・にほんブログ村へ Blog Ranking 人気映画・TVBLOG blogram投票ボタン BlogPeople「自分のこと」部門にクリック BlogPeople「テレビ」部門にクリック BlogPeople「映画」部門にクリック

『戦争関連』関連の記事

【※注意!!】

この記事は『ブタネコのトラウマ』の倉庫に保管されている記事なのでコメントの投稿は出来ません。 2015年2月10日以降 このクソブログは『ブタネコのトラウマ・リニューアル版』に移転しましたので新規記事更新及び、過去記事へのコメントの受付もそちらで行っておりますので お手数ですが、そちらへの移動をお願い申し上げます。