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2014年05月02日

● そして父になる


映画「そして父になる」のDVDを入手したので見た。




【※注意】この記事の記述には軽くネタバレが含まれています。




そして父になる


そして父になる


主役は「福山雅治」なんだけど 私の視聴目的は「尾野真千子」と「真木よう子」


どちらもなかなか良い味を出していて好演だった。


ふと思い出すのはTVドラマ「最高の離婚」で 内容的に比較する気は全く無く、「尾野真千子」と「真木よう子」が それぞれ別の人物像を好演していただけに二人の芸達者ぶりが垣間見えて楽しかった。


で、「そして父になる」の内容的な部分に関する感想だが…


あくまでも個人感なのだが、この映画を見ていて特に気になったのが、


そして父になる


リリー扮する父親の言葉は私には関西弁に聞こえたのだが、映画の設定では群馬の前橋あたりで客の入りの少なさげな電気店主という設定なのに 何故関西弁なのだろう? と。


まぁ、ある意味どうでも良い事なのかもしれないけど 私にはそれが妙に気になってしまったんだな。


でね、あくまでも個人感として リリー=関西弁に もし、映画の制作者が何かの意味を込めたのだとしたら それって何だろう?なんて愚考してみたわけだ。


で、ふと思った事を場合によっては怒られる事も覚悟で正直に述べると、全部が全部そうではないのだが、往々にして関東人が関西人におしなべて抱く「セコさ」「あつかましさ」というイメージ それを観客に植え付けたかったのかな?と。


入れ替えられた二人の子供がそれぞれその後に育った二つの家庭(環境)の違いを具体的にするためか 例えばリリー・真木夫婦は先述したように客の入りの少なさげな電気店主であるのに対して 福山・尾野夫婦はホテルの様のマンションに住み、父親は一流企業のエリートとし、さりげなく「貧富」という対照さも醸す


その上で


そして父になる


そして父になる


リリー・真木夫婦は当初「慰謝料の額」にこだわりを見せていたり、「病院が新幹線代を出してくれるって」とか飲食の領収書を病院名で貰うなどの細かい場面と重ねている事も対照に輪をかける演出なんだな と。


貧富の「貧」をイメージさせ 対照的にとの「富」をイメージさせて 二つの夫婦を対比させたかったのかな? とも。


でもねぇ、そういう風に勝手に解釈しちゃったせいなのか 私には中盤以降の物語や流れに なんか違和感を覚えて仕方が無かったのだ。


つまり、


そして父になる


裁判が終わり、真相が判明して以降 基本は福山雅治が演ずる父親が主人公はともかくとして リリーが演じるもう一人の父親がなんか穏やかすぎる様に感じ違和感なんだな


要するに看護師個人の悪意が直接原因だとすれば 病院の管理責任という面は拭えないけれども、病院としての過失責任は減ぜられる可能性があり、それは慰謝料の額が下がる可能性がある、という意味や 看護師に対しての怒りの場面にしても 僅かに場面はあったけれども その後がともすれば実にあっさりしたもんだな…って風に


ただ、リリー演ずる父親が冒頭からもっとギラギラするぐらいセコイ人間だったら その違和感ももっと大きかったのかもしれないとも思えるから 違和感と言ってもごく軽いものなんだけどね


そして父になる




そして父になる


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