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2014年04月02日

● 雑感(4月3日)


久しぶりに「バンブラ」さんからコメントを頂戴した。^^




2005年8月15日にこのクソブログに掲示した記事『小野田少尉・遅すぎた帰還


この記事はルバング島から小野田少尉が本国日本に帰還に至る顛末の実録ドラマとして 2004年の大河ドラマ「新選組!」の「山南敬助」役で認知度・注目度が上がった俳優「堺雅人」が実在しルバング島で小野田少尉に接触した冒険家を演じたドラマでもある。(ちなみに小塚一等兵役は「西島秀俊」だった。)


で、「バンブラ」さんは 以下の記事のリンクをコメントに添付して下さったので早速読んでみた


 『40年前、お風呂場で小野田寛郎さんがポツリと言った「(終戦を)知っていた」




以下、上のリンク記事を読んだ私のあくまでも個人的感想を記しておこうと思う。




「実は小野田さん 戦争が終わったのを知りつつルバング島に潜伏していたんだよ」


というのが仮に事実だったとして それを今この時期に世に広める事(広めようとした事)の意味に 私はしっくりこない気持ちを抱えている。


念を押しておくが、それが事実か否かなんて事を 昨今の「STAP細胞」騒動の様に検証せよなんて言いたいわけでは無い。


私は以前の記事で記した様に


周囲から、特に現代社会から(私が最初の報道に触れた1972ですら) そんなバカな…と思われるほど 命令に忠実なだけだったんだ。


小野田さんという人は きっとそういう方だったんだろうと解釈しており、上のリンクの記事を読んでも それは大きく変わらない。


仮に「終戦を知っていた」が事実で


小野田さんは戦後、ルバング島で生き残った仲間と住民を襲い、食料を奪いながら生きてきた。村人を何人か射殺している。銃は肌身離さず持っていた。だから、戦争が終わっていたのを知っていても、報復が恐くてジャングルを出られなかった。ただ、最後に残った仲間の小塚一等兵がフィリピン警察軍に殺されたので、観念したのだろう。


上記が仮に事実だったとして この山田という著者は何を言いたいの?


上官の命令で はるばる南の島に残置となり、その後 母国も軍も上官ですらも 小野田さん達の存在を忘れて放置したんだよ? 


そんな国家から放置された人物がその後をどう考えどう過ごそうが それを誰が責められるの? 


この山田という筆者は小野田さんに関して

印象に残ったことだけ書くと、小野田さんは世間が騒いでいるような人ではなかったということだ。戦争がどうのこうの、帝国軍人がどうのこうのという話は抜きにして、私には単なる「気が小さいおじさん」にしか思えなかった。


と記し、


小野田さんが亡くなってから、ネットに書き込まれた若い世代の意見を読んだ。また、彼を戦前の強い日本人、誇り高き軍人の象徴と捉えている識者の追悼コメントや追悼記事も読んだ。そうして、なぜかしっくりこない気持ちを、今日も抱えている。


と、疑問なんだか不満なんだか いかにも自称:ジャーナリスト的な表現


まぁ、それに関していろいろ言いたい事はあるけれど 長々述べても仕方が無いので一点に絞って問い詰めたいのは


じつは、私の父・津田信は、1974年に小野田寛郎さんがルバング島から帰還したとき、小説を一時的に書かなくなって、『週刊現代』などの週刊誌のアンカー原稿を書いていた。その縁で小野田さんの手記のゴーストライターとなり、『週刊現代』に「わがルバング島の30年戦争」(のちに講談社から出版された)を連載した。そして、それから3年後、小野田手記は小野田さんが話したことを脚色したものであることを、『幻想の英雄』という本で明らかにした。


仮に、小野田さんの実像が単なる「気が小さいおじさん」だったとして それを「戦前の強い日本人、誇り高き軍人の象徴」にメディアが祭り上げたのが気に入らず、それを若い世代が追悼するのがしっくりこない気持ち…云々と語る前に


 「私の父親が小野田さんの手記のゴーストライターだった


って部分を息子としてどう考えているのかを まず明確にしろよ と。


そこを明確にせずに


  ・私の父親は小野田さんの手記のゴーストライターだった

  ・その縁で私は小野田さんに直接会い、一緒に風呂にも入った

  ・その時に小野田さんは「終戦を知っていた」と呟いた


と記しても


「俺さぁ、小野田さんに直で会って喋った事あんのよ 凄いだろ?

 で、そん時にぃ 小野田さんが”終戦を知っていた”って暴露したのを聞いたのさ

 俺のオヤジ小野田さんの手記のゴーストライターだったの みんな知ってるから

 嘘じゃ無いよ、いやマジで」


…程度の話にしか聞こえない。


で、最後に…


関係者が生きている限り、世の中に公表できない「事実」はあると思う


…というか 私みたいな者にも一杯ある。


でもね、関係者が亡くなったから「よぉし、公表しちゃおう」ってのはジャーナリストを自称する人のやる事かね?


本当に世の中に公表しなくちゃいけない事実なのだとしたら、関係者が生きてる間に 直接、本人相手にやれよ… それがジャーナリストなんじゃないの?


ちなみに、私の抱えている”関係者が生きている限り、世の中に公表できない「事実」”は公表しないまま あの世に手土産で持って行くよ。


お駄賃

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コメント

ブタネコさんへ
東京は花散らしの雨です。昨日のうちに桜は満喫しました、少し散ってはいましたがとても綺麗でしたよ。札幌はこれからで楽しみですね。さて今日の記事を読んでとても不愉快になりました。小野田さんは日本人たる生き方を具現された方なので左寄りの人には我慢できないのでしょう。ブタネコさんの言われるように’生きておられるうちに言えよ’ですね、反論できない相手を誹謗中傷するのは人間のクズです。
それにしても言論界、法曹界、教育界には左巻きが多いですね、TVでのコメンテーターと称する人間の多いこと、左翼の既得権益のように思えます。まともなプロヂューサーなら右翼系のコメンテーターを採用して好き勝手にしゃべらせ、差別化を図れば人気が出ると思うのですが、そんな発想も思い浮かばないほどどっぷり左に染まっているでしょう。小野田さんは日本人そのものでしたからもっともっと生きて発信していただきたかったです、心よりの合掌。

★ ボース さん

ほんとクズですね。

しつこいようですが、小野田さんが「報復が恐くてジャングルを出られなかった」小心者だったとしても

それを批判できる日本人はいないですよ その肝心な部分を理解できずに訳知り顔で物を言うなと感じた次第です。

【※注意!!】

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