« 心ゆさぶれ!先輩ROCK YOU (2013年11月放送分より) | TOPページへ | 綾瀬はるか LUMIX CM »

2013年12月01日

● 獄門島 はぎわらさんへの返信


はぎわらさんのブログの記事『獄門島』(その7)までを拝読し、その上ではぎわらさん御自身からメールを頂戴したので返信を記事にしたためてさせていただく




まず冒頭にて はぎわらさんに対して私は「よく読み込んだね」と深く感謝の意を捧げさせて頂きます。


で、その真摯な対応には こちらもそれなりの意を示さなければならないと気を引き締めたつもりで以下に返信を認めます。


<以下本文>



● はぎわらさんのブログの記事(1)(2)(3)に関して


  横溝正史『獄門島』(講談社、1977年)
  横溝正史『獄門島』(角川文庫、1971年初版、1996年改版)
  横溝正史『横溝正史自選集2 獄門島』(出版芸術社、2007年)
   (以下、それぞれ「講談社」「角川文庫」「出版芸術社」と呼ぶことにする)


はぎわらさんはブログの記事を記すにあたって上記3冊をテキストとして提示しておられるが 私としてはその二つ目にある「角川文庫」に関しては1996年の改版以前(便宜上以下の文中では”旧角川”と呼ぶ)と、1996年の改版以降(”新角川”と呼ぶ)とを区分けして考察していただければもっと興味深かったのにと感じた事を正直に申し上げる。


と言うのも、(角川文庫、1971年初版、1996年改版)という事は はぎわらさんが用いたのは1996年に改版されて以降の版を用いたという事であり、それ以前の版では無いという事 そこに私はひとつ拘りを感じるのだ。


ちゃんと裏付けがとれていないので憶測で申し上げる…と前置きしておくが、この「1996年の改版」とは それまで杉本一文氏の表紙絵だったものが 現在の味気ない表紙絵のものに変わった事、同時に旧角川では100冊前後エントリーされていた横溝作品が新角川では20冊前後に減った事 そして最も重要な点は その改版の数年前に角川文庫の社長が春樹から歴彦に変わり、社の方針が大きく変わった事等々の背景が含まれると私は感じているからで はぎわらさんが現在の角川文庫版に対して批判的な感想を抱いているのだとしたら、実はもっと角川は罪深いんだよと。


で、何故 私が旧角川にこだわるのかと言えば 最も大きな理由は


「私が読んだ横溝作品の殆どが”旧角川”だった」から


それと、はぎわらさんが横溝正史『獄門島』(その2)で示した異同も

講談社(1977年)角川文庫(1996年改版)出版芸術社(2007年)
第一章 金田一耕助島へいくプロローグ 金田一耕助島へいく講談社と同じ
第二章 ゴーゴンの三姉妹第一章 ゴーゴンの三姉妹講談社と同じ
第三章 太閤様の御臨終  太閤様の御臨終講談社と同じ
第四章 近づく跫音  近づく足音第四章 近づく足音
第五章 﨟たき人  﨟たき人講談社と同じ
第六章 錦蛇のように第二章 にしき蛇のように講談社と同じ
第七章 てにをはの問題  てにをはの問題講談社と同じ
第八章 今晩のプログラム  今晩のプログラム講談社と同じ
第九章 発句屏風第三章 発句屏風講談社と同じ
第十章 待てば来る来る  待てば来る来る講談社と同じ
第十一章 冑の下のきりぎりす  冑の下のきりぎりす講談社と同じ
第十二章 吊り鐘の力学第四章 吊り鐘の力学講談社と同じ
第十三章 海へ飛び込んだ男  海へ飛び込んだ男講談社と同じ
第十四章 忘れられた復員便り  忘れられた復員便り講談社と同じ
第十五章 山狩りの夜  山狩りの夜講談社と同じ
第十六章 お小夜聖天第五章 お小夜聖天講談社と同じ
第十七章 海賊の砦  海賊の砦講談社と同じ
第十八章 駒が勇めば花が散る  駒が勇めば花が散る講談社と同じ
第十九章 夜はすべての猫が灰色に見える第六章 夜はすべての猫が灰色に見える講談社と同じ
第二十章 吊り鐘歩く  吊り鐘歩く講談社と同じ
第二十一章 忠臣蔵十二段返し  忠臣蔵十二段返し講談社と同じ
第二十二章 見落としていた断片第七章 見落としていた断片講談社と同じ
第二十三章 伝法の儀式の後に 伝法の儀式の後に講談社と同じ
第二十四章 「気ちがい」の錯覚  「気ちがい」の錯覚講談社と同じ
第二十五章 封建的な、あまりにも封建的な  封建的な、あまりに封建的な講談社と同じ
大団円エピローグ 金田一耕助島を去る講談社と同じ


において”旧角川”は「出版芸術社(2007年)と同じ(「海に飛び込んだ男」の部分も含めて)という点を考慮しておく必要があるからで 何故ならば、はぎわらさんが氏の記事(その1)で


つまり、僕が他のテキストを使用すれば良いだけのことなのだが、いま現在ひろく流通していて、誰もが手軽に入手できるのがこの角川文庫版であることを考慮して、


という一文に込められる意味がもっと重くなるでしょ?(理由は後述する)




● はぎわらさんの横溝正史『獄門島』(その4)に関して


本作はある時代の、ある空間での、そうした人々の生活を描いているという点で文学作品たりえていると思う。


はぎわらさんは上述のように記事を締めておられるが、「獄門島」の出来不出来の評価に関わらず まさにその通りだと思う。




● はぎわらさんの横溝正史『獄門島』(その5)横溝正史『獄門島』(その6)に関して


今の瀬戸内海の島々に暮らす人達がどうなのかはともかくとして かつての時代においては他の地域から来た人に対して閉鎖的とか排他的な雰囲気があったのであろう事は 私自身、島では無いけれど「陸の孤島」とか「超僻地」と呼ばれた場所で暮らした時に そこに引っ越した当初に強く感じた事でもあるから想像できるが それを小説の中で描く事の説得力みたいな物はひとえに作家の文章表現力を物語るわけで はぎわらさんが(その6)で着目した


「竹蔵」が金田一にむかって「旦那」と呼びかけたこと。


それを横溝正史が計算して それまでずっと「旦那」にしなかったのであれば、まさにお見事と言う他無く 私が横溝文学に敬意を表し、他の作家達の小説と比べようも無く別格と崇めるのは 他の横溝作品を読んだ上で「横溝正史は意図して書いた」と確信しているからなのだ




● はぎわらさんの横溝正史『獄門島』(その7)に関して


『獄門島』は推理小説の最高傑作であるという評価がさだまっているらしい。

僕は推理小説をほとんど読んでこなかったから、他との比較においてはじめて意味をなすはずの「最高傑作」云々という評価にたいする是非を、いかなるかたちでも表明することができない。


上述の一文を最初に拝読した時、正直言ってカチンときた(笑)


でもね、読み進めていって


・「床屋の清公」が山狩りに参加していることに金田一が気づくプロセスの不自然さについて。

・吊り鐘のなかでの雪枝の姿勢について。

・山狩りにあっておいこまれた海賊の男はつぎのようなかたちで谷へ転落していく。


はぎわらさんが指摘された3点は 確かに欠陥と批判されても仕方が無いから怒れない(苦笑)


でもね、負けず嫌いの苦し紛れの屁理屈と笑って下さって結構だが ちょっと考えてみて頂きたい。


現時点で一般人が読む事が可能な日本の推理小説は数え切れないぐらいにあり、それらを数え切れないぐらいに読んだ人達ですら「最高傑作は?」と問われて「獄門島」と応える人が少なくないという事


これって言い方や考え方を変えると 数え切れない日本の推理小説の中にあって「獄門島」を超える作品って数えられる程にしか無い…って言えるわけで ある意味、それは日本の推理小説の残念度を示すバロメーターなのかもしれないが、かつては「赤川次郎」最近では「東野圭吾」を私が鼻で笑う所以なんだな




さて、はぎわらさんの「横溝正史『獄門島』」の(その1)から(その7)までを拝読した総論的感想と私見だが…


はぎわらさんの出版社別、または出版時代別の異同への着目には敬服するし とても勉強になったと感謝する


そんな読み方気づかなかったもんね


でも、そのお陰で あぁ、そうなんだ…と思わされる事がいくつもあった。


例えば、私が角川文庫を新角川と旧角川と区分けにこだわったのは 角川文庫の横溝作品の表紙絵が杉本一文氏のもので無くなった事 興味の無い人には「たかが」と思われるだろうけど旧角川を愛読してきた者としては「なんで?」って思いが言い表せないぐらいに強いから


同時に、今回の御指摘にあった章立ての階層が変えられている事は 角川に対する疑心さえ大きくなる


というのは、横溝正史先生が御逝去されたのは1981年(昭和56年)12月28日 そう、1996年の改版時には この世におられないのだ。


つまり、章立ての変更を作者は了承してるのか?って事に関して法律的には著作権の所有者など権利関係的にはおそらくクリアされているのであろうけど、ファンからすれば 作者本人の了解無い改版を受けいれられるのか?という部分に私は納得できないものを感じるんだな




で、最後に はぎわらさんが(その3)で取り上げた異同に関して 私が所蔵する旧角川版で確認してみたのを ついでに貼っておくと


A
(A-角)
「(略)そのうちに、島の若いもんに行ってもらわにゃならん」
「ほんに。……なんならわしが行ってきてもよござります。それでも吊り鐘が無事にもどって、おめでとうござりますな」(p.12)


【旧角川】

「(略)そのうちに、島の若いもんに行てもらわにゃならん」
「ほんに。……なんならわしが行てきてもよござります。それでも吊り鐘が無事にもどって、おめでとうござりますな」(p.10)


B
(B-角)
「了沢さん、了沢さん、ちょっとあなたにお尋ねしたいことがある」
「はい、金田一さん、なんでござりますか」
「花ちゃんが殺された晩のことですがねえ。あれは千万太君のお通夜の晩のことでしたね」
「はい、さようでござりました」(p.306)


【旧角川】

「はい、さようでござりました」(p.303)


C
(C-角)
気ちがいだから、あんな変なことをしたのだという意味ならば、了然さんのあのときもらしたことばは、
「気ちがいだから仕方がない。……」
 で、あるべきはずだ。しかし、耕助の耳にしたのは、たしかにそうではなくて、
「気ちがいじゃが仕方がない。……」
 と、いうのであった。
 なぜだろう、なぜだろう。……(p.98)


【旧角川】

「気ちがいだから仕方がない。……」
 で、あるべきはずだ。しかし、耕助の耳にしたのは、たしかにそうではなくて、
「気ちがいじゃが仕方がない。……」
 と、いうのであった。
 なぜだろう、なぜだろう。……(p.95-96)


D
傍点の違い。


【旧角川】

「じゃが」だけに傍点


E
「お、和尚さん、早苗さんの伯父さんというのは、あの座敷牢にいるという……」(pp.93-94)


【旧角川】

「お、和尚さん、早苗さんの伯父さんというのは、あの座敷牢にいるという……」(pp.91)


F
(F-角)
土砂降りの中を、傘をじょごにして駆けつけてきたのは、幸庵さんに村長の荒木真喜平氏だった。(p.98)


【旧角川】

土砂降りの中を、傘をじょごにして駆けつけてきたのは、幸庵さんに村長の荒木真喜平氏だった。(p.96)


G
(G-角)
 おお、なんということだ? 耕助にとって文字どおりそれは青天の霹靂であった。(p.305)


【旧角川】

 おお、なんということだ? 耕助にとって文字どおりそれは青天の霹靂であった。(p.303)


H
(H-角)
「お勝つぁん、どうかしたんか。なにをうろうろしてるんじゃ」
「あ、竹蔵さん。花ちゃんを見やあしなかった?」
「花ちゃん。花ちゃんはさっきそこらをうろうろしてたがな」(p.69)


【旧角川】

「お勝つぁん、どうかしたんか。なにをうろうろしてるんじゃ」
「あ、竹蔵さん。花ちゃんを見やあしなかった?」
「花ちゃん。花ちゃんはさっきそこらをうろうろしてたがな」(p.66)


お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

 この記事への御駄賃がわりに下のバナ-のいずれかを クリックして頂けると嬉しいです。^^
 (全部、クリックしてくれると もの凄く嬉しいのは事実です。^^)

ブログランキング・にほんブログ村へ Blog Ranking 人気映画・TVBLOG blogram投票ボタン BlogPeople「自分のこと」部門にクリック BlogPeople「テレビ」部門にクリック BlogPeople「映画」部門にクリック

『獄門島』関連の記事

コメント

ご返信ありがとうございます。

全部の点についてのコメントのお返しはしづらいのですが・・・


>上述の一文を最初に拝読した時、正直言ってカチンときた(笑)
>はぎわらさんが指摘された3点は 確かに欠陥と批判されても仕方が無いから怒れない(苦笑)


今回はあえてアカデミックなスタイルをとってけっこう冷徹に記事を書いたと自覚しているのですが、ブタネコさんにご理解いただけて、怒られなくて良かったです(笑)

テキスト批判は理論的にも実践的にも面白い領域ではありますが、せっかくの小説は純粋に中身を楽しみたいので、こういうスタイルの記事からはしばらく遠ざかろうかなぁと思っています。

★ はぎわらさん

>怒られなくて良かったです(笑)

昔から、この「獄門島」にはいくつかの批判というか欠点指摘がありまして はぎわらさんが指摘された
3つのうち2番目と3番目は何度か耳目にした事があります

逆に ひとつめの御指摘は 私は初めて耳目にしたので新鮮でした

推理小説って その本文その物を楽しむ他に、判りやすく言えば「粗探し」を楽しむというマニアックな
楽しみ方もありますが、それって作品その物がよく出来た面白い本でなければ楽しめず ゆえに、逆説
的な評価とも言えるんじゃないかと なので

>せっかくの小説は純粋に中身を楽しみたいので、こういうスタイルの記事からはしばらく遠ざかろうかなぁと思っています。

その方が良いですね 特に良作相手の時は^^

次はどの本が その毒牙にかかるのか楽しみだったりします。


【※注意!!】

この記事は『ブタネコのトラウマ』の倉庫に保管されている記事なのでコメントの投稿は出来ません。 2015年2月10日以降 このクソブログは『ブタネコのトラウマ・リニューアル版』に移転しましたので新規記事更新及び、過去記事へのコメントの受付もそちらで行っておりますので お手数ですが、そちらへの移動をお願い申し上げます。