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2013年05月29日

● 戦艦シュペー号の最後


1956年公開の映画「戦艦シュペー号の最後」のDVDを入手したので見た。




戦艦シュペー号の最後


子供の頃にTVで見たのだが、未だに忘れられない私にとっての名画


簡単にあらすじを記すと 第二次大戦初頭に南米ウルグアイの沖(ラプラタ川河口)で生じたドイツのポケット戦艦1隻とイギリスの巡洋艦3隻によるラプラタ沖海戦がメインで ドイツのポケット戦艦「アドミラル・グラーフ・シュペー」を描いたもの


子供心にこの映画を見て 私個人に与えた影響は、まず 中立国と言ってもウルグアイは親英で アルゼンチンは親ドイツという背景があった事。


そして、モンテビデオに寄港したシュペーの処遇に関して ウルグアイ政府にイギリスとドイツが外交戦を仕掛けた事。


そして、映画の中では記されていないが 早川書房から出されていた原作本によるとアドミラル・グラーフ・シュペーの艦長だったラングスドルフ大佐は シュペーを自沈させた数日後拳銃自殺を遂げた事。


ラングスドルフ艦長の自殺の理由は判らないが、私はその理由を勝手ながら「艦を失った責任をとった」ものと想像し 第二次大戦中、日本海軍の多くの艦長や指揮官が艦と運命を共にした事と併せて 当時のドイツ人って日本人と相通じるところがあったんだな…なんて認識し、この映画と同じ様な時期に見た「戦場にかける橋」で感じたイギリス兵に対する嫌悪も相俟って その後しばらく、私のドイツ感とイギリス感に影響を与えたんだ。


不思議と何十年ぶりかに再見した映画では そんな子供の頃程の強い印象は受けなかったが、この映画の描いたものは思いの外大きかったんだなと思う。


興味深かったのは 初見当時は何も考えなかったが


戦艦シュペー号の最後


この映画の中で「アドミラル・グラーフ・シュペー」として登場していた艦が アメリカのデモイン級重巡洋艦「セーラム」だったという事を 今回の再見で初めて気づいたのだが、さらにこの映画の中で「アドミラル・グラーフ・シュペー」の艦長室に飾ってあった航空写真は


戦艦シュペー号の最後


本当の「アドミラル・グラーフ・シュペー」の写真なんだな


戦艦シュペー号の最後

戦艦シュペー号の最後

戦艦シュペー号の最後

戦艦シュペー号の最後

戦艦シュペー号の最後

戦艦シュペー号の最後

戦艦シュペー号の最後


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コメント

アドミラル・グラーフ・シュペー、良いですね。この艦も、戦艦ビスマルクも英海軍に
撃沈されたのではなく、艦底のキングストンバルブを抜いての自沈だったところに
ドイツ海軍のこだわりが見えます。

本作と、仮装巡洋艦アトランティス号の活躍を描いた『全艦船を撃沈せよ!』は忘
れられない名作です。

ウォ-ターラインシリーズの1/700の模型が出たときは狂気乱舞したもんです。映画も存在はしっておりましたが、カラーだったんですね。いや、懐かしい気分になりました。また、模型買ってみるかな。

★ ハウプマン さん

同感です。^^


★ ニャ王様 さん

同感です プリンツ・オイゲンもそうでしたが、即買いしました私も。^^

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