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2013年01月29日

● ストロベリーナイト インビジブルレイン


映画「ストロベリーナイト インビジブルレイン」をこっそり見た。




感想としていろいろ言いたい事があるのだが まず冒頭においてハッキリ明記しておきたい事は「この映画は面白かった」という事。


ただし、このクソブログを長い事御覧頂いている方ならお気づきの通り、私の認識は「観た」ではなく「見た」というレベルであるという事。


おそらく以下に記す事は苦言とか小言みたいな いわゆる批判的な言葉ばかりだが、誤解の無いように上述明記した上で以下に記そうと思う。




【※注意】以下の記述にはネタバレが多く含まれます

     この映画は面白い映画なので先に映画本編を御覧になる事を強くお薦めします。




まず、映画を見終えて感じた事は「勿体無ぇ」だ。


それはいろんな意味で、そしていろんな部分に「勿体無ぇ」と。


ただ、私はこの映画を見る前に原作を既に読了しており 原作の出来が素晴らしいのにそれを映画に活かせていない…なんて比較論を語る気は毛頭無い


率直に言って、私は原作に対しても「面白いだけに勿体無ぇ」という感想を抱いていたから 映画化に際してその原作の勿体ない部分が補完なり、補修されている事を期待すらしていたのだ。


でも、映画を見終えた感想は「勿体無ぇ」だ。


映画を思い出しながら何が勿体無いと感じたか箇条で掲示すると


(1)三浦友和が演じた和田捜査課長が活きていない。


叩き上げで部下からの人望もあつい和田 そのあと定年まで1年という最後の花道に汚点を残したくない… 「ヤナイケント」には触れるな、その隠蔽の理由の大半はそこにあると観客に思わせる様に描くには 和田という人物の人望がどれほどのものかをもっと明確に描く部分があるべき 例えば、平気で上司に噛みつくガンテツですら和田に対しては一目も二目もおいて引き下がる、それほどの人物である点を「俺達は和田学校の生徒だ」そんな一言で描いたというならアホかと。


(2)隠蔽する理由の残りの大半が長岡刑事部長の自己保身だとするならば…


長岡刑事部長の人間性みたいな部分を もう少し、ほんの少しでいいから肉付けして欲しかったと思う。

映画で描かれた「長岡刑事部長」は 数多のドラマや映画で「セコく自己保身しか考えていないキャリア官僚」でしかなく、それ以上でもそれ以下でも無い。

「インブジブルレイン」というストーリーにおいて 和田が長岡に逆らう場面は大きな見せ場の一つのはずなんだけど ただの付け足しみたいなシーンに過ぎず勿体無い


(3)根本的な部分、9年前のヤナイケントの姉が殺された事件に関して本当の犯人では無いヤナイケントの父親が自殺した事、その上で送検し、検察は被疑者死亡で不起訴… それが真実とは違っていたと判明するのが このストーリーで描かれる程、9年後の警察幹部が狼狽えるものなのか?


例えば、直近の事件で冤罪とか誤逮捕が生じたのであれば直属などの監督責任は問われるべきとも思うが、9年前の担当者の殆どが変わっている状態で今の幹部に責任云々というのが なんか説得力を感じられないんだな(これは私の主観ですあくまでも)

ゆえに、捜査一課長である和田に汚点を残したくないという思考が古参刑事達に働くのはまだ理解が出来るんだけど 長岡刑事部長みたいな人物ならば隠蔽せずとも どうにでも言い逃れるように思えてならないのだ


(4)日下、そしてガンテツが この映画では「良い人」にしか描かれていない


例えば、日下はこの映画の中で2日間は捜査会議で姫川の行動が問題にならないように仕切ってやる…みたいな事を言って姫川の行動を応援する姿勢を見せる その姿に「日下、案外良い奴じゃん」と観客は感じるが 映画内でその台詞にあった「2日間」というリミットに緊迫感はまるで無く それから何日経ったのかなんてどうでもいい描き方。

つまり、「日下は味方」それを表す為の台詞でしか無い それって必要か?


ガンテツもそう、彼のキャラクターからすれば 長岡刑事部長から特命としてヤナイケントを調べ上げるのは、後にそれを材料に長岡刑事部長を脅すなり、交渉の材料を得るチャンスでもある 姫川にそんなヤナイケントの隠れ家(死体)の在処を教えるのは そういったガンテツのメリットを全て放棄するのと同じであり、彼が一目おく和田課長の足を引っ張る材料でもあり その行動はこれまでのガンテツのキャラとは整合しない


(5)渡辺いっけいが演じた「橋爪」管理官の存在、そしてキャラクターが大ブレだ


「ヤナイケントには触るな」 橋爪管理官は姫川にそう強制する。 映画の中で橋爪も和田学校の生徒だった…みたいな台詞があり、それを耳にした時「え?」ともの凄い違和感を覚えた。 これまで積み上げてきた橋爪のキャラから言えば 橋爪は和田を慮ってではなく、長岡刑事部長へのゴマすり忠誠で強制するキャラじゃないのか? 何故、ここで「良い人」に変化するのだ?と


(6)原作を読んでいない人には関係の無い話かもしれないが「下井」というベテラン刑事が登場しなきゃダメでしょ?


原作において姫川とペアを組むベテラン刑事「下井」 彼は和田学校の一員であり、階級的には今泉は係長で上司だが 経験的には大先輩にあたり、ガンテツともタメ口で ともすればガンテツから一目置かれてすらいる存在 原作物語の中でもキーマンの一人なんだよね

たしかに、映画「インビジブルレイン」の様に下井の存在を消して描くのもアリかもしれないが、この「下井」は原作続編「ブルーマーダー」でもキーマンで とても重要な存在なだけに 下井抜きで映像化してしまったら、続編を映画なりドラマ化する際にどうやって帳尻を合わせるの?と。

断言してもいいが、私はどれぐらい先になるか時期は判らないけど ストロベリーナイトの続編ドラマ もしくは続編映画は製作されると思っている。

今のTV局、特にこのストロベリーナイトの制作に関連するフジテレビが  このシリーズの続編を引き出さないはずが無いでしょ? あの「海猿」ですらまだ引っ張ってるんだからね。

なのに、「下井」の扱いがこれじゃぁ「なんだかな」感が増すばかりなのだ


(7)マキタと姫川の出会い それが恋愛にまで発展する流れに説得力が薄い


マキタの部屋を張り込んでいた姫川と そこに訪ねてきたマキタが接触するところまでは理解が出来、互いに情報を求めて探り合っていくうちに親密度が増すのも理解が出来る。

しかしながら、マキタが暴力団幹部と判明した時点からの二人の言動は 私には説得力を感じない 判りやすく言えば「御都合だね」と。

どうも原作者の誉田哲也って この「姫川玲子シリーズ」に限って言えば、警察内部での反目や足の引っ張り合いという部分の描写は面白いし、そういう事が現実であっても不思議で無いと説得力を感じるが ことヤクザの描写はその真逆で 他のいろんな作家が書いたヤクザ物を踏襲しているに過ぎず、それもリアリティに欠ける部分の踏襲ね


(8)タイトル「インビジブルレイン」をどう解釈するか?


単純に直訳すれば「見えない雨」 詩的に意訳すれば「心の中で泣いている」なんて感じだろうか、まぁ、どんな意図で原作者がこのタイトルをつけたのかは判らないが、映画「インビジブルレイン」を見終えて感じた事は 映画の中のシーンがとにかく雨降りばかりだった事で どうでもいい様なシーンで「絶対にそのシーンを撮影したのは快晴なのに 無理矢理水撒いて、雨の中みたいにして撮ったんだろ?」とバレバレなシーンの多さに照明とか効果の下手さ加減に呆れる程 なんで、そんな雨降りシーンばかりをこの映画の演出は求めたんだろうね? まさか、タイトルに「レイン」って言葉があったからか?

ついそう勘繰ってしまいたくなるほど 部分的にもの凄く安易な演出と感じるところが目立つ


まぁ、勝手な想像で述べるのだが 本来、現職警察官で準幹部とも言える警部補の姫川と暴力団幹部であるマキタの恋愛は許されるものでは無く、そんなマキタの死を姫川が表立って泣く事は当然、許される事では無い。

つまり、「心の中で泣いている」なんて感じなのかな?と。




さて… 他にも挙げたい事はいろいろあるが、とりあえずはさておいて総論的な私見を述べると…


以前にも何かの時に述べた事だが、この「ストロベリーナイト」のシリーズは実に不思議なんだな


原作は巻を重ねる毎に内容に違和感が増すばかりなんだけど、それでも現時点(ブルーマーダー)まで我慢出来る範疇で ともすれば「面白かった」と感じている。


しかも、ドラマ(映画も含む)は それにも増して所々に違和感を覚えるんだけど、やはりまだ現時点では我慢出来る範疇で ともすれば「面白かった」と感じている。


その二つの「面白かった」と思える事が実に不思議でならないのだ。


でもね、このまま続いていくウチに原作も そしてドラマもきっと思いっきり破綻する時がそんなに遠くない将来訪れるだろうと私は決めつける。


とりあえずシリーズ最新刊「ブルーマーダー」を読み終えた時に あくまでも想像だが、原作者はこのシリーズがドラマ化され それぞれにキャスティングされた役者や演技、そして演出に合わせて 当初の各個の人物設定をどんどん「あて書き」するかの如く修正してしまっている事が結果的に大きなブレへと繋がっており、原発の下に蔓延った活断層のように いつかそのズレが要因で建物全体に損壊が起きるだろうなぁと思えて仕方が無いのだ。


ちなみにこの記事は映画を1回見ただけで記した物なのでDVD化されてそれを再見する時に 違う感想を抱くような気もしているけど とりあえず掲示しておく


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コメント

ブタネコさん、こんにちは^^


見事にちらっと気になった細かいことが並んでいます^^;

私も下井刑事はなんで出さないのかと最初に軽くショックでした。
和田捜査課長の存在も、なんだか神棚に上がったままな印象で、本来彼が言うはずのセリフを長岡刑事部長が逆説的に言ったときには頭真っ白でした。
原作では、姫川不在が原因の下井刑事と橋爪管理官、今泉係長、ガンテツのかかわりが和田捜査課長の存在の重さを語っていたと思いますが、それがないので、読んでない人にはさらっとした関係にしか見えないでしょう。

個人的には、ヤナイケント周辺の描かれ方がさらっとしすぎて残念です。
姫川シリーズでは犯罪を犯す側の設定の作り込みがすごいなと毎回思っているので、そのあたりをもう少し描く方が、姫川という刑事の特殊性が引き立つのではないかと。
(これは何に重きを置いて描くかということなのでしょうけれど)

それと、もしかしたら、最初の2人がなぜ殺されたのか分からない人もいるかもしれないと思います。
牧田周辺のこともちょっとはしょりすぎかな。

ただ、ドラマからの流れとしてのこの作品は成功なんだろうなと観て思いました。
特に姫川と菊田の関係性を観たい方々には大満足でしょう。
いたるところで話題になっている姫川、牧田、菊田の関係はきれいに描けているし、姫川と菊田の関係も"上手に"オチを付けたなと感じました。
そういう意味では私も満足でした。

何となく私は、制作側はここがうまく描けて満足しているような印象をうけました。

「インビジブルレイン」は"心の中で泣いている"のような気がします。
映画だと、主に姫川と菊田に限定されてる感がありますけど。

姫川と菊田の関係にある種の決着がついちゃったので、この後の映像化にはつなげにくい感じも受けたんです。
面白くないかもなあと。
「ブルーマーダー」は面白かったので、映像化作品としてみたい気もしますが、ドラマからの流れではなく、独立した作品としてみたいなあ。

原作自体読むごとに、作者は姫川をかっこよく描ければそれでいいのかな?と感じているので、その他のキャラがぶれていくのかもしれませんね。
ドラマのキャスティングにかなり影響を受けて(入れ込んで)いるようだし^^;

私もまだ映画は1回観ただけなので、観に行ったら、また印象が変わると思います。
長々と失礼しました。

★ slan さん

>作者は姫川をかっこよく描ければそれでいいのかな?と感じているので、その他のキャラがぶれていくのかもしれませんね。

突き詰めていくと そこに至るんでしょうね。

問題は、当初に姫川に感じたカッコ良さを 原作者自身や映像制作者が取り違えたカッコ良さの方向に進展させてしまっている感じでしょうか

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