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2013年01月30日

● A子の話(その34)


親父達には「仕方が無い」とあっさり言った僕だったが、正直に言えば、僕は途方に暮れていた。




前夜、腹一杯寿司を食べさせてもらった翌日、いつも通りに学校に登校したが、自衛隊生徒の二次試験以後すっかりダラケたまま過ごした日々と、周囲の暇さえあれば単語帳を暗記し、参考書の問題と格闘する悲壮感すら漂わせている周囲のクラスメイト達の姿のギャップが心に重くのしかかった。


昼休みになっても食欲は無く、本を読む気にもならず… 僕は途方に暮れていた。


「虎刈りの丸坊主に髪をバリカンで刈られた男」や「後年に親の跡を継いで開業医になった友」ですら試験日まであと1週間と迫ったせいか さすがに彼等も勉強に躍起となり、僕に話しかけてくる友人もいない。


基本的に楽天家な性格だった僕は「夢を断たれた」とか「挫折した」みたいな悲壮感は無かったはずなのだが、それでも「屋根に上がったら梯子を外された」様な気分とでも言うのかな どうしていいのか判らない不甲斐なさと誰にもぶつけようの無いイライラ… そんな感じで 僕はただ窓から外を眺めて過ごしていた。


放課後になり、A子やB子達と図書館には行ったが、やはり 心ここにあらず。


すると、A子が小声で


「ちょっといい?」


と、僕を誘い 二人だけで図書館の資料室の方に誘う


「ん? なんか用?」


そう聞く僕にA子は


「なんか、ブタネコ君 今日、変だよね?」


と、いきなり切り込んでくるA子


「そう? 別にいつもと何も変わらないと思うけど」


「いや、アンタ絶対に変 何かあったんでしょ?」


自信満々に問い詰めてくるA子


その時、僕はふと思ったのだ。


それは、僕が「自衛隊生徒」を辞退した事を少なくともB子は知っているはずだから、B子からその話をA子も聞いたんだな?…と。


だから、


「まぁ、親の都合だもん仕方無いべ」


僕がA子にそう言うと


「親の都合? 何それ? 転校でもするの?」


と、トンチンカンな反応のA子


「だから、ほら ”自衛隊生徒”の入校辞退…」


そう僕が言った瞬間


「えー、何それ?!」


と、驚きのA子


「あれ? B子から聞いてんじゃないの?」


「うぅん、何も聞いてないよ」


「え? アイツ知ってるはずなんだけどなぁ…」


「いや、B子何も言って無いし…」


「ま、知ってて知らんぷりでもどっちでも良いんだけどね」


で、僕は顛末をA子に話すと


「どうするの?」


「どうするの?って 普通に高校受験するしか無いでしょ? 選択肢的に…」


「じゃぁ、同じ高校に通えるね」


「呑気な事言うなよ ランクが足りないから絶対落ちるって担任や進路指導から言われてるんだぜ?」


すると、僕の左の頬のところで空気を詰めた紙袋が弾けた様な「パン」という音が


そう、A子にビンタされたのだ。


全く痛くは無かった。


けど、音にビックリした。


そして、それ以上にA子からビンタされた事に驚いたんだ。


「ブタネコ君 諦めちゃダメだよ

 諦めたら入れる学校だって入れるはず無いんだよ?

 諦めちゃったら、ブタネコ君のお父さん達が可哀相だよ

 やるだけやって、もしダメだったらその時にまた考えればいいじゃない?

 やる前から諦めちゃうなんてブタネコ君らしくないよ」


A子は僕にいろんな事を言いながら 行ってるうちにだんだん感情が激していったのか、最後には涙声みたいな喋り方に…


たしかに言われてみればそれはそうとしか言えないぐらい決まり切った事なわけで


「判ったから、頼むからオマエが泣くな」


僕はそう懇願する他無かったんだ。


その日の図書館からの帰り道、A子と分かれ、「後年に親の跡を継いで開業医になった友」とも分かれ B子と二人だけになった時 僕は初めてB子に


「オマエ、親父さんから 俺が自衛隊生徒を辞退になった話、聞いてないの?」


と、聞くと


「知ってるよ、うちのお父さん 夕べ、お寿司屋さんから帰ってきた後 泣いてたモン」


「え?」


「ブタネコは大したもんだ、奴は腹が据わった良か倅になった… そう言って泣いてたよ」


それを聞いて僕が


「泣きたいのはコッチだよ」


と言ったら B子は


「そういえば、さっき図書館でA子も泣いてたね。 アンタ、何かA子に言ったん?」


と言うので


「顛末を話して愚痴った」


と、僕が応えたら


「アンタ本人は泣かんくせに 周囲は泣かされてばかりやね」


と、いかにも愉しそうに笑った。


そんなB子の笑顔に つい、つられて僕も笑ったんだけど なんか理由は判らないけど、その時に笑っていたらすっかり滅入っていた気分がどっかに行ってしまいスッキリした様な気になった。


だから、僕は それから高校入試までの間の日々、自分で言うのもなんだけど必死に勉強した。


後から思い返すと、その後の僕の人生 例えば、大学入試とか いくつかの国家試験の勉強なんか比べようも無く、僕の人生の中で最も一生懸命勉強した日々だったとさえ言える。


そして、入試を終え 実際には何もする事が無い10日間ぐらいの日々を過ごし、中学校の卒業式


教師達の何人かは僕と「後年に親の跡を継いで開業医になった友」の二人が「お礼参り」に現れるとビクビクしていたらしいが 僕達にはそんな気は全く無く、校歌と君が代は立って大声で歌ったが、「仰げば尊し」だけは席に腰を下ろして一言も歌わず… それが僕達の精一杯のお礼参りだった。


今がどうかは判らないが、当時の公立高校入試の合格発表は卒業式の翌日で A子とB子、それに「後年に親の跡を継いで開業医になった友」と四人で一緒に@@高校まで合格発表を見に行ってみると…


A子とB子の受験番号は当然のように、合格発表の掲示板に記載されていた。


そして、「後年に親の跡を継いで開業医になった友」と僕の受験番号も合格発表の掲示板に記載されていた。


「あれ?、受かってる」


「俺も」


僕と「後年に親の跡を継いで開業医になった友」は喜びよりも驚きで一杯だった。


そんな僕達にA子とB子は


「良かったね」


「おめでとう」


そんな簡単な祝辞だけしかくれず、その足で中学に行って合否を報告したのだが…


進路指導の教師にしてみると 僕や「後年に親の跡を継いで開業医になった友」が@@高校に合格した事に色々と複雑な感情が渦巻いている事は明白で そこで判った事は、その年の@@高校は定員に対して受験者数が若干だが足りず、余程の事が無い限り、受験者のほぼ全員が合格(数名だけ不合格者もいたが「虎刈りの丸坊主に髪をバリカンで刈られた男」ですら合格してしまっていた。) 学区内の各中学が足切りを怖れて受験者を絞りすぎた為に いわゆる定員割れを起こし、それは二次試験まで実施されて追加募集までされた程だったのだ。


だから、進路指導の教師に言わせると 僕や「後年に親の跡を継いで開業医になった友」 そして、「虎刈りの丸坊主に髪をバリカンで刈られた男」の3人は ただ運が良かっただけで 本来であれば合格なんか絶対にしなかったはずだ…と口から唾を飛ばしながら力説していたが、前日に卒業式を済ませてしまっている僕や「後年に親の跡を継いで開業医になった友」にしてみれば 目の前で力説している男を間違っても「恩師」なんて呼ぶ義理は無い


「おっさん、五月蠅ぇよ」


「3人も 本当なら受かりっこ無い生徒が受かっちゃったんだから

 さも、いつものように”私の熱意ある指導の成果”なんて自分の手柄話にしちゃいなよ」


進路指導の教師の話の途中にも関わらず、僕達は口々にそう言うと席を立ち中学校を後にした。




その日の夜、自衛隊官舎の僕の家には B子の一家と、C男の一家も集合し B子と僕の合格祝と称して それまで見た事も無いぐらい霜降りの高価で美味そうな牛肉が山盛りにされたすき焼きパーティーが催されたのは言うまでも無い。


そこでは僕やB子よりも 僕の父親やB子の父親が大喜びではしゃぎ、中でも僕の父親の喜び様は凄まじく 聞けば、昼間の課業中に制服姿でB子の父親と@@高校に僕達には内緒で行き 合格発表を自分の目で確かめたそうで


「あのアホ達(父とは仲の悪い幹部自衛官で 自衛隊生徒の入試で僕が不正をしたと疑いをかけてきた連中)に

 ウチの息子は@@高校に合格したぞ それは、生徒の試験成績だって何の不正も無かった証明だろ?

 オマエ達、ウチの息子にどういう詫びをしてくれるんだ?… 俺はそう言ってやったんだ

 スッキリした、こんな気分の良い事は他に無い! よくぞ合格してくれた」


何度もそれを繰り返し、遂には泣き、酔い潰れるように寝てしまった。


そんな僕の父親と一緒になって馬鹿騒ぎしていたB子の親父さんは 僕の父が寝てしまうと、一人で手酌で焼酎を飲みながら トロンとした目で僕を見据え


「キサン(貴様)は大したもんたい。 最高の親孝行ったぃ。

 キサンは、ほんにオイの倅も同然ったい。

 いや、”倅も同然”じゃつまらんけん、ウチのB子をキサンの嫁にくれちゃる

 やけんが、こいでホントの倅っちゃ よかろ?」


そう言うと プイと立ち上がって自分の官舎へ帰ってしまい、残された者達は唖然


「どういう事?」


僕が誰ともなく聞くと C男の親父さんが


「B子ちゃんと君が結婚っちゅう事だね」


いかにも無責任に、しかも愉しそうにそう言い 初めてB子の親父さんが言った言葉の意味に気づく一同


つい僕が調子に乗ってB子に


「じゃ、俺の嫁って事で肩でも揉んで貰おうか」


と、言ったら間髪入れずにB子にグーで殴られたが なんかまんざらでも無さそうなB子の仕草に 逆に「あれ?」なんて感じたのも正直な話。


しかしながら、翌朝(しかも日の出前の早朝) 寝ていた僕をわざわざ叩き起こしてB子の親父さんは


「夕べ、オイは嬉しくて飲み過ぎたせいか なんか変なこつば口走ったらしいが、

 そいは酒の席での話やけん、キサンもその気になっちょると つまらんど? ええか?」


と、もの凄く怖い顔で ドスの利いた台詞を言われた事も僕は忘れていない。


お駄賃

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コメント

はっはっは(^笑^)/ 最高の落ちでした !! 
でも 思いきっり泣けました。

ブタネコさんへ
今日のお話はブタネコさんの父君につきます、親のメンツから息子の進路を歪めるというもっともしてはならないことしてしまって、その後悔たるやいかばかりだったかと思われます。内緒で発表を見に行った時の祈るような気持ちは並大抵のものではなかったことでしょう。合格を認めた時の喜びというか安心感というかその夜酩酊されてそのまま寝入られたことで推察できます。その後のB子さんの父君の’最高の親孝行ったい’の言葉も身にしみますね。’親孝行したい時に親はなし’という川柳が有りますが生きてる時に、他人が認めるような親孝行ができた人間は少ないと思います。今日は久しぶりに勝手に映像化して楽しみました。若者は最近画面で見るチャラチャラした若者はカットして、脇を固める俳優は三浦友和や自衛隊出身の今井雅之、等を想像しました。B子さんの父君はドスが聞いた声ということで菅原文太を想像しましたが年が行き過ぎていて降ろしました、結局見当たりませんでした。正直言ってこのシリーズ’青春の門’より面白いです。

やっぱり「B子の親父さん」は最高です。
こげなひとは好いとるばい!

★ きーマン さん

そうですか、泣けましたか^^


★ タンク さん

私が言うのもナンですが、キャスティング的には ウチの親父は小日向文世、B子の親父はプロレスラーの
蝶野正洋、C男の親父は中原丈雄でやってもらえるともの凄く近い雰囲気になると思います。


★ 高橋信之 さん

楽しんで頂き嬉しいです。^^


【※注意!!】

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