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2012年12月21日

● 夜歩く (1978年:古谷版) 再見


ドラマ「夜歩く (古谷版)」のDVDを再見した。




先日、たまたま話題に上がったので ちょうど良い機会と考え再見してみた。


夜歩く (古谷版)夜歩く (古谷版)

夜歩く (古谷版)

夜歩く (古谷版)

夜歩く (古谷版)

夜歩く (古谷版)


話題に上がったシーンは


夜歩く (古谷版)

夜歩く (古谷版)


おそらく上のカットだと思うんだけど、どうなんだろう? 今でもこういう光景は目にする事が出来るのだろうか?


あ、誤解されたら困るので先に断っておくけど 私は信仰心とは全く無縁なので宗教上でどうこうなんて語る気は無いし 別の観点で言えば、こういう風習が「田舎くさい」とか「現代的では無い」なんて批判する気もさらさら無い。


むしろ、かつての日本国内いろんな処で執り行われてきた葬儀の一端を垣間見たような気持ちの方が私にとって貴重だった…と言いたいのだ。


1970年代後半、大学生だった私は北海道の札幌から東京の大学に進学したのを良い機会に西日本方面を旅したものだが そんな旅の途中で実際にこういう光景を垣間見た事がある。


その時に感じた事は たまたまだったのかもしれないが、北海道ではそれより前も、そして今に至るまで こういう葬儀を見た事の無い私にとって個人に対しては不謹慎の誹りを免れないが、目新しく、義務教育の歴史の教科書では学ぶ事の出来ない歴史を目撃した様な気持ちになれたんだな


霊柩車に棺を載せて斎場から近代的な火葬場へと移動し、へたをするとそこで解散…が今の都会的な葬儀ではあるが、葬列として故人が住み慣れていた土地を歩く その途次では当然の様に葬列者は故人との関わりを思い出しながら偲ぶ時間となる


見てくれがどうかはともかくとして こういう葬儀の方が情のある「お弔い」に 私にはその時感じられたから 今でも印象強く記憶に焼き付いているんだな




さて、本題だが…


横溝正史の文学の功績の一つは 舞台となった地域の戦前・戦後の風土や風習が巧みな描写で描き残されている事だと私は感じている。


それは時に「因習」とか「おどろおどろしい」なんて忌まわしい方向にばかり受け止められがちだけど、その当時の時代とか社会の背景とし踏まえておかなければ歴史を見誤う事となる。


ゆえに、横溝文学を映像化する場合 そういったものを大切にしてくれないと私は納得出来ないのだ。


例えば、原作である探偵小説の犯人や動機に映像化の際に手を加えるのは演出の手法としてアリだとは思うが、その本を原作として用いる以上 その本の真の魅力を蔑ろにされては どんなに映像の出来が良くても「ふざけるな」となる

(※注:原作がクソなら話は別だよ)


で、ドラマの内容はさておき この「夜歩く」において 先述したシーンが見た人のかつての記憶を断片とは言え呼び覚ましたのならば それだけでも、少なくてもその人にとって映像的価値は高いものと認めるべきなんだろう


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コメント

ブタネコさん、こんばんは。

正しく上のキャプ(6枚目)の風景に溶け込んでいる画です。
従兄弟の奥さんが庄屋の娘だったので見聞きできた、今となっては貴重な体験です。

土葬自体は、少し外れた場所では行われているようですが、随分様子が違うそうです。
そういえば、尾野真千子さんご出演の「殯の森」も土葬のお話でした。
個人的に河瀬女史の作品は苦手なので、これ以上は踏み込みません。

閑話休題
ドラマでは一部映像のみが目に留まり、内容があまり入ってこなかったのですが
シリーズの鑑賞を終え、現在万巻読み破るべく夜を楽しんでおります。

★ ようと さん

御感想を楽しみにしております。^^


ブタネコさん、こんばんは。

年末に読み始めたのですが、2つの理由で一先ず入手した作品を通読してから再度読み改めました。

ひとつは、この作品の場合、仰るとおり設定から何からまるで異なっているのに、読むとキャストの方の顔が浮かんでしまう為、いったんフラットに戻したかったから。

もうひとつは、他の作品にも目を通して言葉のリズムを確認したかったから。
というのも本文中三度ほど読み詰まり、ページを戻した箇所があったからです。
意味が通らないといった訳ではありません。判然としないのですが、妙に読み難いというか、ザラリと気持ちの悪い筆致に感じた理由を、他作品の語調と比してみたく思ったのです。

自分なりの解釈は出たように思いますが、数年後再読すると全く違うことを感じるのかもしれません。
それも併せて文字を追いかける事の楽しみなのでしょう。

記事にあげていらしたとおり、恐ろしい作品でした。血が逆流する類の怖さの映像化は曖昧になり伝わりがたいですね。やはり読むに限ります。
今回は何故かお柳さまが非常に印象強く残りました。小作りで人形のようで凄艶な能面。

手元にある作品を時系列で読了後、久々にかっぱ横丁(大阪の古書街)でも廻ってみようかなと考えています。

★ ようと さん

横溝ファンの方々においては 色々と好みや嗜好もある関係で この「夜歩く」は市川崑により映画化
された作品群とは違って 評価の高低のギャップが大きい様に私は見受けます。

私としては終戦後間もない頃の時代背景とか 時系列的に金田一耕助が最も脂ののった頃の事件で
「怖さ」という点で金田一シリーズの中でも上位の作だと思っています。

【※注意!!】

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