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2012年12月27日

● 宇宙兄弟


映画「宇宙兄弟」のDVDを入手したので見た。




宇宙兄弟


宇宙兄弟

「小栗旬」


宇宙兄弟

「堤真一」


宇宙兄弟

「吹越満」


宇宙兄弟

「麻生久美子」




この映画を見終えて感じた事は 心の底から感動したわけじゃないけれど、決してクソ映画とは思わなかった…という事。


宇宙兄弟


私が子供の頃、クラスの中に一人や二人「僕は将来、宇宙飛行士になる」と言い出す奴がいて それを他の子供達は「日本人がなれるわけないべ」と笑ったが、けっしてそういう夢を抱く子供を馬鹿にしたりはしなかった。


数年前、同じ病院に入院している中学生が「僕は将来、宇宙飛行士になりたい」と まだ入院する前の元気な頃にクラスメイト達に言ったら


「宇宙飛行士って英語がペラペラじゃなければダメなんだろ?」


「もの凄く沢山の希望者の中から数人でしょ?」


そんな感じで最初から否定され、彼が入院した後 見舞いに来たクラスメイトが


「宇宙飛行士になるためには健康じゃなきゃダメだぜ」


と、見舞いに来た子は励ますつもりで言ったんだろうけど 入院している子はその見舞いの子が帰った後、病院の屋上で空を見上げて


「こんな身体じゃ もう宇宙飛行士になんかなれやしない」


と、泣いていた。


そんな姿を見た看護師が その事を見舞いに来た彼の担任の教師に話し、生徒達に入院患者を見舞う時の心構えみたいなモノをさりげなく教えてくれと頼み、教師もその事に何かを感じたのか受け持ちのクラスの生徒達に何をどう話したのかは知らないが とにかく何かを話したらしい


そして、その数日後 見舞いに来た生徒が入院していた子に


「オマエが真剣に宇宙飛行士になりたいなんて思ってもいなかったし、冗談かと思ってた

 だって、なれる可能性なんて0に等しいんだぜ? ごめんな」


本人は弁解のつもりでそう言ったのであろうけど、その言葉は逆効果だった。


それ以後、入院していた子はクラスメイトの見舞いを断り、誰とも会おうとしなくなったのだ。


私が子供だった頃、日本人が宇宙飛行士になる可能性なんて0だったから「僕は将来、宇宙飛行士になる」と子供が言っても それは可愛い「夢」でしかなかったから「夢」を誰も否定しなかったのだ。


しかし、昨今は現実的に日本人の宇宙飛行士が出現し 可能性は限りなく0に近いとはいえ、0ではなくなったぶん 「僕は将来、宇宙飛行士になる」と子供が言うと周囲は


「それだけ、オマエは頭が良いのか?」

「他人とは違う”何か”がオマエにはあるのか?」


…みたいに現実的な事を言い、それは殆どが「夢」を「否定」するのと変わらない。


今やオッサン世代でも上の年代になってしまった私の子供の頃の、その当時の「夢」みたいなものが 年月を経て私がオッサンになりきった今日、現実になったものが沢山ある


ゆえに、今の子供達の「夢」と 私が子供の頃の夢とは似て全く非なるものなんだろうな…とは想像するが、いろんな夢が現実になったぶん 夢に対する反応は私の時代で言えば過剰なまでの現実的否定に近いんだろうな…とも想像する。


入院していた子はそれから半年ぐらいの後、天国へと退院して行った。


その子の葬儀に出席した看護師は 葬儀が始まる直前、そばに座っていたその子の同級生と覚しき子供達が


「アイツ、マジで宇宙飛行士になりたいって思ってたらしいぜ」


「なれるわけ無ぇべ、癌だったんだろ? アイツ」


「病気から現実逃避したかったんじゃねぇの」


「今頃、”お星様”になって 夢が叶ったんじゃね?」


と小声で話しているのを聞き、とてつもなく腹が立つと同時に、やるせない程悲しくなったそうだ。


私が子供だった頃、子供の私に「俺がオマエぐらいの年の頃はよぉ」とオッサンに話されるのがとても苦痛だった時期がある。


その頃の私は「オッサンの子供の頃と今じゃいろんなもんが全然違うんだよ」と心の中で反発し、それを大人には言い返せない事が苦痛だったのだ。


で、今 自分がオッサンになってみると そんな自分自身の子供の頃の苦痛をすっかり忘れてしまっていて「俺がオマエぐらいの年の頃はよぉ」と説教ぶっている私がいたりするわけで 同じ病院の入院患者である学生達から密かにそんな私は「昭和の遺物」と呼ばれているそうな。


もし私が上述した看護師と共にその葬儀の席に居て 同級生達がそんな会話をしてるのを耳にしたら たぶん、そのガキ共を葬儀場の外に引きずり出して説教していたに違い無い。


が、私の子供の頃であれば そんな私の振る舞いを多くの人は「それは怒って当然」と黙認し、怒られた子供の親も恥じ入り詫びたものだが、今だと 怒られた子供の親の中には当然の如く怒り返して、私は「面倒臭い人」扱いで警察を呼ばれたりもする。




思うに、近頃の映画やドラマ それにアニメにも「子供が夢を見たくなる」要素が欠けており、逆に現実的な「いじめ」「自殺」「ニート」「社会不安」みたいな物語ばかりなんだな


だから、私はこの「宇宙兄弟」という映画がクソ映画だとは思わない。


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コメント

以前、脳外の病棟に居た頃
わたしにも同じような事がありました

彼は「F15ドライバーになるのが夢」と語り、
機種こそは違えど話し相手になる度、病気とは真逆の輝く目をして私を見ていました。
私の知り合いにその事を話し、F-15飛行隊有志の色紙とパッチを送ってもらい
その喜びようと言ったらもう廊下まで響き渡り、他の看護師が何事かと覗きに来たくらいです

行く末は…
結局、どっからかリークするもので
ブタネコさんの話した子のように、自分でも理解しているようでした。
私は、下手な役者のように、知らないことに徹して、彼の病室に覗きに行ってました。
たぶん私も「小喧しいオヤジ…」だったのかもしれません。

ただ、心残りなのは、
彼と再会の約束をして私が退院した後、再び病院を訪れた時にはもう鬼籍になってしまったことです。

私もこのDVDをみてその事を思い出しました。

「最後のその時まで生きることを捨てません」というセリフに
やられました^^;

実は、私、アームストロング船長のテレビ(LIVE)を見て
「宇宙飛行士になる」という儚い夢をみたひとりです
高さは違いますが^^;

★ snow431 さん

私はもっと低いところで… ヘリのパイロットになりたかったけど、なれなかったクチ

夢を追いかけた事の無い人、と言うか、最初から追いかけようともしなかった人には

どんなに説明しても判って貰えない感覚ってありますよね?

社会人になってしばらくした頃「ライトスタッフ」って映画を見て号泣したのを思い出しました。


本作を視聴して、僕は激しく泣きました。

視聴の途中で腹立たしさを感じた箇所はいくつもあります。
でも、エンディングちかく。発射台にむかうために、六太と日々人がエレベーターをおり、二人並んで廊下をあるくシーン。
ここで兄の六太が日々人を追い抜きます。
なにげない行動ですが、兄はつねに弟の先をいくんだと、小さいころから六太が言っていたことをあの場で実現してみせたことに、僕は涙があふれ出しました。

涙があふれ出した目がまだ痛いです・・・

★ はぎわらさん さん

年の瀬に心の澱を流し出せて良かったですね 来年もよろしくお願いします。


【※注意!!】

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