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2012年11月12日

● A子の話(その27)


「気の弱い男」と「生徒会長」と仲良くなって以後、僕と後年に親の跡を継いで開業医になった友の二人は 昼休みになると それまでは全く縁の無かった生徒会室に頻繁に通う身となっていた。




僕達の通っていた中学校の生徒会室は 通常の教室のほぼ半分のスペースの広さで、廊下側の2/3は校章や徽章などを売るコーナーやガリ版印刷する機械なんかがあるスペース(※当時は職員室にすらコピー機なんぞ無い)で 薄い壁で仕切られた奧側に「会長室」と呼ばれ、ボロボロの応接セットが真ん中に置かれただけのスペースがあり、その会長室で 僕と後年に親の跡を継いで開業医になった友、それに「気の弱い男」と「生徒会長」の4人で麻雀牌の代わりにトランプの様なカード形式を用いた麻雀をするのが日課になっていたからだ。


実際、麻雀をするのも楽しかったが、それ以上に「気の弱い男」や「生徒会長」と話すのが 僕と後年に親の跡を継いで開業医になった友にとってはカルチャーショックが大きくて楽しかったんだ


例えば、僕と後年に親の跡を継いで開業医になった友の二人に共通だった事に 相手が誰彼構わずに喧嘩する…というのがあり、相手が教師で充分に喧嘩する大義名分があれば平気で(喜んで)ぶつかっていくタイプなのに対し、「気の弱い男」や「生徒会長」は どちらもいろんな争い事に巻き込まれるのをひどく嫌うくせに とてつもなく「目立ちたがり屋」だった事


醒めた言い方をすれば、最初の頃 彼等二人にとって 僕や後年に親の跡を継いで開業医になった友と仲良くする事は有意義な保険であり、今風に言えば安保という傘の下に潜り込む事だった。


と言うのは、二人が元々仲良しで しかも、共通の趣味がアイドルのコンサートに出かけたり、レコード屋とかブロマイド屋に行ってお気に入りのアイドルのグッズを集める事だったのだが、そういう場所には言わずと知れた肉食系の不良が徘徊しており、他校の中高生にそれまで散々にカツアゲされまくっていたのだ。


ところが、市立図書館の資料室での一件以後 近隣の中高生のワル達に悪名を轟かせていた後年に親の跡を継いで開業医になった友と仲良くなった事により、カツアゲの被害に遭う事が無くなり、何故かその後年に親の跡を継いで開業医になった友が唯一、絶対に喧嘩相手にしようとせず むしろ、宥められたら素直に応じる僕と仲良くする事で二重の安全保障の傘になる事に気づいたんだな


彼等にとって、僕や後年に親の跡を継いで開業医になった友と仲良くする事で生じる最大の弊害は 僕達二人が事ある毎に教師達から疎まれていたので、それと仲が良いとなれば同じように教師達から扱われかねない事だったが、僕達二人は基本的に群れる事を好まなかったから 中学校内で彼等が僕らのそばに四六時中一緒にいる必要を求めなかったし、おそらく僕達が彼等二人と校内で一緒に居る姿を見た他の生徒達には 僕達が彼等二人に何らかの虐めをしている様に映っていたと思う。


が、実際には 根がミーハーだった後年に親の跡を継いで開業医になった友が


「天地真理のブロマイド 出来れば生写真っぽいの今度買い物に行く時についでに買ってきてくれよ」


と、金を渡して頼んでいたり 今みたいにネットでなんでも手軽に情報が得られる時代じゃ無かったから マニアックな情報を彼等から貰っていただけなんだ。


その頃の僕は現実的に後年に親の跡を継いで開業医になった友の様に小遣いに恵まれていたわけでも無いし、ミーハー度も彼等程高くは無かったからその方面にはたいして興味は無かったが、一を聞いたら十どころか二十も三十も応えてくれる彼等の雑学知識はとてもためになったし、興味があった。


だから、ほぼ毎日 授業が終わると市立図書館に行き、時には自習室で本を読みながら、時にはインスタントラーメンの一件以降親しくなった雀荘で麻雀をしながら彼等と会話をするのが楽しかったんだ。




さて…


修学旅行が終わり、日増しに秋の気配が色濃くなる頃 僕の中学では文化祭の準備が始まる。


今の中学校は受験を控えているからという理由で 修学旅行を僕達の時の様に中学三年ではなく二年で実施したり、文化祭を1学期に行う学校が多いと聞くが 少なくとも僕の時は文化祭は秋だった。


で、その頃のいつもの様に昼休みの時間 僕と後年に親の跡を継いで開業医、それに「気の弱い男」と「生徒会長」の4人は生徒会室の会長室で麻雀に興じていたところ 三年の男子学生のひとりが飛び込んできた


「会長、頼みがあるんだ…」


その男子学生は 会長室に僕や後年に親の跡を継いで開業医になる友がいるのを見て 明らかにギョッとした様な表情を見せつつも「生徒会長」に懇願した。 


その男子学生の頼みとは 文化祭でブラスバンド部や合唱部等がステージで演奏や合唱をする合間に部活には所属しない一般学生にも演奏などの披露の時間を設けて それに出させて欲しいというもの


他校では その当時既に有志による演奏の時間を設けているところがあり、数人のグループでギターを弾いてフォークソングを歌ったりするのは どこの中学でも定番化しつつあったが、僕達の通っていた中学では保守的というか ギター演奏は不良生徒の好むところで認める事は出来ない…と フォークギターですら校内に持ち込むのを校則で禁じており、歴代の生徒会長が せめて文化祭の時だけは…と毎年教職員と交渉し跳ね返されてきた経緯があった。


ゆえに、その年の文化祭においても生徒会長は体育館ステージでの有志生徒の演奏の許可を教職員と交渉してはいたところで ただ、その年に限って言えば 前年までの様に頑なに拒絶されるのでは無く、たまたま生徒会の顧問の教師が春に転勤してきたばかりで その中学校のそれまでの経緯を全く関知せずに


「良いんじゃないの? フォークぐらいなら」


と、迂闊に発言してしまった言葉尻を捉えて慎重に交渉を進めていたところだった。


僕や後年に親の跡を継いで開業医になる友は生徒会とは全く関係の無い人間だったが、横で話を聞いていて つい興味を抱き


「で、もし時間がとれたら ステージで何するの?」


と聞くと


「俺の演奏するバイオリンで”翼をください”を観客と一体になって合唱したいんだ」


”翼をください”という曲は後に教科書にも載る様になった不思議な魅力のある曲で どちらかと言えば不良学生よりも真面目な学生達が好んで歌う曲だった。


「一応、考慮はするし、交渉もするけど期待しないでね」


生徒会長がそう応えて話を終わらせようとしたが、学生はなおもしつこく


「頼むよ 演らせてくれよぉ」


と、懇願して生徒会室を出て行ったのだが その後ろ姿を後年に親の跡を継いで開業医になる友は 意味深なニヤニヤ笑いで見つめていたのが僕にはもの凄く気になった。


で、その男子学生の後を追うように 後年に親の跡を継いで開業医になる友が生徒会室から出て行くのを 僕も追いかけていったところ…


「おい、ちょっと待てよ いいから、ちょっとこっちに来いよ」


そういってステージ演奏を懇願していた学生を無理矢理に、すぐそばの昼休みで誰もいない理科の実験室に連れ込み


「なぁ、オマエ なんか企んでんだろ? 正直に言えよ

 オマエに”翼をください”なんて似合わねぇのは オマエが一番解ってんだろ?」


と、半分脅迫


すると男子学生はニヤリと笑って


「あたりまえじゃん、”翼をください”なんて誰が演るかよ 口実だよ口実」


後年に親の跡を継いで開業医になる友とその男子生徒は同じ小学校の出身という事もあって人となりを知っていたから、焦臭さを敏感に察知したのだ。


それ以後の男子学生と 後年に親の跡を継いで開業医になる友の会話を聞いて、僕は悪巧みを思いついたんだ。


僕はまず、生徒会長に因果を含め 在校生の中で、バイオリンやピアノの教室に通い、いろんな演奏コンクールに出場したり そこで賞をとった生徒に


「文化祭で 部活とは関係無い一般学生にも演奏の時間を設けて演奏して欲しいと考えてるんだけど

 もし、それが許可されたら出て演奏してくれる?」


と、聞いて回らせた。


すると、殆どのそういう生徒が 最初は「え~、恥ずかしいしぃ」と尻込みする様な姿勢を示しながらも「もし、それが許可されたら出てもいいよ」と表面上は渋々の体裁を見せながら結果的には積極的に「演りたい」と言い その数は10人以上。


その数字を基に 今度は生徒会長に生徒会の顧問に対して


「部活に所属していなくとも いろんなコンクールで賞を取ったり、評価されている生徒の

 発表の時間を設けてあげましょうよ」


と、提案させると 顧問の教師は


「おう、いいね それ」


と、もの凄く前向き というか、乗り気


しかしながら、職員会議で賛成を貰おうとして 職員室内の有力な先生に根回しを始めたところ 生徒指導系の教師から、「部活の発表の場ならともかく、一般参加ってのはねぇ…」と やんわりとクレームが入り一旦擱座した


が、そこで後年に親の跡を継いで開業医になる友を巻き込み 彼の母親を丸め込んで次の手を打つ


それは、後年に親の跡を継いで開業医になる友の母親がPTAの副会長で PTAで仲良しの同じ副会長で2年生の女の子の母親に


「なんか小耳に挟んだんですけど、今度の中学校の文化祭で 部活とは別に個人的にピアノや

 バイオリンで優秀な成績をおさめている子達に発表の場を作るんですって

 おたくのお嬢さんもこの前、ヤマハのコンクールで立派な賞をおとりになったんでしょ?

 是非、聴いてみたいと思ってましたのよ…」


と、たき付けさせ PTAの方からやんわりと既成事実の様に学校の方に持ち込ませたところ 何の障害も無くあっさりとその企画の許可が生徒会におりた。


で、文化祭の当日 先述した演奏を懇願した男子生徒も 実は小学生の時にバイオリンで市内のコンクールに入賞し、ピアノでもそれなりに評価されているのを名目に演奏発表会にラストで出演したのだが…


順番がきて 彼がステージに上がるのと同時に、何人かの学生が前もって準備していたのは明白で 手際良くドラムのセットとエレキギターやアンプをセットし、男子生徒のバンド仲間と覚しき他校の生徒がドラムのスティックやベースギターを片手にステージに上がって用意をするのを見計らって


「3年生の@@です、僕はこれまでバイオリンとピアノの英才教育を受けて それに応えてきましたが

 これからはロックです! 何故、この学校の教師達は学生にギターすら許さないのでしょう?

 僕はそんな時代遅れの石頭の教師達に如何にロックが素晴らしいか教えてやろうと思います。

 ロックンロール最高!!」


そう声高に演奏を懇願した男子生徒はマイクで叫び、ドラムとベースとサイドギターが奏でるイントロが最高潮に達したところで 彼のギターがジャーンと一発鳴った瞬間、ボンと鈍い音がしてギターの音は全く聞こえなくなり、彼の直ぐの横のアンプから白い煙が吹き出すのが見え、少し遅れてコゲ臭い匂いが漂い始めた。


ちなみに、彼が演奏しようとしていたのは



ディープパープルのハイウェイスターという曲だったが、何がマズかったのかアンプが昇天し、彼の反逆はそこで終わった。


「何がロックンロール最高だ? このバカヤロウ!」


首根っこを掴まれ生徒指導の教師に体育館から引きずり出されていった男子生徒は 数時間後に、乱暴でしかも素人仕事が一目瞭然の虎刈りの丸坊主に髪をバリカンで刈られた悲惨な姿となって僕や後年に親の跡を継いで開業医になる友の前に現れ


「チクショウ、俺のリードギターがすすり泣くはずだったのによぉ」


そう言いながら自分がすすり泣いていた男子生徒こそ 後に「一級建築士の資格を持った詐欺師」と呼ばれる様になるとは その時点で誰も知らない。


彼は文化祭の悲劇から半月ぐらい経った頃、札幌市内のデパートの階段で前を上っていくミニスカートの女性の見えそうで見えないパンツを見ようとしてバランスを崩し、階段から転がり落ちた際に左手の小指と薬指を複雑骨折してしまい、彼の母親が夢想した立派な演奏家になる息子という設計図をゴミに変えた。


左腕を三角巾で吊り下げながら「虎刈りの丸坊主に髪をバリカンで刈られた男」が語る話を 僕と後年に親の跡を継いで開業医になる友はおろか、「生徒会長」や「気の弱い男」や180cm男でさえ涙を流さんばかりに爆笑して聞いていたが ただ一人、A子だけは


「バカだなぁ、そんなに見たけりゃいつでもパンツぐらい見せてあげるのに」


と、優しく慰めた冗談半分の一言を 「虎刈りの丸坊主に髪をバリカンで刈られた男」は現在に至るまで、真に受けており


「俺はあの時、優れた音楽家になる将来を失って真っ暗闇にいたけれど

 彼女の慈愛に満ちた言葉はそんな俺に生きる希望みたいな光を与えてくれたんだ…

 あれはまさに神だね、弁天様って言うか パンツ越しの観音様って言うか…


 失敗したなぁ、どうして俺はあの時、A子に懇願してパンツを見せてもらわなかったんだろう…」


そう言ったのを、聞いて怒った180cm男に5m以上フッ飛ぶほどに殴られたのは つい一昨年の出来事だ。


お駄賃

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コメント

続けての『A子の話』ありがとうございます。

今回は、別の意味でいい話しだなあw!!
自分の中高校生の頃を濃密に思い出しました。

引き続き、期待しております。

★ 高橋信之 さん

ども^^

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