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2012年11月06日

● A子の話(その26)


今の中学では考えられない事らしいが、僕達が修学旅行に出かけたのは中学三年の二学期が始まってそんなに経たない頃。




今の中学では考えられない事らしいが、僕達が修学旅行に出かけたのは中学三年の二学期が始まってそんなに経たない頃。


行き先は まず、青森県の十和田に行って一泊、翌日は十和田、青森近辺を周遊した後 函館で宿泊し、その翌日は函館市内を巡った後に札幌へと戻る2泊3日の行程だった。


記憶に残っているのは 青森の雲谷から十和田湖にかけて濃霧で土砂降りだった事と、函館の五稜郭で箱館戦争の展示品に影響を受けて その後、しばらくの間「新選組」の小説を読み漁った事。


僕と後年に親の跡を継いで開業医になった友は 修学旅行先で他校の生徒と一番揉めそうな要注意人物として引率の教師達からマークされ 修学旅行中ずっと同行の体育教師がべったりと僕達のそばにつきまとい監視下に置かれたから、ただそれが鬱陶しいばかりの印象と記憶が殆どだった。


例えば、土砂降りで何処にも行けない十和田では 結果的に観光地特有の土産物屋を見物するぐらいしかやる事が無かったわけだが、その当時の観光地の土産物の定番と言えば「ペナント」であり、何故か修学旅行生に隠れた人気が「木刀」


うろ覚えの記憶で言えば その時に十和田の土産物屋で見た木刀には


「青森県名産青森ヒバで拵えた木刀で丈夫で長持ち ヒバ特有の香りがいつまでも楽しめます」


…なんて張り紙が木刀を並べた籠に貼ってあって


「丈夫で長持ち…ってのは判るけど、木刀の香りを楽しんでどうすんだ?」


…なんて 僕と後年に親の跡を継いで開業医になった友は笑い合っていたら


「木刀は買っちゃダメだって”旅のしおり”書いてあるの読まなかったのか?

 オマエ達にはこっちの方がお似合いなんだから 買うならこれにしろ」


と、半強制的に「孫の手」を買わされた。


確かに、修学旅行に出発する前に渡された「旅のしおり」に


「お土産品と言えども”木刀”は 修学旅行にはふさわしくないので買ってはいけません。

 もし、買ったのを発見したならば没収します。」


と黒太字で書かれていたし、僕と後年に親の跡を継いで開業医になった友は武器を用いた喧嘩は潔しとしていなかったから 本来は木刀なんて全く必要無いから買う気も無かったのだが、ダメと言われれば言われる程、教師に対する反抗心が沸き上がり、他にロクな修学旅行の記念になりそうな品が見当たらず、もちろん「十和田湖」なんて刺繍されたペナントを買って帰って壁に貼るような柄では僕達は決して無い。


ゆえに、今思えば、いまだに私の書斎の机の上に定置して愛用している「孫の手」が いろんな意味で一番適切な選択だったんだなぁとは思うけど…


その当時の僕達は反抗心を簡単に納める事は出来ず、あまりにも悔しかったので、A子やB子に


「俺達の代わりに 木刀買って」


と頼んだが、


「私達みたいな可憐な女の子が木刀買えるわけないでしょ」


と拒絶されてしまい 180cm男に


「オマエみたいにそれだけの身長があれば 背中に2本ぐらい木刀を入れて持ち帰ってもバレないだろ?」


と、言っても


「A子ちゃんに頼んで断られたんでしょ? じゃぁ、俺だって嫌だよ」


と、にべもなく断られ 最終的には違うクラスだった学年1位(全道でも1位)の成績優秀者と表向きは品行方正を絵に描いた様な(二人とも中身はとんでもないオタク)の生徒会長に


「とりあえず、俺達が内証で買ってきた木刀を目立たない様に店の人に包装紙で包んで貰って

 判らない様にしてあるから、オマエ達がお土産にゴボウを買った事にして札幌まで持ち帰ってくれ」


と、やんわりと脅して持たせたのだが「気の弱い」男は とことん気が弱く、挙動の不審さに気づいた教師の問い詰めにアッサリと自白した為、木刀を没収された上で


「他のクラスの生徒を脅すとは何事か!」


と、僕と後年に親の跡を継いで開業医になった友は帰りのバスの中でネチネチ説教された挙げ句、帰札後に反省文を書かされたのは言うまでも無い。


でもね、後日談なのだが…


修学旅行から札幌に戻った数日後 A子が


「今日の帰り、ウチに寄っていってよ」


と誘うので行ってみたら


「どうせ、取り上げられると思ったからさ 2本買って、郵便局で小包にして送っておいたの」


と、僕と後年に親の跡を継いで開業医になった友に それぞれ1本ずつくれた。


正直言って、心の底から欲しいと願ったモノではないから 没収されても惜しいとは思ってなかったが、A子の周到な配慮というか機転に


「あぁ、その手があったか…」


二人とも最初は感心しつつ、「僕達の為にそんなにまでして…」と、感動さえ覚え


「ありがとう、大事に使うね」


と、今思えば何にどうやって木刀を大事に使うのか意味不明なまま 二人とも精一杯の感謝の言葉を贈ったんだ。


で、ついでに更なる後日談も記しておくと…


A子から貰った木刀を 僕は自宅の玄関の傘立てに素振り用の硬式バットと一緒に入れておき、野球部を引退した身とは言え 夜中に玄関先で気晴らしにバットを振る合間に その木刀で下手なチャンバラの殺陣の様に振り回して遊んでいたら それを見たB子の親父が


「なんね? 夜中に木刀ば刀のごたる振り回して…

 こんな”十和田”ち書かれちょるヘナチョコ木刀なんぞじゃ戦場ば生き抜けんぞ?」


と、意味不明な言葉で小馬鹿にし 数日後には陸上自衛隊員が訓練などで使用する木銃を僕に渡し


「聞いたらちょうど廃棄にする予定やったんやけど、まだまだ充分に使える木銃ぞ

 特別に許可ば貰ってもろうてやったけん、そんなナマクラ木刀ば振り回さんと こいば使え」


と、差し出し


「オイは自衛隊でも ちぃとは名が通った銃剣道の遣い手やけんね

 そのオイが直々に稽古しちゃるけん やっちみぃや」


お陰で「キィヤァ」「チェストォ」「ウリャハァ」等と奇声を挙げさせられて 昔の戦争映画によくあるシーンの様に 藁人形に見立てた木に銃剣を突き刺す様な形を何度もさせられたが、いつの間にか近所の官舎のオジサン達がぞろぞろと見に来ていて


「ほぉ、その歳から銃剣道ですか? こりゃ、先々が楽しみですね」


とか言ってのんびりとタバコを吸いながら眺めるけで 誰も「近所迷惑だ」と言わなかったのが今思えばとても不思議だ。


が、それはともかく…


先述したその時の「孫の手」もさる事ながら、A子から貰った木刀は今でも僕の書斎に大事に保管しており、それは後年に親の跡を継いで開業医になった友も同様だ。


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コメント

中学の修学旅行は京都奈良でしたがなぜか木刀をみんな欲しがりましたね、うちの学校も禁止でしたが、今思えばあの木刀欲はなんだったんだろう。

★ sato さん

>木刀欲

他にロクなもんが無かったんですよ。^^


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