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2012年10月25日

● 尾根のかなたに


WOWOWで放送前後編全2話に分けて放送されたドラマ「尾根のかなたに」の録画を一気見した。




尾根のかなたに尾根のかなたに


このドラマの前編がWOWOWで放送されてから実は少々時間が過ぎている。


内容が御巣鷹山の日航機事故関連であり、それに関していろいろと個人的に考えを抱いているので 私としては後編が放送されたら前編の録画と併せて一気見しようと思っていたわけだが、実際に後編が放送されて 予定通り一気見してみると今度は直ぐに感想を記せる程心に余裕が無くなった。


見終えた結論から先に言えば このドラマは良作だと思う


で、まずはドラマの感想だが…


尾根のかなたに

尾根のかなたに


「國村隼」が演じた父親が秀逸この上ない。


長男が歯科医になって跡を継ぐと聞いた風呂でのシーンにおいて 威厳を保とうと嬉し涙を誤魔化す仕草が何とも言えない。


このシーンは後に


尾根のかなたに


「伊勢谷友介」へと継承されるのだが、総合的に「國村隼」が演じて見せた父親像が見事だったがゆえに「伊勢谷友介」の演技がどうこう言う以前に泣かされていた。


だって、「伊勢谷友介」が演じた風呂でのシーンで もし、父であり、祖父である「國村隼」が演じた父親がこの時に事故に遭遇せず生きていたらどんな喜び方をしたか… それが容易に想像出来、想像すればする程泣けたんだ。


それと、


尾根のかなたに


後編で「松坂桃李」が見せた「泣き」のシーンも秀逸だった


ここでこんな泣き方されたら貰い泣きせずにはいられない… そんな見事さがあった。


他に個人的「お気に入り」としては


尾根のかなたに


「貫地谷しほり」


尾根のかなたに


「玉山鉄二」


また、このドラマの中で


尾根のかなたに

尾根のかなたに

尾根のかなたに


「国村隼」が演じた人物の遺品を抱いて帰郷した遺族を多くの人達が出迎え見送るシーンがあった。


私はこのシーンを見ていてドラマの一部と言うよりも 自分の記憶の中にあるシーンが甦り、泣けて仕方が無かった。



さて…


ドラマを一気見し終えた時、「良いドラマを見た」という満足感と共に「あれ? なんか前にこんな話の本を読んだ様な…」そんなデジャブ気分に襲われた


ドラマのタイトルである「尾根のかなたに」という本は読んだ記憶が無い


が、ネットで調べてみて この本が元々、「風にそよぐ墓標―父と息子の日航機墜落事故」というタイトルで出版されたものを 最近、「尾根のかなたに―父と息子の日航機墜落事故」と改題して文庫本となっている事を知る


そう、私は「風にそよぐ墓標―父と息子の日航機墜落事故」というタイトルの本が出版されて間もない頃に買って読んだんだ。


で、著者が「門田隆将」である事に気づき 「風にそよぐ墓標―父と息子の日航機墜落事故」というタイトルの本が著作権の侵害(手記本の盗用)で訴えられた…という話をスポーツ新聞か何かで読んだ記憶も一緒に思い出した。


なので、次女の婿を本屋に走らせて文庫本「尾根のかなたに」を買ってこさせて「風にそよぐ墓標―父と息子の日航機墜落事故」と中身を比べてみたところ


「風にそよぐ墓標―父と息子の日航機墜落事故」の目次が


   第1章 風にそよぐ墓標
   第2章 「ふつう」が幸せ
   第3章 マスコミとして、遺族として
   第4章 遺書の重荷
   第5章 父が残した機内写真
   第6章 検視する側にまわって


となっているのに対して


「尾根のかなたに―父と息子の日航機墜落事故」では


   第1章 戦士は戻りぬ
   第2章 「ふつう」が幸せ
   第3章 遺書の重荷
   第4章 父が残した機内写真
   第5章 検視する側にまわって


という具合に変わっている


たぶん、『第3章 マスコミとして、遺族として』って文中が問題になり裁判沙汰になったんだな


率直に言って その原作の裁判沙汰に関しては興味が無いので ここでは語らないが、「風にそよぐ墓標―父と息子の日航機墜落事故」を読んだ時、先述した様に事故原因がどうこうという趣旨では無く、被害者遺族の「その前後」という着眼点は ある意味、ようやく待ち望んだ内容の本に出会えた様な気になった


が、それと同時に自衛隊員の描写の少なさにガッカリもした。


まぁ、これまでの歴史を考えると仕方が無いと言うほか無いんだが 自衛隊官舎で育った身としては 何故、自衛隊に注目するメディアや自称:ジャーナリストが少ないんだろうね? そればかりは今でも不満なんだな


思うに、これまで御巣鷹山日航機事故をメディアが取り上げるとき「墜落原因」や当時の「日本航空」は?とか そういった事ばかりが取り上げられるのはある意味仕方の無い事だと思うけど 特に殆どの書籍においていつも感じたのは著者の「なんらかの結論」が大前提として既にあり それに向かって肉付けする記述ばかり…という事


例えば、「事故原因は****」という帰結に向かって「専門家によると~な意見があるが、証言と整合性が無く…」とか「オレンジ色の破片らしき物を早々に回収していたチームが目撃され…」とか…


東北大震災の後、北野武が言った


この震災を「2万人が死んだ一つの事件」と考えると、被害者のことをまったく理解できないんだよ。

じゃあ、8万人以上が死んだ中国の四川大地震と比べたらマシだったのか、そんな風に数字でしか考えられなくなっちまう。それは死者への冒涜だよ。

人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。


…という言葉は至極名言だと思う


結局、御巣鷹山日航機事故に関しては事故発生直後から今に至るまで


「524人が搭乗したジャンボが墜落し520人が死んだ」


…という一つの事件としての見方が殆どだったという事で、例外があるとすれば 自分の身内や職場の関係者等に被害者がいた人といない人の見方ぐらいのもの


このドラマには上述した あらかじめに用意された「なんらかの結論」へのミスリードは無い


3件の被害者遺族の「その前」と「その後」だけであり、であるがゆえに そこに邪念の含まれない事実の羅列を真摯に受け止めれる。


だからこそ、そういう視点と文章で関わった自衛官達の「その前」と「その後」に真摯に目を向ける記者はいないもんかな?と 不満でならないんだな


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コメント

私は、玉山鉄二の家族が慰霊登山をしている途中で出会ったマスコミに取材を受けそうになった時の描写が良かったと思いました。


取材を受けそうになった時に遺族が何かの拍子に皆で笑い合う。

けどマスコミは遺族の痛切な表情を撮りたいので「笑わないでください」と言う。

けど遺族は勿論そんな事には応じず、取材にも応じずにその場を立ち去る。


どの程度製作者側がこのシーンに意味を込めたのかは分かりませんが、「マスゴミ」への批判にはなっていたと思いました。

ブタネコさん、こんにちは。

 昨夜、一気に観ました。
 平日の夜だったので前編を観て、今夜、後編を観るつもりだったのですが、一緒に鑑賞していた母が"お風呂に入る時間を削ってでも今日全部観ないと!"と言ってくれたので、それならということになりました。

 静かに静かに心に沁み込んでくるドラマでした。

 私の家族はこのドラマで描かれる日航機墜落事故のような大参事に巻き込まれたことはないですが、今年、同居していた祖母が亡くなりまして、"昨日までいた家族が今日はもういない"という視点で観ていて、いろいろと感じるものがありました。
特に母は、急変した祖母の死をたった一人で看取ったのですが、その時のことが今も思い出され辛いようです。
そして、このドラマを観ながらやはり、何かを感じたようです。

 号泣するという感じではなかったですが、ふとしたセリフや役者の表情にほろっと涙がこぼれる瞬間が何度もありました。

 死ぬその日までずっと続くと疑いもしなかった日常が、ある日、予告もなく中断され、全く違ったものになってしまう。
もういない家族がいたときのように過ごすことは、出来ないし、心を取り戻すこともなかなか難しい。
だけど、明日はやってくるし、当事者以外の人たちにとっては過去のことになってゆく。
なかなか心はそのスピードについてはいけないはずです。

 それでも懸命に日々を過ごそうとする被害者家族の姿は、そのまま現実の母の姿に重なっていました。
もちろん、祖母はどうであれベッドでの大往生であり、この事故の被害者と違います。
だけど、"昨日までいた家族が今日はもういない"という意味では同じだと思うのです。
ドラマの中の時の流れ(まだ私たち家族には訪れていません)が、母に何かの癒しをもたらしてくれるといいなと思いました。

 母は「梅ちゃん先生」を観て、松坂桃季くんをいたく気に入っていて、ドラマの中で彼の演じる光太郎が、幸せになった姿に心癒されたようでした^^
映画「つなぐ」もぜひ観に行きたいと言っています。

 日航機墜落事故の時、私は高校生でTVニュースの映像とやけに暑い夏だったなと・・・申し訳ないですが、そのぐらいの記憶しかありません。

 ドラマの中で遺体確認の現場が描かれますが、私はどうしても、昨年の東日本大震災を思い出してしまいました。
実際に遺体確認をした医師の体験談(「救命―東日本大震災、医師たちの奮闘」に収録されています)を読んだせいだと思うのですが、その中に歯科医師の話もあり、ドラマの中で伊勢谷友介演じる歯科医師が、自分たちは親父を連れて帰るという気持ちだけでやってこれているけれど、それ以外の医者はいったいどんな気持ちなのだろうというような意味のことを言っていましたが、本当にそう思います。

 被害者のご遺体が家族に確認していただける状態になるまでに、どれだけの人たちの懸命の作業があるのか・・・改めてこのドラマを観て考えました。
 生々しい現場にいち早く足を踏み入れるだろう自衛隊の方々に至っては、きちんと体と心の疲れを癒せているのだろうかと本当に申し訳なく思うんです。自ら選んだ仕事とはいえ、本当に頭が下がる思いです。

 遺体確認の現場の描写は、本当に現実感がありました。
暑い夏だったと思い出させる空気の流れ、遺体確認に訪れたご家族の服に浮いている汗のシミ、ご遺体の一部分・・・その場の空気感と匂いまでもが(実際には体験したことがないので、あくまでも自分の記憶にあるものの範囲でですが)感じられるような画でした。

 ことさら感情をあおるような描写やセリフ・演出などがなかったので、最後までさらっと観てしまったような気がします。
こういうドラマを地上波で観られたらいいのにと思う反面、月額を払っているからこそこういう良質のドラマが観られるんだよなと・・・ちょっと複雑な気持ちでした。

母はWOWWOWのドラマを気にいったようで、ドラマWは、しばらく視聴することになりそうです^^

いろいろお伝えしたいと書いているうちに長文になってしまい、申し訳ありませんm(_ _)m

★ うごるあ さん

御指摘のシーンは私も同様のものを感じておりました。

思うに、遺族の中に相当そういうマスコミの姿に立腹された方がおられたんじゃないかと推察します。


★ slan さん

身内なら尚更の事、顔なじみの誰かでも突然亡くなってしまうと誰しもポッカリと何かが欠けた気持ちに
なるし、淋しくもあり、そんな様々な思いに耽りますよね

今始まった事ではありませんが、メディアが事故などで誰かの死を伝える時 もしかしたらこいつ妙に
浮かれてないか?とか、著名人の場合であれば 直前まで批判めいた事を言ってたくせに ただ不謹
慎だからという理由だけで神妙なコメントを発するコメンティターとか もの凄く違和感を抱く時があり
ワイドショーなんかでは特にあからさまな演出すら感じると むしろ不快を通り越して腹が立つ事も
よくあります。

実話を基に…とか、ドキュメンタリーと称していても そういった部分に見え見えでお手軽な演出を加える
のがもし当たり前だと言うのであれば それはもうフィクションでしかないと思うんですけどね

重要な事は「あぁ、目に見えない部分には こんないろんな事が生じていたんだな」という事を
特に「言われなければ」「教えてくれないと」判らないと平気で開き直る多くのアホにどれだけいろんな
事を気づかせたのか?… 極論すればそんな事がひとつの価値にすらなるんだなと思う今日この頃に
おいて 実に良い出来の映像だったのかな?なんて ひねくれた見方すらしてしまいます。

もっとも、番組に対する一般視聴者のクレームなんてさほど問題では無く、視聴率やスポンサーの
御意向にピリピリしてる連中には どう言っても理解出来ないでしょうから 月額料金有料制の方が
結果的に良作になるのかもしれません

が、近頃 そんなWOWOWもTBSと共同製作みたいな格好が増えてきてるのが個人的には気になって
る私であります。


【※注意!!】

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