« みをつくし料理帖 | TOPページへ | サマーレスキュー 最終話 »

2012年09月23日

● 故郷を思い号泣しながら歌った曲


twitterを眺めていて 見つけたツィートにふと思い起こした。




「中島みゆき」の曲に「ホームにて」という曲がある。


ツィートによるとダチョウ倶楽部の上島がこの曲を号泣しながら歌うのだそうだ。


実は私の知人にも 今から30年ほど前に この曲を号泣しながら歌った人がいるのだ。


私がサラリーマンSE生活を辞めて札幌に戻る時に会社の同僚達に開いてもらった送別会の二次会で 朧気な記憶をたよりに記すと、キッカケは 九州の宮崎から東京の大学に進学し、本当は卒業と同時に故郷に帰りたかったんだけど、大手の電機メーカーに就職したので帰りたいけど帰れないジレンマに悩んでいた奴が



「遠くで汽笛を聞きながら」を後半泣きながら歌った事から始まったのだ。


それを聴いて 広島から同じように上京してきてた奴が


「アリスなんて エロ本の会社みたいな名前のチャラチャラした連中の曲で よく泣けるな」


たしか、そんな台詞を言い捨てて歌ったのが



吉田拓郎の「唇をかみしめて」


「やっぱ、拓郎の方が心に染みるけぇね」と、泣きながら広島弁で歌い上げ オマエも何か歌えと言われた私が



海援隊の「思えば遠くへ来たもんだ」を歌っていたら それまでの流れのせいか泣いてしまったのだ。


すると、私達の直属の上司で「得意技は”責任転嫁”」と陰口を叩かれていた人物が歌ったのが



中島みゆきの「ホームにて」


想像を絶する程の歌の巧さと感情移入で、我々だけではなく たまたま店に居合わせた見知らぬ客まで無口に、そして貰い泣きまでさせてしまったんだ。


歌い終わった後、テレ隠しのように


「俺にだって故郷があるんだよ」


そう言って怒った様な顔をおしぼりでゴシゴシ拭いてたんだ。


後にその人は持ち前の巧みな責任転嫁で順調に出世を重ね、バブル景気崩壊後 リストラの首切り役を仰せつかり、4000人を退職させた功績で取締役にまで出世したと陰口を叩かれていたが 取締役になって2週間も経たぬ時に受けた人間ドックで「手遅れの肺癌」が発見され半年後に他界した。


今まですっかり忘れていたんだけど つい、Youtubeで「ホームにて」を聴いたら思い出してしまったんだな


「心は今夜もホームにたたずんでいる」


という歌詞の一節がある。


大学生の時とか、そのサラリーマンSEの頃 不思議と昼間は感じた事が無いんだけど、夜に電車をホームで待っている時、特に 私の場合は秋葉原とか上野のホームで


「そういえば、今頃札幌は…」


なんて思い出す事が多かったんだよね。


お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

 この記事への御駄賃がわりに下のバナ-のいずれかを クリックして頂けると嬉しいです。^^
 (全部、クリックしてくれると もの凄く嬉しいのは事実です。^^)

ブログランキング・にほんブログ村へ Blog Ranking 人気映画・TVBLOG blogram投票ボタン BlogPeople「自分のこと」部門にクリック BlogPeople「テレビ」部門にクリック BlogPeople「映画」部門にクリック

『私にとっての懐メロ』関連の記事

コメント

「ホームにて」は自分の記憶が確かなら
中島みゆきオールナイト・ニッポンの
その年の最後の放送のエンディングに必ず
毎年流していたように思います。
この曲を聞くと「ああ、今年も終わりか」と感じたのを思い出します。
やっぱり、あれはJR札幌駅のホームなのだろうか?
と思ったのは仕事で度々札幌に来るようになった
後年のことです(遠い目

★ やじ さん

中島みゆきオールナイト・ニッポンは聴いてなかったので何とも言えませんが、札幌人の私としては
上野駅のイメージが強いですね

東京で仕事をしていた頃、出張先からJRで東京に戻った時 それが夜で 上野駅で ホームに
北斗星が停車しているのを見た時に 理由も無く乗りたくなった事が何度かあるもので


【※注意!!】

この記事は『ブタネコのトラウマ』の倉庫に保管されている記事なのでコメントの投稿は出来ません。 2015年2月10日以降 このクソブログは『ブタネコのトラウマ・リニューアル版』に移転しましたので新規記事更新及び、過去記事へのコメントの受付もそちらで行っておりますので お手数ですが、そちらへの移動をお願い申し上げます。