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2012年08月09日

● 八つ墓村(古谷版) 再見


1978年に全5話ドラマシリーズとして放送された「八つ墓村(古谷版)」が先日BSで再放送されていたのを録画したので見た。




八つ墓村(古谷版)

八つ墓村(古谷版)

八つ墓村(古谷版)


八つ墓村(古谷版)

八つ墓村(古谷版)

八つ墓村(古谷版)

八つ墓村(古谷版)

八つ墓村(古谷版)

八つ墓村(古谷版)


この「八つ墓村」の原作を初めて読んだ時「なんて怖い小説なんだ」と思った。


「八つ墓村」に限らず、横溝正史の本を読むまで本を読んで怖くなった経験など無かったから、それだけで魅力に取り憑かれたとも言えるのだが…


よく横溝正史の本は「おどろおどろしい」と言われるが 単に「怖い」とは言わず、何故「おどろおどろしい」と表現するんだろ?って疑問に思った事は無かろうか? 私はある。


で、あくまでも私見だが 例えば、映画「ジョーズ」の様に いきなり海中から信じられない程の人食い鮫が大口を開けて飛び出してきたり、ドアを空けたらチェンソーを持ったジェイソンが立っていたら「うわぁっ!」と悲鳴を上げて逃げる… そんないわゆるホラー系の状況は「怖い」


もし、人の感じる「怖い」という感覚に目盛りみたいな物があったとしたら 先述したホラー系の「怖い」って 平常の心理状態から「怖い」という目盛りのMAXに到達するスピードが瞬間的と言っていいほど速く ピークに達してから平常に戻るまでも速い。


それに対して「おどろおどろしい」というのは 平常の心理状態から「怖い」という目盛りのMAXに到達するスピードがゆっくりで ピークに達してから平常に戻るまでもゆるやかなのだ


つまり、突発的な恐怖が目の前に表れるのではなく じわじわといろんな要素が恐怖度を上げていき、ピークに達してもなかなか醒めず ともすれば「怖かった」記憶がしばらくの間続く 映像ではなく、活字でその効果を読者に与えるのってどれほどの描写力か それが私が横溝正史を敬愛してやまない最大の理由なんだな


そんな横溝作品の中で この「八つ墓村」は「おどろおどろしい」度で言えば上位の作品である事は間違いなく、原作を深く読み込まない映像制作者の手にかかると鍾乳洞の中や要蔵錯乱のシーンにおける「おどろおどろしさ」ばかりを演出する事に熱中し、真の意味での「おどろおどろしさ」 例えば、犯人の動機や末路をおざなりにしてしまうから 結果的にただ不気味で怖い印象にしか描けていないのが残念でならない。


映像化された回数の多い中にあって この78年古谷版の出来は良い方ではあると思うが、以前に記した通り不満も多い


でもね、つい最近 BS出の再放送を機会に再見すると 1978年というこの放送をオンタイムで見ていた頃の事や ドラマ内の背景に出来る風景や建物など懐かしさがいっぱいで 今となっては細かい事をブツブツ言うより ただただ映像を楽しんでいた私だった。



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