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2012年04月05日

● ブラックボード 第一夜


三夜連続SPドラマ「ブラックボード~時代と戦った教師たち~ 第一夜」の録画を見た。




ブラックボード


私には恩師と呼ぶべき人物が数人おられるけれど、その中に「教師」の存在はいない。


一般的に比べて 私の教師に対する認識は思いっきり低く、実際に高校生の時には担任を殴り倒した事もあり、ある種の偏見すら抱いていると言われても仕方が無いとさえ思ってはいる。


ゆえに、殊更教師を美化した様な物語には吐き気すら覚えるので このドラマを見る前の段階では「時代と戦った教師たち」というサブタイトルにウンザリ感満々だった。


で、「第一夜」を見終えた感想を述べると…


戦前・戦中・戦後の教師を語る時、いわゆる軍国主義に則った教師達が戦後 ともすれば憎悪の対象になったのは理解出来るが、時代背景を考えた時 私はそんな戦中の教師達を責めるのは酷だと思う。


ただ、そんな流れを知る時 教師の功罪とは そういった教師達が教えた生徒が成人し歳を重ねていく上で いろんな事を良い方にも悪い方にも しかも、タチの悪い事に「無意識」に変えてしまうところにある事を踏まえて現代の教育を未来の為に見直すべきところは見直さないと駄目だと思う。


例えば、終戦後「戦争は駄目だ」と教える事に熱心になりすぎ「争いはいけない」「喧嘩は駄目」… その結果、本音と建て前の使い分けが巧妙になり「何を考えているのか判らない」人間が急増…という結果につながっていないかな?


私の世代や少し上の人達は 学生運動などが盛んだった名残もあってか、やたらと「~するのは自由だ」とか「我々の権利を踏みにじるな」等と 「自由」や「権利」という言葉を濫用していたが、そのくせ「責任」や「義務」には全く無頓着で「自由には責任が伴い、権利には義務が伴う」というあたりまえの事を有耶無耶にしがちで そんな連中が教師になり、30歳代の時に「ゆとり教育」なんてものを行えば たしかに、全部が全部では無く例外もあるだろうけど害の方が多くなるのも自明の理なんじゃなかろうか?


つまり、教師の功罪って 直ぐ目の前に結果が表れる即効性は無く、じわじわと体内に潜伏し長い年月を経る中で発病する病を宿すのに似た弊害性こそ最も危険な事の様に私には思えてならないので このドラマの企画意図が奈辺にあるかは判らないけれど取り組みとしては興味深いと思う。


が、それはさておき


ブラックボード


上のキャプの女の子が「森迫永依」だった事に エンドクレジットを見るまで気付かなかった。


別にファンでも無いし、今後を見守ろうなどとは思っていないが 変貌ぶりに驚いたので記しておく。


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