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2012年02月12日

● 雑感(2月12日)


毎年、特にこの時期になると「君が代」「日の丸」問題と称して新聞はクソ教師共の戯れ言を報じるんだけど あくまでも個人的意見として思う事を記してみる。




先日、


 「君が代起立斉唱の職務命令に3回違反したら分限免職」--。教育基本条例案の修正案を巡って8日開かれた大阪府と大阪市の統合本部会議で、処分の規定が決まった。卒業式シーズンは間近。がぜん現実味を帯びてきた「免職」に現場では波紋が広がっており、自らの思想信条を守るため「卒業式には出られない」と思い詰める教員もいる。

 府教委は先月、君が代の起立斉唱を求める職務命令を初めて出した。すると、ある府立高校では今月に入って「前もって不起立を宣言したら、卒業式で座席を指定されるらしい」とささやかれるようになった。校長が職務命令違反の教職員を確認するためだという。

 30年以上起立斉唱に反対し、不起立を繰り返してきたある府立高の男性教諭は「露骨な思想弾圧。日の丸・君が代反対よりも、強制によって排外主義が助長されることの方が問題だ」と憤る。卒業式で「何で立たへんの?」と生徒に問われるたび、歴史的な経緯や自分の思いを語ってきた。指紋押なつを拒否する外国籍の生徒の苦しみに触れた経験もある。若い教師が無意識に起立斉唱を受け入れることに怖さも感じる。

 「クビになってもいいという同僚もいる。でも、自分を貫けば家族にも迷惑をかける。面倒なことに巻き込まれて消耗するのも嫌だ」。だから、今年は卒業式の会場に入らないつもりだ。

 「公務員だからといって、生き方まで否定していいのか。生徒に多様性を教えている教員が画一的に支配されようとしている」。教員を指導する立場の校長も戸惑いを隠さない。ある府立高の校長は起立しない教員とじっくり向き合った結果、その教員が起立するようになった経験を持つ。「『ルールだから』では何も解決しない。条例が成立しても自分のやり方を変えるつもりはない」と話す。

 別の府立高校長は「教育公務員である以上、命令違反、条例違反は許されない。職務命令が出た以上、起立斉唱するのは当然だが、強制の色合いが強くなり現場がぎすぎすする」と条例化には反対の立場だ。

 この日の府市統合本部会議で、中西正人・府教育長は「教員の生命線に関わる。3回で分限とするのは非常に違法性が強いと言わざるを得ない」と主張。君が代の起立斉唱を巡っては法的な争いや世間の慎重論が根強いことを挙げたが、橋下徹大阪市長は「世論の話は公選職の役割だ」と取り合わなかった。【林由紀子、茶谷亮】

教職員処分規定:「卒業式に出られぬ」大阪・不起立で免職』毎日jpより


という記事を見かけたので引用として貼らせていただく。


私が通った中学や高校が その当時、日教組の活動家であるクソ教師が多く 自衛官の倅だった私は 時に迫害の様な真似をされた経験をこのクソブログに記してきた。


娘がとっくの昔に成人しているので 最近の学校事情にはハッキリ言って疎いから、もしかしたら近頃の教師は そんな私が見知る頃とは随分と違うのかもしれない…と 前提して言わせて貰うと


私が中学生の時に 私が自衛官の倅であるという理由で私の家に家庭訪問に来てくれなかった教師がいる。(それも、一人ではなく複数だよ)


その教師は日教組内でなんらかの役職につくほど活動にとても熱心で 


「先生は午後から大事な会議があるので 午後は自習にします」


と言っては 裁判所前や大通公園でのデモ集会などに参加していた


そんな教師と進路指導の面談の際、本来は母親が行くのが普通だったが 教師達のそんな振る舞いに業を煮やした私が住んでいた自衛隊官舎の父親達は 敢えて母親の代わりに、しかも自衛隊の制服のまま許可を得て課業時間に中学校に来て 進路指導の面談と称してあからさまに反自衛隊を唱える教師に抗議ではなく 何故、そんな主張をするのか?と尋ねた事がある。


その時の教師の発言の中で 今で言う、「国旗、国家問題」に関する日教組教師の私見は


「”日の丸”と”君が代”は侵略国家日本の象徴であり、平和を願う現代日本の象徴と認めるわけにはいかない」というものであり、それは憲法9条によって「戦争の放棄」を謳い「戦力(軍隊)や武器の放棄」に則れば「戦争の象徴だった日の丸と君が代も放棄すべきである」


…というものだったと記憶している。


それに対して中学生ながらも 私は感情的に反論すれば「小賢しい人の屁理屈」という感想を抱いたわけだけど、その時は昭和40年代の後半で 言ってみれば戦後からまだ20年ちょいしか経ておらず、戦争下の出来事を実際に体験しいろんな考えを持った人が多かった時期でもあるから 当然、いろんな論議が生じても不思議ではないとも思っていた。


でもね、それから早いモンで40年 戦後70年近く経った今日、その頃からの論議を経て 今の認識はどうなの?って考えた時、中学生だった頃の私の違和感は 今ではそれ以上に強いものに変わっている。


例えば、中学の頃の私の担任教師に もし、今、私が問いかける事が出来るとするならばいくつか問うてみたい事がある。


教師の最大の使命は生徒に教育を施す事と私は考える。


ゆえに、日教組活動と称して授業を散々に自習にした行為は その生徒達から均等に施されるべき教育の機会を奪う事であり、職務放棄・怠慢では無いのか?と。


憲法9条ばかりにブツブツ言う前に 教師であるならば


憲法第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

憲法第26条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。


とりあえず、上記引用した憲法14条と26条に 日教組活動と称して授業を散々に自習としていた事、反自衛隊活動という意味合いで自衛官の子供を差別した事は 遵法行為と言えるのか? そう問い詰めてみたいんだよね。


でね、この記事冒頭に引用した新聞記事の中で


『自らの思想信条を守るため「卒業式には出られない」と思い詰める教員もいる。』

『30年以上起立斉唱に反対し、不起立を繰り返してきたある府立高の男性教諭は
「露骨な思想弾圧。日の丸・君が代反対よりも、強制によって排外主義が助長されることの方が問題だ」と憤る。』


という部分に 私は不快感に近い疑問を抱く


まず、個人がいかなる思想信条を抱こうと それを否定するつもりは無いが、教師という立場の者が生徒に対して 教師個人の思想信条を広めようとする行為は その思想信条の良し悪しに関わらず、厳に慎むべき事だろ?と。


言い方を変えれば、国語や算数を教えるのは教師の使命だけど 思想教育は絶対にしてはいけない事でしょ


例えば、日教組は「自衛隊に入隊する若者は訓練と称して右寄りの思想教育が施され、しいてはそれが国民の右傾化へと繋がる」って非難していなかったかい? 「思想教育は良くない」と


『公務員だからといって、生き方まで否定していいのか。生徒に多様性を教えている教員が画一的に支配されようとしている』


バカを言っちゃイケナイ


日の丸・君が代反対という思想教育を行う事と 生徒に多様性を教える事を混同して語るのは、糞味噌じゃん


私個人の見解としては 仏教やキリスト教など宗教系の学校という存在も 宗教教育にともすれば思想教育が混じり込む要素が強いと思うので如何なものかと思ってはいるが、例えば、キリスト教系の私立校の様なところで そもそも「日の丸」「君が代」は持ち込んでおりません…というのは百歩譲れるが、公立校で公務員という立場でもある教師が学校の方針に従えないというのは言語道断であり、それは「生き方を否定する」のでは無く、そういう思想信条に拘る者を教師にする事の方に問題があると私は言い切りたい。


ちょっと突飛な例で言えば トヨタに就職していながら「俺、日産の車が好きなんです」と言って日産車を乗り回す事を会社や他の社員はどう考える?みたいなもんでしょ

であれば、最初からトヨタじゃなくて日産に就職しろよ…と言われないか?。


で、違う面を言えば


『君が代の起立斉唱を巡っては法的な争いや世間の慎重論が根強いことを挙げた』


冒頭の新聞記事の最後の方に さりげなく、個人の主張としてそう記述されているが、「世間の慎重論」って何? 少なくとも、私の周囲の右でも左でもない中間思想の連中に「慎重論」は聞いた事が無い


新聞も中立公正を謳うなら こういう紛らわしい記述の仕方や、ともすれば世論の誘導刷り込みを慎むべきだよ


で、最後に


私が通っていた時の中・高校では 日教組教師達への反感から、


「卒業式で「仰げば尊し」を歌わされる事は尊敬出来ない教師達の自己満足への強制である」


…と称して「君が代」は起立して斉唱したが「仰げば尊し」は着席のまま無言で通した学生がかなりいたものだが、それを報じたメディアはひとつも聞いた事が無い。


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コメント

私はご存知の様に在日3世で、その後11歳で日本に帰化した身ではあります。
私の住んでいた地域は日本でも特に在日社会を形成した所で、クラスの半数は同じ在日系の子弟でした。
朝鮮総連系の北韓出身者の家は、朝鮮学校に通い主体思想を元にした独特の教育を受けるそうで・・・・・
私共の地域は主に済州島出身者が多く、民団(大韓民国居留民団)の場合、同化政策がとられていたので、私は何の躊躇もなく今日まで日本の教育を受け育ってきました。
小学高学年の頃は在日の子達だけ土曜日居残って民族教育といって
自分の名前をハングルで教えてもらったり、韓国の農楽を教えてもらったりしたものです。
そんな在日系が半数を占める我が校でも何かの行事につけ国旗掲揚と君が代は当たり前の様に、何の違和感もなく行っていました。
国家斉唱や起立を拒否したりする先生もいなかったと記憶しています。
壇上に上がる時にも日の丸に一礼、何の迷いもなくやっていました。

中国や韓国に行けば至る所に国旗が掲揚されておりますね。
行政庁舎の前または屋上であったり、沿道の街路樹などにも。
しかし日本に帰国すると殆ど国旗を見ない・・・すごく違和感を覚えます。

国旗掲揚時の起立、国家斉唱がどうしても信条上できないと言われる公務員の方は、やはり公務員であるべきではないと私個人では思っています。
ともすれば自国の国旗・国歌にすら敬意を払えないのであるならば、日本人辞めますか?とも思います。
私の様に過去二重国籍であたものの意見としてはそんな感じであります。
幸い我が子の学校では、運動会でも国旗掲揚式があるし特に別段問題があるわけではありませんが
こういう世界的な常識が議論の対象となるこの国の愚かさには辟易させられます。
条例で縛らなければいけないほどなんで、心底情けない話であります。
米国等で国旗掲揚中や国歌斉唱中に死語なんてしたらそれこそピーしてピーのピーになるのにですね^^;

世論誘導で右と言われれば右、左と言われれば左、日本民族の集団性は被災地では助け合い精神で世界を驚かせ、また感動させましたが
裏を返せば人と違う事をすれば戦前の様に非国民扱いされ村八分にされる。
まさに一長一短諸刃の剣でもあると思うのですが、戦後70年余りが経過し、社会的なシステムの変化と生活レベルに変化はありましたが
根本的な日本人の精神までは何も変わっていないなと思わされました。
さすがに遺伝子レベルまでは急には変われないという事でしょうかね。

土曜日は紀元節でした。
夕方のニュースで護憲派・改憲派共の集会の様子を報道されておりましたが
護憲派のとある偉い人なんでしょうね~。
「改憲したいと思っている人には別の悪い思惑がある云々」という発言
またそれに激しく頷いている人々を見て頭が痛くなった次第です。

我が息子もあと2年で小学六年生。
日本史の教科書を見たら発狂するかもしれませんね^^;

仰げば尊しですが、本当に生涯の師に出会える事なんて稀なんでしょうが
本来、教職にあるものはそうでなくてはと思うのは私だけでしょうか?
今の日本人は後世の日本人からどう総括されるのでしょうかね。

最近はすっかり耳にしなくなりましたが、弁護士や医者もさる事ながら「先生」と呼ばれる教師は「聖職」とされたものです。

自衛隊云々の件ですっかり教師に対して反抗的な人生をおくってきた私ではありますが、私の世代ではまだ「先生に反抗するとは何事か」と 教師に叱られたのを内容の如何に関わらず、それを理由に親にまで子供が怒られるのは全く不思議な光景ではありませんでした。

しかしながら、昨今では「先生と 呼ばれる程の バカじゃない」みたいな川柳で笑われる様に「聖職」という認識は瓦解してしまい 教師などは単なる就職先でしかなくなった感すらあります。

些少ながらも「教師」は「聖職」なんだと考え、自ら進んで教師になる事を目指した者であれば まだマシですが、公務員は安定してるからね…なんて程度には 正直言って教職の免許を交付するのは間違いだとも思っております。

大阪の条例に関して言えば 色々と言いたい事はありますが、私なりの視点で誰も言わない様な事だけ言わせて頂くと、「日の丸」「君が代」に否定的な意見を述べる教職員の言う事を分析すると 人権とか、法律とかを云々する以前に こんな教師が自分の子弟の教師となるのは勘弁して欲しいと感じる程の 教師とか言う以前の人格を疑う発言姿勢ばかりで 教師の採用基準や採用方法から改めるべきだとすら感じる事が多いです。

とかく、モンスターペアレンツとか、学級崩壊とか、子供の躾とか たしかに家庭にも問題は多いと思いますが、あくまでも個人感で言えば そんな家庭の親達の教師、つまり我々オッサン世代を教育してくれた教師の御指導の結果、こんな親になっちゃいました…みたいな部分 それが総ての原因ではないけれども、誰も反省しないし考察しようともしないんですかね?

思うに、昨今「ゆとり世代が」みたいな言われ方をよく耳目にしますが そうやって「今の子供達は」という事にだけを目を向けて そんな世代の子供達を教育した教師達とか、その前の世代を教育した教師達とか いわゆる過去の反省とか総括なんて事に誰も目を向けようとしない

「過去から学ぶ」なんて言葉は とても素敵に聞こえますが、せっかく学んでもそれを材料に反省もせず、改善もせず、何もせず…みたいなところが日本人の悪い癖だと私は思います。


初めまして(でしたっけ?元JULIA会員なので、森高の記事で投稿した記憶があるのですが・・・汗)

第二次ベビーブーム世代で親が自衛官だった自分の場合ですが、
思想的に左翼的であることを表明する教職員もいましたが、学生時代を通して、自衛官の子供ということで差別されたことは一度もなかったです。

理由としては、
1、ハンドルでお分かりの通り千歳だったので、そんな事をすれば袋叩きにされる(ちなみに高校からは成績悪くて千歳から出ました。汗)
2、ブタネコさんのお父さん方の活動が功を奏し、問題化すれば懲戒免職は必至と考えた
3、時代の変化による左翼勢力の衰退
4、自分が気付かなかっただけ(お

と思っています。
(CJ注:ブタネコさんの学生時代は長沼ナイキ訴訟の一審判決が出た前後で、自衛隊員そのものを攻撃する活動が一番盛んだった頃だったのではないでしょうか?)

「自衛隊が無ければ人口が2万か3万は減る」
「学校周辺の宅地の造成や学校のグラウンドの整備は自衛隊(民生活動の一環)が全部してくれた」
「大葬の礼で100億円もかかるとか文句を言ってる者がいるが、自衛隊のP-3CやF-15を1機買うくらいの値段なのだからどうということはない」

上記の言葉は、自分の教師(北教組の組合員)が、授業中に発言した言葉です。
ブタネコさんとは世代も、育った場所も違う自分から見た北教組の印象は、
「面従腹背でずいぶんと困った組織」
です。

まぁ、「父は沖縄で死んだ」「リーダーのいない経済大国」「兵士を守る」なんて本を読んでると、
反自衛隊運動も、ほんのわずかでも変わってきているのかもしれませんが・・・。

最後に、自衛隊の父親達が制服課業時間に中学校に来というくだりですが、
人間、やらなければいけない時は、やらなければいけないんだ、ということを実感させられました。

今は身動き取れない状況なので乱文失礼いたします。
ではでは~


★ CJ さん

初めまして(調べてみましたが、今回が初めてのようです)コメントありがとうございます。


>ブタネコさんの学生時代は長沼ナイキ訴訟の一審判決が出た前後で、自衛隊員そのものを攻撃する活動が一番盛んだった頃だったのではないでしょうか?

高校の時はまさに一審判決が出た後でしたから日教組は調子に乗ってましたね


>北教組

そう、北教組は日教組とまた違う嫌らしさの連中でした

頷けるか否かは別として主義主張がコロコロ変わる節操の無さだけは印象強いです。


>父親達が制服課業時間に中学校

それだけ親父達も腹に据えかねたんです。

今でもよく覚えてますが、日頃「反自衛隊」を唱えていた社会党の選挙カーが選挙の時に北部方面総監部や真駒内駐屯地の正門前や総監部周辺及び真駒内の自衛隊官舎に乗り付けて

「一緒にこの国を良くしていこうじゃありませんか」

と、投票を乞う街頭演説をしていた(なぁ、横路 オメェは本当に節操無しだったよな)のを苦々しく無視していた親父達の顔を

ついでに、もうひとつ明記しておくと この当時、札幌市内南区のコープ札幌(市民生協)某支店は生協で買い物をする組合員に自衛隊家族の入会を断り、自衛隊官舎への灯油の配達販売なども受けてはくれず、某新聞社からの取材に「組合って事で自衛隊さんから不買運動されてるんです」と真逆のコメントをした店長がいた時期さえありました。


たしかに、これは限られたごく一部の地域での出来事でしかないのかもしれません

しかしながら、その時期にその場所に住んで暮らしていた者にとってはそれが総てであり、その頃飲まされた煮え湯は大人になった時に晴らそうと心に誓い私は現在に至っております。

三国人の怨み方と違って子々孫々にまで そんな怨みを伝えていこうとは全く考えておりませんが、少なくとも私だけは生きている間は当時の社会党や共産党、日教組をはじめとする当時の組合活動者のクズ共に復讐していく所存です。


ブタネコさま

記事に関してですが、畿内では大阪に左巻きが特別多いというのが前提にあると思います。
(左巻きといっても、真直ぐ左もいれば捻じ曲がった左もあり一括りにすべきではないかもしれませんが)
このような報道の後、採用辞退者が急増したのも周辺住民には「やっぱりね」という感じです。

こちらでは自衛官は兵庫に居する方が多いので、もっぱら標的になったのは警察官でした。
今はあまり使われないそうですが、当時は某ドラマのように「本店・支店」「課長・係長」といった会社組織の呼称を当然のように使用していました。
恥ずかしいことに、私も警察官であった父のことを「会社員」だと思い込んでいたのですが
小学校入学後、隣のクラスの担任に「父親の職業を言ってみろ」と立たされ、公権力の犬(!)だと知らされた次第です。
同じ公務員なのに…と口走ってしまった私が目をつけられたことは言うまでもありません。ふふふ。

二者面談に行った母が帰宅後ゲラゲラ笑いながら言うには
「お宅のお嬢さんは裏番(死語ですね)を張る危険があるから要注意だ」と真剣な顔で諭されたそうです。
低学年の裏番って…。
その後、私の療養もあり空気の良い隣の県へ引っ越したこと、
幸い中学校では先生方に非常に恵まれたことで、今では笑い話で済んでいます。

「仰げば尊し」の強制。なるほど、お見事なブーメランですね。
ただ、数年前に唱歌の殆どが消えてしまったので平成生まれは知らないのではないでしょうか。
意味のわかりにくい歌詞を避けた結果、歌謡曲の方向に進んでしまったのだとか。
今となっては「蛍の光」も「閉店の歌」という認識でしょう。

余談ですが、父の存命中は生協に係わらないという我が家の掟が頭に浮かび、ほくそ笑んでしまいました。

★ ようと さん

そうですか、警察も標的になりましたか…^^;

ウチの娘達の卒業式は 普通に君が代を起立して歌い、仰げば尊しも歌ってました

その学校、実は私や嫁の母校でして 時代が変わったんだな…と嫁と話したものです。

生協は その後、直ぐそばに全国展開の大型スーパーが進出し 売り上げが激減した為、
コロッと掌を返した様に さも、以前 自衛隊家族の入会を拒んではいませんでしたよ…的なノリで
自衛隊官舎に「入会の御案内」をばらまきましたが、昔を知る者達は「定年退官しても生協は利用しない」
と、示し合わせたわけではありませんが不買は今でも続いています(もちろん、我が家も)


【※注意!!】

この記事は『ブタネコのトラウマ』の倉庫に保管されている記事なのでコメントの投稿は出来ません。 2015年2月10日以降 このクソブログは『ブタネコのトラウマ・リニューアル版』に移転しましたので新規記事更新及び、過去記事へのコメントの受付もそちらで行っておりますので お手数ですが、そちらへの移動をお願い申し上げます。