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2012年02月16日

● A子の話(その20)


愛猫が死んで以降、A子は本を読む事より 大学ノートに何やら書き綴る事の方が多かった。




それについて、A子にちゃんと聞いたわけでは無いけれど 何か考えてしていないと死んだ猫の事を思い出してしまう… 言い方を変えれば現実逃避にも似た感じに僕は勝手に受け止めており、そんなA子をどう慰めてよいやら皆目見当も付かず いつもB子と二人で図書館にこもり せっせと大学ノートに書き続ける時間を過ごしていた。


そして、ちょうどその頃は 僕や後年に親の跡を継いで開業医になった友は部活が中学生活最後の中体連を目前にひかえ最も練習がハードな時期だったからそっちに夢中で あまりA子の事に注意を向けておられなかった…というのが実際のところで 特に、僕が所属していた野球部は 主力の3年生は小学生の時に少年野球の札幌市の大会で優勝した経験を持ったチームのメンバーが殆どまとまって同じ中学に進んでいたから

「俺は高校野球で甲子園に行き、将来はプロ野球の選手になる」

と夢見た奴ばかりで 中体連で活躍し私立の強豪校からスカウトされる… その為に必死で 奨学金付きの推薦入学が決まれば、一年生からレギュラーメンバーと帯同する可能性が強く、そうなれば2年、3年時にレギュラーになれる可能性はより高まる… そんな風に殆どのチームメイト達は考えていたのだ。


既にその当時から高校野球連盟はタテマエを色々と言っていたけど、その頃の札幌の現実では 中体連で強豪校といわれた高校の野球部のスカウトの目にとまれば 入試免除の上、特待生として入学金や授業料も免除 さらに限られた一部だが、相当な実力の持ち主と認められ複数の高校から勧誘を受けている選手には奨学金という名目で小遣いまでくれるという条件を提示する高校が実際にあったんだ。


「今日の練習の時、監督に話しかけてたオッサンの二人連れ 北海高校のOBだってさ」

「って事はスカウトか? で、誰かに目をつけて挨拶してたのかな?」


練習後に更衣室で着替えながらそんな話題を嬉々として話しているチームメイト達のノリに僕は馴染めなかったけど、選手である以上 試合には出たいし、勝ちたい気持ちには変わりは無い。


それに、僕の場合は僕以上に 自称:僕の第二の父親を僕には無断で自認するB子の父親が


「男子たるもの 檜舞台で男ば見せんでどぎゃんすっとか?」


と、勝手に燃え上がっており


「おいが稽古ばつけちゃるけん来んね」


と、星一徹の如く 夕食後の僕を連れ出して自衛隊の駐屯地内にあった車両整備の倉庫みたいな建物で(夜間照明が点いていて室内練習場みたいなところだった)B子の父親曰く「鬼の3百本ノック(千本ノックで無いのはB子の父親が3百本打つとヘロヘロになったから)」と 何故か素振り3百回を僕にさせていた


ある時、そんなB子の父親に辟易となった僕が


「すいません、今日は宿題が多くて…」


と、サボろうとすると


「何ぃ? 宿題なんて後ですればよか

 よしんば、宿題なんかせんでも キサンの人生に変わりは無かよ

 宿題せんやったからち、高校入試に落ちても最悪たかが一年浪人すれば良かっちゃろ?

 そいよか、「今」やなかね?

 中学三年の夏は 今しか無かろうが?

 唯一無二の夏ぞ?

 その夏に悔いば残すのは男子の本懐とは言えんやろが

 キサンもタマタマぶら下げた男子なら ここぞって時に気合い入れんでどぎゃんすっとか!」


と、耳を貸してくれなかった。


ちなみに、このB子の父親は この時の数ヶ月後、高校入試直前の僕に


「浪人なんて揺るさんぞ キサンの親父が認めてもこのオイが許さんとじゃ

 そんな甘えた考えば持っとろうもんなら 今すぐ腹ば切れ

 甘えた馬鹿息子でスイマセンち遺書ば書いて腹かっさばけっちゃ、オイが介錯しちゃるけん

 そいが嫌なら、死にものぐるいで入試に合格せんかぁ このバカタレが!」


と、真逆の事を平然と言ったのが まぁ、それに関しては後日の話


「今しかできない事は 今やれ」


考えてみれば当たり前の事なんだけど ちょっと疲れたらサボり、嫌な事があったら逃げがちだった僕には拳骨よりも説得力のある言葉ではあった。




中体連の本番、まず札幌市内をいくつかのエリアに区分けした地区大会を僕の中学の野球部は危なげもなく勝ち上がった。


そうなると当然の様に チームの主力選手達に強豪校と呼ばれる高校も含めていろんな私立高校から勧誘の打診が入り始め…


「俺、北海から誘われた」

「俺、札商と道工…」


そんな会話がチーム内で飛び交う様になっていた。


そうなると、前にも記した通り僕は公立高校への進学を希望していたので そんな事に興味は無かったはずなのだが、チームメイト達の大半に勧誘が来ていて僕には何処からも何も無いというのは やはり納得がいかないというか… モヤモヤした不愉快さを正直言って感じたのも事実。


後になって判った事だが、僕が野球での進学よりも公立高校(その中でも進学校)を希望しており、自分で言うのもナンだけど成績的に合格圏内だった事から中学の進路指導の教師達が ひとつだけあった私立から僕への勧誘を 僕に相談無く無下にしていたのと 殆どの私立高校から野球の素質云々や成績はともかくとして、僕の素行・生活態度が問題ありな学生と判断されていたそうだ。


まぁ、そう言われれば反論できないところが僕にはある。


まず、日教組嫌いでそんな教師達に悉く反抗的な態度をとっていた僕を 教師達は「日教組」という重要な要素を省いて 単に「教師に対して反抗的」と内申書に御丁寧に書き込んでいた事。


そして、僕と最も仲の良い友人である後年に親の跡を継いで開業医になった友は 周辺の中学どころか、いくつかの私立高校の生徒とも平気でトラブるならず者として市内の同世代間(特に不良達)には著名人であり、その暴れん坊と何故か双璧扱いが僕だと勝手に周囲から位置づけられ、ブタネコも同様の暴れん坊だと認定されていた事。


以上二点だけで 世間的には「ブタネコは成績は良いけど不良」という評価だったのだ。


率直に言って、当時の札幌市内の高校で野球の強豪と呼ばれた高校は 悉く、不良の多い高校でもあったのだが、数年前に野球部員では無い生徒の暴力事件で甲子園へと向かっていた選抜出場校の野球部員達が 青函連絡船で青森に着いたところで学校が出場辞退を決めたと知らされ帰って来るという悲劇があったりで 他校生とも平気で喧嘩しちゃうと考えられる生徒を入学させるのは二の足を踏むのは理解も出来る。


ゆえに、「教師に反抗的」で「他校生徒と平気で揉める」そんな僕が勧誘が来るかな…なんて夢見る事自体、無理な話だったのだが、そんな裏事情をその時の僕はまだ知らない。


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