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2011年11月25日

● 雑感(11月24日)


しばらく雑感を記してなかったので 思いつくまま書き記してみようと思う。




まず最初に…


今年の6月から7月にかけて「A子の話」というタイトルで13本の記事を掲示した。


実は13本目を掲示した時点で 14~17まで記事を書き上げていたのだが、ある事情があって14本目以降を掲示するのに躊躇い今日までに至る。


その間にいろんな方から「続きを書け」と言われ その度に「う~ん」と悩み、そして先述したある事情を鑑み掲示せずにきてしまったわけだが…


その後、個人的にいろいろと忙しかったり 一時的に体調が悪化したりして今日まで至ったけど、ここにきて やはり自分の為にもう少し書き残しておきたいという思いが強くなったんだな


で、しつこいようだが先述したある事情を鑑み 既に書き上げてあった14~17を破棄し、書き直す事に決めた。


…というわけで 不定期更新になるけれど もう少し続きを掲示しようと思うので どうかお許し願いたい。




で、次に…


いつ頃からか忘れたが、数人の方からほぼ同じ内容のお尋ねを受けたので おそらく他にも疑問を感じている方がおられるだろうと思うので記しておくと…


このクソブログにおいて 映画やドラマの記事を掲示する時、「~を見た」と書き出すのが私のスタイルなのだが、その際に大抵の場合は「~を見た」とするのだが希に「~を観た」と記す事がある。


「見た」と「観た」 その記し方の違いは「この作品には泣かされた」「この作品は感動した」「これは傑作だ」…と私が感じた場合は「観た」 それ以外が「見た」を私が特にこだわって記しているからだ。


例えば最近では「深夜食堂を観た」に対して「プリンセス・トヨトミを見た」という風に


この事については 古くからこのクソブログを御覧になっておられる奇特な方には既にお気づきの方も多く 中には「”観た”って記事の映画は出来るだけ見てみようと思います」等と レンタルするか否かの尺度に利用して下さってる方もおられるそうだが、これはあくまでも私の個人的感想なので他人が見たら「クソ」も大いにあり得る事を御了解願いたい


あくまでも私が「観た」を用いるのは その映画の出演者や制作者に対して「良い物を観賞させてくれてありがとう」という感謝の意を込めたいだけの事。


同じ様な記述の使い分けとして「巧い」と「上手い」というのもある。


これは主に役者の演技に対して「~の泣きの演技は巧い(上手い)」という風に書き分けているつもりなのだが、この「巧い」と「上手い」の違いは 例えば、ある役者がとても良い「泣き」の演技を見せてくれたとした場合、そのシーンだけが良かったのであれば「上手い」で その役者が別の場面で違った「泣き」の演技を演じ分けて見せてくれる様な人であった時「巧い」と つまり、「巧み」と「上手(じょうず)」の違いのつもりなんだな


で、もうひとつ挙げておくと 一般的には「分かる」と書く部分を 私は「判る」とか「解る」と記す事が多い


それは ずいぶん昔にたまたま何かの国語辞典で

「判」は物事がそれと判別・判断される意で、「違い[善悪]が判る」「先のことは判らない」などと、「解」は理解できる意で、「英語が解る」「気持ちはよく解る」などと好まれるが、今は一般に「分」。「文学が 解る/判る」では、前者は単に理解する意だが、後者は傑作・駄作などをよく区別して理解する意となる。

という風な表記を読んで「ほぅ」と思ったから 出来るだけそういう風に使い分ける様に心がけているのと、自分でも上手く説明出来ないのだが「分かる」という書き方が「分ける(わける、区別する)」みたいな感じがして こういう表現を使いたくないと思ったからでもある。


以上の様な使い分けは あくまでも私個人の趣味であり、国語的にとか文法的に則っているかどうかなどは知らない あくまでもブタネコ的表現と御理解頂ければ幸いである。




そして、第3に…


既にお気づきの方も多い様だが、今年になって長女と次女が相次いで出産し 私は二人の孫の爺さんになってしまった。


で、正真正銘の爺さんになって感じた事を率直に記しておこうと思うのだが…


まず、孫が生まれると 子煩悩どころか孫バカみたいになる輩が増えているのだと近年よく聞く


「目に入れても痛くない」


まさに、そんな風に


「ウチの孫がね ”ジジ”って私を呼んでくれたんだよ」


と、嬉しそうに かつ、自慢気にこちらが聞きもしないのに語る爺ぃを今まで何人も目にしてきたが いざ自分が爺ぃになってみると たしかに自分の孫から「ジジ」と呼ばれるのはまんざらでもないが、遊びに来た知人が


「あら、目の感じがオジィチャンにそっくり」


とか言うのを聞くと 私の場合は鳥肌が立つ程、腹が立つ。


考えてもみるがいい。


例えば、病院で新生児室のガラス越しに 生まれて数日の子供なんてしわくちゃの小猿みたいなもんだよ? それを見て「あらあら口元がオジィチャンにそっくり」なんて言われると「お? 俺の顔はシワクチャか? よ?」と


実際にそう言われて 思わずそう言った看護師に対して


「そう言えば たいていのジジィが喜ぶと思ったら大間違いだぞ」


と、久しぶりにヤクザ相手に喧嘩してた頃の様に低い声で唸ったものだ。


娘達が無事に出産し、そして無事に孫達が産まれた事は実に喜ばしい


でも、だからといって取って付けた様な台詞でお世辞みたいなおためごかしを言われてヘラヘラ笑う程 私は人間が出来ていないのだ。


「~って言っておけば 大抵の人は喜ぶんだよ」


そんな方程式で解かれるほど 私のへそ曲がり度は甘くは無いのだ。


だから私は その大抵のジジィ達が聞かれもしないのに


「いやぁ、とうとうウチの娘が子供を産みましてね 私も遂にお爺ちゃんですわ ハハハ」


なんて台詞は絶対に言わない。


その代わりに、数年の後


「え? ブタネコさん孫がいるの?」


なんて誰かに言われた時に


「そういえば、オメェからはお祝いが届いてなかったな あ?」


と、睨みつけてやるんだ… そう心に決めている。


お駄賃

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