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2011年11月06日

● 八日目の蝉 映画版


2011年に公開された映画「八日目の蝉」のDVDを入手したので見た。




八日目の蝉


先に断っておくと、角田光代の原作は今でも読んでいない。


TVドラマ版は最初から最後まで1度はちゃんと通して見たが二度と見たいとは思っていない。


ゆえに、以下に記す記事にはTVドラマ版との比較めいた内容が少なくないが 総て記憶を頼りに記しているという事で御容赦願いたい。




TVドラマ版の「八日目の蝉」に関して視聴者の感想に賛否両論がある事は聞いている。


が、他人がどういう感想なのかで私の感想は左右されるつもりは無く ゆえに、率直に言えばTVドラマ版はクソドラマだと感じている。


TVドラマ版の感想記事を記した時、正直言って私の思考の中で クソドラマと言い切る理由が明確になってなかった部分が多々あったが、この映画版を見てそれらがまとめてスッキリした様に思える。


まず、「八日目の蝉」という物語において私が馴染めないのはストーリーと全体の構成だ。


これは、作者が女性で ほとんどの登場人物が女性である事から男には 今ひとつ理解出来ない部分があるのかなぁ…とも思うのだが 最大の難点は「誰が被害者で、誰が加害者なのか?」という部分の認識だ。


夫が不倫をし、不倫相手の女が妊娠したが中絶 その結果、不倫相手の女が子供を産めない後遺障害となるも 妻の妊娠により夫は約束していた離婚を反故にする…


夫と妻と不倫相手の女 この三者を並べた時、一番悪いのは夫である。


で、私の個人的感覚で言えば 二番目に悪いのは不倫相手の女であって 妻には基本的に非は無い。


しかしながら、妻は不倫相手の女に夫と別れさせる為に乗り込んだ際に 不倫相手の女が子供を産めない後遺障害となった事を突く発言をした為に それが事件の引き金になったのだとすれば 少なくとも不倫相手の女に若干ではあるが情状酌量の余地があると私は思う。


けれども、この物語の読者や視聴者や観客は 掠われた子供に対する掠った不倫相手の女の態度が素晴らしい事に「情状酌量の余地」どころか ともすれば無罪放免の様な気持ちを抱いてしまうところがミソなんだな。


私は信じて貰えないかもしれないが「不倫完全否定主義」なので いかなる事情があろうとも不倫という男女関係は認めないから「その後」云々によらず不倫を承知で関係をもった男女はすべからく「悪い」


ゆえに、TV版を見ていた時には「檀れい」が演ずる不倫相手の女に なんの同情も感じる事が出来なかったから「クソドラマ」だと罵ったのだ。


でもね、映画版を見て その感覚は少し違った。


赤子を掠った女(TV版では檀れい、映画版では永作博美)に関してだが…


如何に檀れいが宝塚でトップをとったとは言え、女優として演技の巧さでは「永作博美」とは雲泥の差である事が如実に感じた。


とかく、最近では檀れいを大女優と扱う向きや ビールのCMでの彼女がとてつもなくキュートだと高い評価を与える向きも見受けるけど、申し訳ないが 私は真逆の感想を抱く。


例えば、ビールのCMでの彼女は その一つ一つの仕草や言動が「こうやったら男心をくすぐるだろう」という計算が働いている事がスケスケなんだよね


もちろ、それは彼女の計算ではなくCMの演出の計算である事は明白だから非難されるべきは彼女ではなく演出者なんだけど、役者としてスケスケ演技をしてしまっている彼女を間違っても大女優と褒める気には私は毛頭もなれない。


それは


八日目の蝉


警察に囲まれている事に気づき、総ての終わりを悟った様な笑顔と


八日目の蝉


逮捕の騒ぎに子供を巻き込まない為の配慮


八日目の蝉

八日目の蝉


そして、子供への母親としての愛情みたいな そんな一連の流れの永作博美の演技が秀逸過ぎていて そこには「演技」というスケスケ感が微塵も無い。


この「お願いします」という一言にはヤラレたなぁ…


次に、ある程度成長した かつての掠われた子供(TV版では北乃きい、映画版では井上真央)に関してだが…


あくまでも個人感だが、「北乃きい」の演技にはたぶん彼女の声質や喋り方が大いに影響していると思うのだけど、なにかの弾みにキャンキャンとしたヒステリックさを感じる事があり、それが欠点だと思っている。


この昔掠われた女の子は 基本的に口数少なく、どちらかというと内向的な設定であるから 殆ど笑う事はなく台詞も多くは無い。


ゆえに、そんな少ない台詞で女の子の心情を察しようとした時に そこに微妙にヒステリックな風味が漂えば… その先は言わずとも想像がつくでしょ?


それに対して井上真央の演技には 内向的な部分を目や表情で描く巧みさがあり、一言で簡単に言えば「巧くなったなぁ…」と。


それを一番強く感じたのは 彼氏と別れる時に見せた


八日目の蝉


ある友人に言わせると


「男と別れる(恋愛関係を終わらせる)時に見せる表情が その女の一番素敵で美しい顔だ」


…なのだそうだが、私は女性にフラレた事が無い(嫁としか恋愛してないから)ので その辺はよく判らないけど、でも、この時の井上真央の表情は 今までに見た事もない表情である事は確かなんだな


で、思うに その時の表情がどれだけ良い顔なのかを感じるには それまでの物腰や表情の積み重ねだと思うのね 


だからこそ、それを演じれる様になった事は評価すべきだと思うんだ。


と、同時に


八日目の蝉


彼女が見せた「泣き」と「笑顔」も その成長の証であり、映画の最後で少しだけ救われた様に感じた


お駄賃

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コメント

私はこれ、映画、原作、TV版全部見ました。


TV版は仰る通りのクソドラマだと思います。壇れいは私も勘弁して欲しいです。

宝塚、歌舞伎、共に舞台で求められる演技とTV、映画で求められる演技とでは違うのだから、それぞれで名演を残していたとしてもそれがTVや映画で発揮できるとは限らない。

だから宝塚、歌舞伎出身の役者がTVドラマや映画に出たからといって有難がる必要は何も無いはずなんですが。

ビールのCMに関してはもうまったく同じ感想です。

スケスケのミエミエで「オールナイトニッポンのあの曲をこんなアレンジしちゃいましたよ」的な感じも含めて嫌です。


で「八日目の蝉」の原作はというと、これがもうどうしようもないクソ小説だと思います。

どれくらいクソかと言えば、娘をさらった希和子もさらわれた妻も「何なのお前ら」という行動をしており、どちらにも同情する余地が無く、特にさらわれた妻は最悪で、これじゃあ娘を盗られるという事をされてもしょうがないんじゃないかと思うくらい。

恐らくこの映画監督は原作を読んで私と同じように「は????」と思い、その「は?????」と思った部分を修正、追加したのがこの映画なんじゃないかなと思います。

とかくこの話は希和子の方から見てしまいがちだけど、娘をさらわれた母親にも苦しみがあるのが当然で、映画版は妻の恵津子の方からも見る視点を作っているのが優れていると私は思いました。

正確に言うとTV版にもそれはあったかもしれないが映画版はより丁寧に描いていると思います。

特に恵美子が娘に歌ってほしいとお願いされた「お星さまの歌」が分からなくなっている場面は、幼児から5歳までという恐らく母親にとって一番大変で一番色々な事が起きて一番幸せであろう時期を盗られてしまった母親の悔しさ、怒り、悲しさを表現していて、原作には無い映画だけのエピソードで秀逸だと思いました。

それで小豆島の美しい映像も手伝って良い感じの映画になったとは思うんですが、いかんせん骨格が・・・

去年放送されたドラマ「Mother」も似た感じではあるけどあちらが「誘拐された子供が虐待されていて、その子供は誘拐された事を認識していてしかもそれを受け入れている」のに対してこちらは「不倫した相手の娘、それも誘拐された事が認識できない幼児をさらう」という、どうにもフォローの仕様のない事になっているので完全に主役の希和子に肩入れできない。

そもそも生後半年の幼児を置いて例えちょっとでも出かけるという時点でそんなのあり得ないと思いますけどね、それも鍵をかけずに。なので娘をさらわれた夫婦にも完全に同情しきれない。

ストーリーの柱と出だしがそれなので100%褒めちぎれる映画にはなれなかったかもしれませんが、役者の演技がそれを補えたでしょうか。

小池栄子はちょっとおどおどした感じも良く出ていて重要な役を良く演じ、もはや「元グラビアアイドル」という肩書は完全に取れたかなと思います。

★ うごるあ さん


>で「八日目の蝉」の原作はというと、これがもうどうしようもないクソ小説だと思います。

なるほど、私と感性がとても似ているうごるあさんの感想ですから きっと、私が読んでもそう思うんでしょうね。^^;


>小池栄子

女優で怪演が出来る貴重なバイプレイヤーになりましたね


>もろもろ

思うに、本当の母親と掠った女 そのどちらが視聴者(観客)に良い母親像を感じるか?って部分で肝心な事を誤魔化されちゃってるんですよね

ゆえに、作品としてはクソだと思うし それ以上に「何だそりゃ?」と思うのは このドラマや映画を見て「(ストーリーに)感動して泣きました」って感想を述べられる人なんです 私にとって。

「永作博美」の演技には正直言って感動しましたが、それと「(ストーリーに)感動して泣きました」を言葉が同じ「感動」だからって一緒にしてくれるな…って感じですね。


八日目の蝉
映画で初めて見て泣きました
なんだろ?死とかを描いてないのに涙が出てくる映画は初めてかも
たぶん、恵理菜の心の闇を想うと苦しかったから
だから、焼肉やでの別れのシーン
あの表情は心に突き刺さりました
そう、こんな綺麗な悲しげな笑顔ってあるんだーと思った
管理人さんの文章読んで納得です
井上真央の抑えた演技と爆発させる生命力・・彼女の演技で泣いたの初めてでした

★ Maywing さん

焼き肉屋のシーンの表情は なんか印象強く記憶に残りました。

ファンの方には怒られるかもしれませんが 案外、これまでの井上真央の印象強い
表情は画一化しつつあったのですが、これは全く別物だと私は感じたんです。


ご無沙汰しております・・といっても覚えていらっしゃらないかと思いますが・・。
実は随分前から拝見しておりまして、辛口のコメが楽しみで。
私は真央さんのファンでもあります、だから最近のコメはスルーが多いので(笑)
この映画に関してどうだったのかすごく気になってました。

だいたいは同意見だったので、ちょっと嬉しかったです。

私も原作、TV、映画と観ました。
TVは、ブタネコさんと同意です。

彼女みたいなのに、騙される男性多いのよねと思っております。
はっきり言って、CMの彼女は女からみるとイラっとする感じですから。
演技に至っては、言葉はありません・・そもそも何をやってもヒステリーな女にしか見えないですから。

それはさておき。
映画の出演者の演技についても、永作さんは流石と言わざる得ないし、真央さんもこの手の映画にもっと出るべきだと思っています。
彼女は、もっと伸びる面白さがありますから・・。

ただ、私が少し引っかかるのは、この物語は、男性からみるとクソにあたるのでしょうか?
不倫して挙句に誘拐ってとこだけを見れば、クソです、間違いありません。

希和子を主体にみている前半は自分勝手で、どんなに愛情を注いだところで犯罪は犯罪って事に変わらないと感じるでしょう。
でも、恵津子も娘を誘拐されてはじめて、子供への愛情が湧く、
最初はおなかの子で旦那を引きとめる理由にしたとしても、
戻ってきた娘をどうしたら愛せるか、どしうしたら母と思ってくれるかと・・

そして最終的に、恵理菜が途中までは希和子と同じ道を行き、でも千草が現れて途中から、
自分がだれからも愛されていなかった訳ではないと気付いて、
おなかの子と生きて行こうと感じるその母性に気づいていく様はクソではないと思います。

この物語は、母性でありその記憶の物語だと感じます。

このドラマが放映された同時期に同じような内容のドラマがありました、
どうやら、そちらのTV局が放映権をとれなくて、似たような内容のストーリーで作ったようです、
(出演した子役は一躍人気もので、いささか食傷気味でもありますが・・)
あちらとて、結果、同じ事です。

独り身が長い女性が捨てられた子供を誘拐する・・
それは母性以外の何物でもないし、最終的にどうであれ、一時の感情で誘拐したわけですからね。

ですから、犯罪として見た場合はどちらもクソだと言う事になります。

私はこの映画でウルっとはしましたが、涙は出ませんでした、感動したのではなく、
母を思う子供の気持ちと、ラストの恵理菜の表情におなかの子供が幸せであるだろう、
未来が見えたのが良かったと思っています。


すみません、久しぶりのくせに長くなってしまいました。


★ 有 さん


覚えてますよ、「わすれない」だけに^^


>ただ、私が少し引っかかるのは、この物語は、男性からみるとクソにあたるのでしょうか?


他の男性は判りませんが ブタネコとしては「クソ」だと感じました。


>自分がだれからも愛されていなかった訳ではないと気付いて、
おなかの子と生きて行こうと感じるその母性に気づいていく様はクソではないと思います。


その点は判らなくもないのですが、あくまでも「映画」と「ドラマ」しか見ていない「原作」抜きの私の主観で申し上げますが…


掠われた女の子… 彼女は実の母の元に戻って以降(物覚えがついてから)自分が何故掠われたのか判っているのかな? そこに強い疑問を抱きます。

物語の流れ的に「知っている」様にも思えますが、知っているなら簡単に不倫をするのかな?と。


と同時に、この物語の主人公は誰?ってところにもあると思います。


娘を掠われた母、掠われた娘、娘を掠った女… それぞれに主眼を置いている様で よく見ると皆、中途半端だと思いませんか?


娘を掠われた母に関して


>戻ってきた娘をどうしたら愛せるか、どしうしたら母と思ってくれるかと・・


この部分がドラマも映画も薄く私には上手く理解が出来ませんでした


娘を掠った女に関しては 逮捕されて以降の描写が殆ど無く、現在 自分のしでかした事にどう思っているのかが掴めませんからこれも理解が出来ません。


ただ、


>母を思う子供の気持ちと、ラストの恵理菜の表情におなかの子供が幸せであるだろう、
未来が見えたのが良かったと思っています。


この部分は同感で そう思わせられたぶん、ドラマと違って映画はマシだと感じた次第です。


返信ありがとうございます。

>覚えてますよ、「わすれない」だけに^^
あはは、うまい!

>他の男性は判りませんが ブタネコとしては「クソ」だと感じました。
多分、他の男性もそうだと思います。
なぜなら、この映画に出てくる男性は、ダメダメ度100%くらいに描かれてますから・・
不倫は女にも問題があるけど、この映画の男性のセリフは相当ムカっとしますね^^;

>掠われた女の子… 彼女は実の母の元に戻って以降(物覚えがついてから)自分が何故掠われたのか判っているのかな? そこに強い疑問を抱きます。

何故?と言う部分はきっと、不倫した時点で気付いていると思います、
女という生き物は、愛する人の心をどうにか自分に向けようと思った時、
とんでもない手法を使う場合があります。

その一つに「私、赤ちゃんが出来たの」です。

おそらく、その一言は独身でも、不倫をしている既婚者でも
男性にとって果てしなく「人生の墓場」という場所に誘う言葉だと思います。

恵津子は間違いなく、旦那の不倫を知っていて、赤ちゃんが出来た事を利用したと私は考えます。
原作では恵津子不倫していて希和子と同じであると言う事です。

それに、恵理菜自身、子供の頃は「何故私だったの?」という思いだったでしょうね。
でも、20歳過ぎの大学生ともなれば、いくら人嫌いとはいえ、女という部分は変わらないのでは?

それに気づいた時、母は私を道具として使ったのではないか?という疑念が出てしまう気がします。

私は、この手法を使う女性がいたら、その時おなかの子供に愛情はないなと思うからです。
ま、私も少しぐらいこういうあざとさがあれば、嫁に行けてたかもしれませんが(笑)

>物語の流れ的に「知っている」様にも思えますが、知っているなら簡単に不倫をするのかな?と。

恵理菜の様に、自分がいなければ良かったんだと、慢性的に弱い心の持ち主が
「悪くない時は謝らなくていい」とこの手の安い言葉にくらっと行くのは、ありがちで、
入院して気が弱くなった男性が、優しい若い看護士に勘違いしてクラッとしちゃうのと
近いものがあるのではないかな?

そして、極めつけは「付き合った人が、実は結婚してたってだけ」ってやつです。

>と同時に、この物語の主人公は誰?ってところにもあると思います。

誰、ではなく女という生き物が主人公だと思います。

>>戻ってきた娘をどうしたら愛せるか、どしうしたら母と思ってくれるかと・・
>この部分がドラマも映画も薄く私には上手く理解が出来ませんでした

その部分は、恵理菜が出産して、その子を抱いた時初めて、
恵津子は恵理菜の母になれるのではないか?と感じています。
確かに、その部分は原作もはっきりと二人が和解したとは描かれていませんから。

>娘を掠った女に関しては 逮捕されて以降の描写が殆ど無く、
現在 自分のしでかした事にどう思っているのかが掴めませんからこれも理解が出来ません。

そこが、クソと言われても仕方がない理由かもしれませんね、反省してないじゃない?
って感じで終わる事は確かですから・・

ただ、薫という幻を抱きながら、恵理菜が受けた傷がどうか癒えるようにと願いながら生きていくという感じなので・・恵理菜には申し訳ないと思っている。

要するに、不倫相手の男と自分にがらんどうと言った妻への復讐だったんだな~・・
ああ、そこがクソなんだろうね、うん^^;

でも、原作読んでみてもいいと思いますよ、クソになるでしょうけど(笑)
ちょっとした、疑問点はクリアされるかもしれません。

それでもこの映画はとても好きな映画の一つになりました、「孤高のメス」以来、見るたびに面白く感じるので。

★ 有 さん

>優しい若い看護士に勘違いしてクラッとしちゃうのと

私の担当看護師は優しくて若いけど私のギャグを笑わないのでクラッと目眩がする時があります。


>誰、ではなく女という生き物が主人公だと思います。

ですね、たしかに主人公は「女という生き物」というのは私には説得力を感じました。

が、であれば「だから?」と この物語を、というか筆者を問い詰めたいです。


>要するに、不倫相手の男と自分にがらんどうと言った妻への復讐だったんだな~・・

動機付けとしては理解が出来ます(実際問題としては許せませんが)

が、本当の被害者は掠われた娘であるのに その描き方になんか納得がいかない、理解が出来にくいからクソだと私は思います。


なるほど、「だから?」と言われると、それ以上は言えないですね・・

おそらく、主観と言うか「男ってさ」とか「だから女は」の問題になるでしょうから(笑)
やめておきます。

でも、こういう風な会話が出来て楽しかったので、また、ちょぼちょぼ遊んでくださいね。

★ 有 さん

こんなんで楽しんで頂けたのなら こちらこそ幸いです。^^

【※注意!!】

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