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2011年09月12日

● 砂の器


2011年に2夜に分けて放送されたSPドラマ「砂の器」を見た。




砂の器砂の器


主演は


砂の器

若手の刑事役の「玉木宏」


他に個人的お気に入り役者としては


砂の器

「今井雅之」が手配犯というチョイ役で


砂の器

「大杉漣」が捜査一課の係長として出演していた。


以前の別の記事で何度か記した事だが、私は松本清張が大嫌いである。


が、この「砂の器」は そんな彼の著作の中で数少ない名作だと思っており、1974年に映画化されたものの感想記事を記した事もある。


で、今回の2夜に渡って放送された映像を見て 何故、その「砂の器」をまた映像化するのか?という理由が私は気になって仕方が無い。


以前の記事でも記した事だが、かつての映画や原作がストーリーのアイテムとしてハンセン氏病を用いたのか否かはともかくとして、「砂の器」の根幹は「放浪する親子の情」であり、であるがゆえに別れ別れになってしまった後の互いを想う「情」にある。


ゆえに、初版の事情により映像化する際にハンセン死病に関する部分を違う設定に置き換えるのは理解が出来るとしても そこをおざなりにしては物語が瓦解してしまうんだよね


それとね、物語の対極的な部分として二人の刑事が「カメダ」という言葉を頼りに捜査を進めていく課程 つまり、犯人に辿り着くまでの艱難辛苦も 言わば、親子の放浪と刑事コンビの放浪という並列的な部分で描く妙にあると思う。


原作では刑事コンビの全国あちこちへの捜査(放浪)という部分に読み応えがあり、1974年版の映画ではラストの「宿命」という音楽の素晴らしさと それをバックに親子の放浪と情を巧く描いた事が素晴らしかった。


だからなのか、その1974年版の映画以降数度となく「砂の器」はドラマ化されてきたが、その映画版の影響を受けた様に何故か曲に対するこだわりばかりが強く、親子の情は薄く、刑事の放浪はないがしろにされた作りのものばかりなんだな


で、今回のドラマだが 中谷美紀が演じた新聞記者を盛り込み、捜査の鍵になる部分をその記者の存在で繕う事で全体をまとめようとした様だが、あくまでも個人的感想で言えば この「中谷美紀」がとても鬱陶しく「へぇ、なるほどね」と引き込まれる事は皆無で むしろ、「なんだ、このお手軽展開は」と腹立たしくさえ感じた。


それと、和賀英良役を佐々木蔵之介を起用した事は百歩譲って良しとしても 本浦秀夫という子供の特徴が「目が綺麗だった」「純粋な目をしていた」等々 しつこいぐらいに「目」が印象的だった…を証言に乱発させ 目力に定評のある佐々木とは言え、そこに頼り過ぎる演出は陳腐で失笑モノだった。


砂の器砂の器

砂の器砂の器

砂の器


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コメント

ご無沙汰しています。

作中の交響曲「永遠」ではなく、ドラマの背景に流れるテーマ曲なんですが、市川昆監督の「犬神家の一族」のテーマに激似じゃありませんでした?
メロディーというか和音(コード)進行というか、とにかく曲そのものが、「犬神家~」をとても思わせました。
そう感じたのは、自分だけなのでしょうか……。

だからなんだ的な話で失礼しました^^;

★ 千尋 さん

あぁ、挿入歌だったんですか

たしか、和賀が一人でピアノを弾いている(作曲してる?)シーンで流れた曲の中に
私も「ん?」と感じた部分がありました。

が、私はそれを作曲しているシーンだと思い ラストに完成した曲の中にはそれっぽい
旋律が無かったので あえて言及はしませんでした。


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