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2011年06月14日

● A子の話(その7)


そもそもは中学2年になる直前の春休みの事。




春休みに 後年に親の跡を継いで開業医になった友も、そして僕も休みだというのに学校へ行き部活に出ていたのは 新学期になって新入生が入ってきた時に 先輩として格の違いを見せつけるための体力造りだったんだな。


A子とB子も連れ立って図書館に通い 僕達の部活が終わった後、4人で連れ立ってヤキソバやお好み焼き屋に行く風習は続いていた。


そんなある日の事、お好み焼きをつついていた後年に親の跡を継いで開業医になった友が


「1週間ぐらい前に ウチの猫が子っこを産んだんだけどさ、

 ようやく夕べあたりから人の目に触れるところに出てくる様になって…

 ウチのオフクロが趣味でシャム猫のブリーダーをしていてね

 シャム猫の子っこって可愛いんだぞぉ…」


と、2年生にして学校中を締め終わり 他の中学からも目を付けられるぐらいに暴力的な知名度の高さとは裏腹に 相貌を崩して子猫を語る後年に親の跡を継いで開業医になった友


それに鋭く反応したのがA子で


「ねぇ、見に行っちゃだめ?」と。


後年に親の跡を継いで開業医になった友は それに対し、


「見たい? それなら、これ(お好み焼き)食べたらウチに来る?」


「うん、行く! 見たい、子猫が見たい!」


A子のテンションは一気に上がる。




それまで何度も遊びに行った事のある後年に親の跡を継いで開業医になった友の家だが、さすがにそこそこの規模の病院経営者の自宅だけあって豪華で 後年に親の跡を継いで開業医になった友の部屋は離れの様な造りにしてあった為、彼の両親が生活する本宅には入った事は無かったが、それは当時の漫画によく出てくる「成金」の豪邸そのもので おそらくはその物の価値も意味もよく判らずに、ただ値段が高いという意味だけで買って飾ってある壺や掛け軸や絵画など 僕やB子が暮らす自衛隊官舎では絶対にお目にかからない代物が いろんなところに飾られた虚飾な内装に度肝を抜かれたのは言うまでもない。


後年に親の跡を継いで開業医になった友の母親は 息子を「@@さん」と呼び、いかにも「成金」の典型的な「~ざます」言葉を用いる嫌味な人で 正直、僕は苦手だったが、それと猫は別の話。


僕達が「子猫を見たい」と言ったのと A子が「あの@@@さん」と「~ざます母さん」には憧れの 本物の金持ちの家の娘と知った途端


「あら、まぁ、大変  

 先月、宅の主人(後年に親の跡を継いで開業医になった友の父親)が

 あのアメリカのミネソタの学会に出席した際に買い求めてきた

 とても高価なコーヒーをお煎れしますから ごゆっくりしてらして…」


僕だけが遊びに行った時は


「丸井さん(当時の札幌人は 今は亡き丸井デパートをそう呼んでいた)で買い求めた

 コーラでよろしかったかしら?」


…だったから、格別の扱いである事は間違い無い。


やがて、後年に親の跡を継いで開業医になった友の案内で連れて行かれた部屋は 猫だけが生活する八畳間の部屋で 人間が生活するのと変わらない感じにセットされた長椅子や猫用にあつらえた段違いの棚、そこに5~6匹のシャム猫がいかにも我が儘な感じでノテッと暮らしており、その一角に やはりわざわざあつらえた様な不似合いな襖の無い押し入れの様なところがあり、その中に置かれた高さの低い漆塗りの大きな箱の中に敷かれた布団の上に大きな身体の母猫が横たわり、6匹の子猫がその母猫の乳を まるでしがみつく様に吸っていた。


「うわぁ、可愛いい…」


A子は その姿を食い入る様に覗き込み


「ウチも飼いたいなぁ…」


と、呟いたのを「待ってました」とばかりに


「あらまぁ、あの@@@さんのお嬢さんになら いつでもお譲りしましてよ」


まぁ、今にして思えば 後年に親の跡を継いで開業医になった友の母親は シャム猫のブリーダーと言っても それを商売にしていたのではなく、当時、シャム猫がブルジョア階級のペットとして最高級のひとつだった事から 今風に言えば札幌のセレブとの交流の道具みたいなものじゃなかったかな…なんてね。


ゆえに、A子が…というより、A子の両親と友人付き合いが出来る事を強く望んでいたんだな。


もっとも、A子はそんな事には無頓着だったから


「ねぇ、B子も貰って飼わない?」


と、B子に話を投げると B子は、


「飼いたいけど… うち、官舎だから お父さんがぁ…」


と、その時はいつもと違って 聞き取りやすいハッキリした口調で応えると、A子が僕に


「アンタから、B子のお父さんに頼んであげなよ」


と、簡単に話を振るが…


転勤が多い事もさることながら、自衛官は自分が転勤した後に その官舎を使う人のために室内の壁や柱が痛む事を嫌い、ともすれば壁に画鋲を刺す事も躊躇う程だから 室内犬や猫を飼うのは ともすれば御法度だったんだ。


だから、それをB子の父親が簡単に許すとは僕には思えず B子が「お父さんがぁ…」と躊躇うのは痛い程、僕にはよく判った。


で、いずれにせよ 子猫はまだ目が開いておらず、他家に貰われるには乳離れが済んでからだから まだしばらくかかる。


だから、その日はそれで失礼したわけだが…


帰る途次、僕の直ぐ後ろを歩きながらB子が


「飼いたいなぁ… でも、官舎じゃ猫を飼うのはダメだよねぇ?」


独り言の様な、僕に問いかける様な でも、その時の言葉はB子が札幌に引っ越してきてから 僕と二人きりの時に初めて発した、ちゃんとしたハッキリとした言葉だった。


でも僕は それに応えず、さも聞こえなかった様に黙って家まで歩いた。




で、その日の夜


夕食が終わり、普段だったら官舎の前で素振りをしている時間 その日に限って出された宿題に手こずり、僕は自室で勉強していたのだが… B子の父親が我が家に現れ、僕に


「おい、銭湯に行くから付き合え」と言う。


「すいません、宿題が…」


僕が応えるのを満足に聞きもせず


「しゃ~しかねぇ 黙って、ハイッってついて来んね!」


と、半分 怒鳴られる様に言われ 渋々、洗面道具を持って家を出ようとすると


「銭湯かぁ… いいなぁ、今晩は俺も付き合わせろや」


と、ウチの父も。


で、銭湯で身体を洗い いつもの熱湯風呂に入ると、直ぐさまB子の父親の尋問が始まる。


「おい、B子が猫ば飼いたかぁ…ち、突然言いだしよったとじゃが、

 キサン(貴様)その話に心当たりがあるとや?」


あ、そうか 早速その話になったのか…と察した僕は 昼間の経緯をB子の父親に話した。


すると、B子の父親は


「自衛隊官舎で犬猫を飼うのはダメじゃと なんで、そこでキサン(貴様)が助ちゃらんかったとや?」


と、僕を詰る。


「いや、B子だって 自分でそう言ってA子に”ダメだと思う”って言ったんですよ

 だから、半分 諦めてんだな…って自分は思ってたんですけど」と、僕。


「それでも、ちょっと今回は我慢できない程 飼ってみたい気持ちが強いんじゃねぇのか?

 オマエが官舎を管理している業務隊に一言言えば猫ぐらいダメとは言わんだろ?」


と、僕の話を聞いていた僕の父が横から口を挟むと B子の父親は


「やけんが、それは難しかろうもん?

 それに、業務隊長は気に入らん奴やけん 借りば作りとうなか」


すると、ウチの親父が


「オマエよぉ、久留米の幹部学校に一緒にいた時 よく、KP(自衛隊の隊内用語で糧食斑の事)から

 残飯貰って、補給倉庫の裏の金網の穴を通り抜け来た猫にメシをやってたよな?

 本当は、オマエだって猫好きなんじゃないの?」


と、言うと


「おうよ、オイは猫好きや

 やけんが、官舎は猫を飼うのは御法度やけん ずっと我慢しちょろうが?

 定年になったら、退職金でバ~ンと一戸建てを建てて 誰にも文句を言わせず

 猫を飼うちゃるのが夢やけんね それまでの我慢ったい」


と、応えるB子の父


それを聞いたウチの親父は


「で? その猫って間違いなくシャム猫なのか?」


と、僕に聞くので


「うん、ちゃんと血統書もついてるって言ってた」


と、応えると


「そぅか…」


と、言ったきり その後は銭湯を出るまでその話題には触れなかった。


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