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2011年06月07日

● A子の話(その3)


毎年、6月の中旬に北海道神宮のお祭りがあり 札幌の中島公園では露店が軒を連ねる縁日がある。




今がどうなのかよく判らないが、おぼろげな記憶では その祭りの本祭りの日は学校は午前中だけの授業で 午後からは休みとなり、その当時の札幌市内の主だった会社は 5千~1万円を入れた熨斗袋とか茶封筒を各社員に支給して 実質的に「家族の慰安」を名目に午後から半休にしたり または、その日を休ませたりしたものだ。


中島公園の中には夜店の他に「お化け屋敷」や「バイク芸」や「移動サーカス」の小屋も建ち 年に一度の大規模な縁日を市民が楽しんだものだ。


で、中学に進学して最初のその縁日の時、僕は後年に親の跡を継いで開業医になった友と二人で プラプラと公園内を歩き回った後、ひょうたん池と勝手に呼んでいた公園の中の池のほとりのベンチに座って 僕はイカ焼き、後年に親の跡を継いで開業医になった友はヤキソバを食べながら 別に何かしたい事があるわけでもなく、ただ縁日の人の流れをポケーッと眺めていた。


そんな中、浴衣を着たA子と おそらくはA子の父親と覚しき貫禄のある大人が連れ立って人混みの中から逃げ出す様に 僕達が座っていたベンチの方の脇道へと歩いてきた。


「あら? こんなとこで二人で何をしてるの?」


「イカ焼きを食べながら人生哲学」(と、僕)


「ヤキソバを食べながら神様との対話」(と、後年に親の跡を継いで開業医になった友)


それを聞いて豪快に笑い出したA子の父親が


「面白い事を言う友達だな なぁ?A子」


それがA子の親父さんと僕達が初めて会った瞬間だった。


そして、A子が 


「ほら、この前話した”お好み焼き”を この人達に御馳走になったの」


と、父親に我々を紹介すると


「君たち、これから何か用があるのか?

 もし、用が無くて暇なのなら これから軽く食事に行くんだけど一緒に行かないか?」


と、A子の父親は優しそうな笑顔で言った。


今思えば やっぱり僕達は意地汚いガキだったんだな…


社長であり、金持ちと評判の父親から食事に誘われたら それはきっと豪勢な食事だと勝手に思い込み、なんの雑念も無く


「いいんすか?」


「ありがとうございます」


と、即座に飛びついたわけで…


今の私であれば「父娘水入らずにしてあげよう」なんて配慮が先に立つんだけどね。


促されるまま電車通りまで歩き、A子の父親が手を挙げて停めたタクシーに同乗して連れて行ってもらったのが とある一軒家のこじんまりとした料理店。


で、しばし待たされたところで目の前に大皿に乗せられて運ばれてきたのが…


小麦粉を練って薄く円形に伸ばして焼いた生地の上に 薄くスライスしたサラミとトマト、それに当時の僕達には何か判らなかった緑の葉っぱ(クレソンかバジル)を乗せ その上に大量のチーズがデレェ~ッと溶けて乗っかって… そう、今で言うところの「ピザ」だった。


今の若者達には「ピザ」なんて ごく当たり前の手軽に食べたい時に食べる事の出来る ファーストフードの様な料理だが、少なくとも今から40年以上前の札幌では 名前を聞いてもそれが何か判らない人の方が圧倒的多数で 僕や後年に親の跡を継いで開業医になった友が 生まれて初めてピザという食べ物を味わったのが 間違いなくその時だった。


「なんか、娘(A子)が君たちに お好み焼きを御馳走になったって嬉しそうに話してくれてね

 これは、ピザと言って イタリアのお好み焼きみたいなモノなんだけど

 さ、さ 遠慮無く食べて」


今でも、その時のピザの美味さを 時々思い出す事がある。


電話すればピザなんて30分前後でデリバリーしてくれる便利な世の中になり いろんな店のメニューに普通に書かれているピザだが、生まれて初めて食べて感動するぐらい「美味い」と感じたピザの様に 薄い生地にあっさりとトッピングがのっているモノを出してくれる店は少なく 厚い生地にゴテゴテとわけの判らないぐらいにトッピングがのっかり、さらにベタッとトマトソースが塗りたくられているのが「当たり前」とされた様な昨今のピザとは似て非なるものなんだよねぇ…


育ち盛りで食い盛りだった僕達に A子の親父さんはニコニコしながら、ペペロンチーノやズッパ等 色々と次々に注文して


「子供が遠慮するんじゃない 食べなさい、さ、ほれ」


それを僕や後年に親の跡を継いで開業医になった友が まるで「椀子そば」の様に食べた料理の皿を積み重ねていった。


そして、タクシーで僕達の家の近所まで送ってくれて 別れ際に


「これからも ウチのA子と仲良くしてやってくれよ」


そう言われたのも覚えている。


先にも述べた様に A子は特別変わった子では無かったんだ。


けれども、市内でも名の通った会社の社長の娘で「お嬢様」という風に クラスメイト達から良い意味で貼られたレッテルが 時に「あの子はお嬢様だから」という風に クラスの女の子達から特別視され それが疎外へと繋がっていた。


たぶん、当時のクラスメイト達と年相応に 明星や平凡といったアイドル雑誌を見ながら 特定のアイドルを話のネタにキャァキャァ言い合ったり、そんな他愛のない会話を普通に出来るし、したかったはずなのに アイドル達のコンサートが札幌まで公演に来る機会が少なかった事と、会場の座席数に比べて そのチケットを買おうとするファンの数がはるかに勝り、そうそう簡単に手に入れる事が出来なかったのにも関わらず父親がそのコネクションで簡単に娘の為に入手して なんの苦労もせずにコンサートを見てきた事を妬まれたり…


結局、A子にとって「お嬢様」という肩書きはマイナスにしか作用しなかったんだな。


であるがゆえに、本来 開業医の家庭で「お坊ちゃま」的暮らしで育ったはずの(微塵の欠片も無い野生児に育ったが)後年に親の跡を継いで開業医になった友や 特にA子に対してあからさまな反感を示していた電電公社や郵政の娘達に対し 別な意味で反感を示していた自衛隊の息子の僕などは A子にとって何の気遣いもせずに屈託無く話せる数少ないクラスメイトだったのだ。(光栄な事にね。)




季節はやがて夏になり、学校が夏休みに入っても 僕と後年に親の跡を継いで開業医になった友は部活の為に学校へと通い、A子は夏休みの間も開放されていた図書館に通って本を読んで過ごし 午後、僕達が練習を終えて帰宅する頃を見計らった様に出てきて


「ね? 今日はたこ焼き食べに行こ?」


と。


そこで、何かを食べながら どうでもいい様な話題でお喋りして過ごす2時間弱が 何をどう話したのかは全く覚えていないけど 今思えばとにかく楽しかったなぁ…


で、8月になって間もない頃 ちょっとした変化が僕達に起きる。


自衛隊官舎の僕の住んでいた一角に 僕の父親がまだ若かった頃にどこかの部隊で一緒に過ごした仲良しの自衛官一家が転勤で引っ越してきたのだ。


自衛官というのは 基本的に転勤の多い職業であり、部隊は日本全国にあるから 転勤も全国規模で命じられる。


特に階級が上になればなるほど 同じ部隊、同じ部署での勤務は特別な事情や理由が認められない限り最長でも2年が限度という目処さえある。


だから、自衛隊の官舎や家族には ある種のしきたりみたいなものがあり、例えば 誰かが引っ越す時には無条件で近所の者は手伝うのが当たり前とされており 特に、自衛官である父親同士が知り合いで仲良しともなると 引っ越し直後は荷物の開封も間に合わないから食事や風呂、ともすれば落ち着くまで同居もするのが普通


で、その時に引っ越してきた自衛官一家には一人娘がおり その子は僕と同じ歳だった。


僕の妹は それが「お姉ちゃんが出来たぁ」と大喜びだったが、中学一年生と言えば嫌でも思春期なわけで それまで自分にとって見ず知らずの同じ歳の女の子と同じ家で、しかも風呂…


仮にその子の事を以後、B子と呼ぶ。


B子の親父さんは いかにも九州男児な亭主関白でマッチョで 見るからに怖いオジサンで そのオジサンが


「おう、キサン(貴様)は オイの同期の倅やけ、オイの倅も同様じゃ、ビシビシしごいちぇるけん覚悟せぇや」


と、凄み さらに、


「ウチの娘は箱入りで 気が弱いけん、キサンが面倒ば見んね 判っとうや?」


と、睨み そして


「娘に悪さしようなら ぼてくりかますけんね よかね?」


と、脅した。


B子はもの凄く人見知りが激しいようで 引っ越して間もない頃、僕とはまともに会話できた事が無く、それでも僕の妹が「オネェチャン」となついたせいか妹とは充分に会話が出来ているらしく でも、僕とは普通に会話してるのに 僕とは会話が成立しない… これは、僕としてはとても辛いわけで せめて聞いた事に応えるぐらいはして欲しかったんだけど 恥ずかしいのか、僕を生理的に受け付けないのか、とにかくきわめて反応が鈍い。


で、そんな日々を数日過ごし 僕もある種のノイローゼ気味になった時に、部活の帰り いつもの様に寄ったヤキソバ屋でA子にB子の事を話したところ


「どうせ二学期になったらウチの中学に通うんでしょ?

 だったら、私が相手をしてあげるから 明日にでも連れてくれば?」


と、言ってくれたのを幸いに その日の夜にB子に話して、翌日A子と引き合わせたのだが…


それが、それぞれのその後の人生にとってとても大きなキッカケになるとは その時は知る由も無かった。


お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

本当に文章が読みやすくてお上手で。。。(^^)

続きが非常に気になります。

★ S・H さん

ども^^


これは今までの話のプロローグなんですね。先ごろ大阪では世界中の再放送がされてまして、こちらのブログを読み始めた頃を思い出しました、月日がたつのは早いもので・・・月並みですが健康に気をつけていつまでもブログを楽しませてください。

★ sato さん

あぁ、たしかにプロローグというか エピソード0みたいな位置になる話ですねぇ

本人が気づいてませんでした。^^;


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