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2011年06月05日

● A子の話(その2)


中学に進学した僕は野球部に入った。




小学生の時から少年野球のチームに入っており、その時のチームメイトが数名同じ中学に進んだ事もあって 元々、中学に進んでいたら野球部に入ろう… そう思っていたからだ。


僕の入った中学の野球部は 市内の他の中学校と比べて決して強いわけでも、名が通っていたわけでもなく、たぶん練習は厳しい程でもなかったが 小学生のレベルと中学生のレベルは格段に違うわけで、もちろん 成長期だから体格も全く違う。


僕たち1年生は毎日の練習時間の殆どを体力造り 判りやすく言えば走らされてばかりだった。


ただあてどもなくグランドや学校周辺を延々と走る。


今と違って 僕たちの頃の部活は「絶対に水を飲んじゃいけない」とされており、時折「ウサギ跳び(現在は膝を痛めるから禁止されている)でグランドを一周ね」と指示される事も普通で 部活が始まって1時間もしないうちにヘロヘロになり、ヨレながら走っている僕たちを他の部活の生徒や 部活をせずに居残っている生徒達からは呆れた様な表情や 同情した視線を送られる中、それでも走り続けていた。


A子はいつも放課後を図書館でしばらく本を読んで過ごし 日が暮れる前に自宅へと帰宅する子だったが、そんなA子だったから 時折、ヘロヘロにヨレて走ってる僕の姿を見かけており、


「ただ走らされてるだけなのに楽しいの? 部活」


と、聞かれたものだ。


それに対して僕は


「仕方ないべ」


ただ、そう応えるのみ


「私、身体があまり丈夫じゃないから ちょっと走っただけで目眩しちゃうわ」


A子は呆れた様に、でも なんとなくだが少しだけ羨ましそうにそう言った。


A子は決して運動神経の鈍い子では無く、体育の時間に行う短距離走でも遅い方では無いしバレーやバスケットもクラスの女の子達の中では中の上ぐらい上手かった。


ただ、彼女には「貧血気味」な持病の様なモノがあり 長時間の運動や、短時間でも激しい運動をするとフラッと目眩がして しばらく休まなければならず、口の悪い女子からは


「お嬢様だからね」


と、半分嫌味の様に言われたりもしていた。


「A子から弁当を脅し取っていた」冤罪事件以後、僕のクラス内での孤立化は進んでおり その当時、僕に話しかけるのは ゴールデンウィーク前に同学年である1年生の主だった不良系を悉くシメて上級生達から目を付けられ始めた後年に親の跡を継いで開業医になった友と、その当時では まだ「オタク」という言葉は無かったが、今で言うオタク臭があまりにもきつすぎて僕とは別の意味で孤立していた後年に某国立大学の理工学部教授となった友 そして、僕の隣の席に座っているA子だけ


後年に親の跡を継いで開業医になった友は上級生達から目を付けられるぐらいに暴れていたからクラスメイト達から一目置かれていたぶん、距離も置かれており…


後年に某国立大学の理工学部教授となった友も そのオタク臭のきつさから、周囲は彼を遠ざけていたから、結局 僕たちは孤立繋がり…みたいな存在だったわけだけど A子もクラスの女子達から疎外されていたのは 前述した「お嬢様」という別格扱いに妬みや嫉みがあったからだと知ったのは 僕たちが高校に進学した後の事。


基本的には「お嬢様」はある種の憧れの存在みたいにチヤホヤされるものだと思い込んでいた僕などには それは思いも寄らぬ事だった。


少なくとも、僕の知る限り A子は決して金持ち特有の傲慢さなど無く、極々質素な物腰と態度だったんだけど それが余計に嫌味と感じる女子が少なくなかったのだそうだ。


まあね、黒塗りの運転手付き高級車に乗って毎朝登校してくる中学生の女の子なんて 少女漫画の世界や 現実でも東京の世田谷や田園調布ならいざ知らず、札幌あたりじゃそうそういなかったわけで… 電電公社や郵政の宿舎住まいのガキ共には憧れよりも嫉妬をかう要素の方が強かったんだな。


僕や、後年に親の跡を継いで開業医になった友は それぞれ乱暴者というレッテルが貼られていたから 担任にとっては頭痛の種という色合いが強い存在だが、「お嬢様」というA子に対しては 日教組とか北教祖といった組合活動に熱心だった担任教師のくせに 本来は闘争をしかけるべきブルジョア階級とも言える「お嬢様」に対しては逆に媚びを売り


「具合が悪くなったら 体育の授業なんかいつでも途中で抜けていいからな」


…なんて事を平気で言ったものだから 余計に他のクラスの女子達から反感を買ったんだ。


でもね、なんでそんな「お嬢様」が狂犬の様な後年に親の跡を継いで開業医になった友や、野良犬の様に いつもガルルルッ状態の僕や、実際にはチワワみたいなもんなんだけど あまりにも変な匂いを漂わせていたスカンクみたいだった後年に某国立大学の理工学部教授となった友と 普通に、親しんでくれたのか?…なんて事をまったく疑問にも感じず 僕たちが日々を過ごしていたのは「クラスメイト達から疎外された…」という共通項に連帯感めいたものを抱いてたんだろう…なんて思い込んでただけだった。


ただね、僕と後年に親の跡を継いで開業医になった友は最初から仲良しだったわけじゃない。


中学に進学して同じくクラスになって間もない頃は 互いに互いの事を


「なんだコノヤロウ、いつでもぶっ飛ばしてやんぞ」


…って感じでピリピリしてたのだ。


クラスメイト達が僕や彼の そんなピリピリにビビッて近づこうとしなかった…というのも 結果的に僕たちが疎外されたそもそもの原因であり、で、ある日 僕と彼は昼休みに大乱闘となり、互いに鼻血をながすぐらい殴り合い、止めに入った担任教師も(少なくとも僕は)ちょうど良いやとドサクサに紛れて眼鏡が壊れるぐらいにさりげなく殴る程。^^;


喧嘩の本当の原因は 僕たち二人とA子しか実は知らない。


だって、僕たちは無言で殴り合っていたし 後になって


「なんで喧嘩したんだオマエ達は?」


と、担任や生徒指導の教師から問い詰められても 互いに無言で押し通したからだ。


でもね、散々に殴り合った結果 僕達はたぶん親友と呼び合う(いまだにちゃんと呼び合った事など無いが)仲になったのは事実だ。


今だからその本当の理由を言うと 当時、日テレ系で「おれは男だ!」という森田健作(現:千葉県知事)が主演のドラマが放送されており、後年に親の跡を継いで開業医になった友はヒロイン的存在の「早瀬久美」が可愛いと言い 僕は丹下竜子役の「小川ひろみ」が良いと言い そこから対立して殴り合いの…(以下省略)


結局はドラマ「おさな妻」のヒロイン「麻田ルミ」がもっと可愛い…という見解で意見が一致し仲良くなって今日に至るわけだ。


しかし、何も知らないクラスメイト達は 僕達が鼻血を出して殴り合っていた原因が「早瀬久美vs小川ひろみ」だとは当然知らず、ましてや教師まで巻き添えになる乱闘戦を繰り広げた根本的理由をただ一人知っていたA子だけは 僕達の乱闘を大爆笑して見ていたのすら、奇妙に というか薄気味悪くさえ感じたのであろう


現にA子は担任や生活指導の教師から


「なんでアイツら喧嘩になったんだ?」


と、事情聴取された際に


「太陽が眩しかったから…じゃないですか?」


と、その日が今にも雨が降りそうなドン曇りだったのにも関わらず そうスッとぼけたそうだ。


これは、その時 その場にいたクラスメイト達には誰一人理解できなかったことだけども、「太陽が眩しかったから」という理由で殺人を犯した…というのはアルベール・カミュの「今日、ママンが死んだ」という冒頭の一説から始まる「異邦人」という小説の中に出てくる有名な台詞で その当時、学生運動などに熱心だったインテリゲンチャ達が格好を付けて読み漁った本の一つでもあるが、組合活動に熱心だった教師達にとっては ある種の嫌味を込めた台詞だった。


ちなみに、後年に某国立大学の理工学部教授となった友が 我々と仲良くなったのも、その喧嘩の真の理由を知らない状態で「なんでみんな麻田ルミの素晴らしさに気づけないの?」と発言した事が僕達から好意的に受け止められたのが起因だったと 実は本人もいまだに知らないのは どうでも良い話である。


で、話を戻すと…


僕が野球部でヘロヘロになって走らされている時、同じようにサッカー部だった後年に親の跡を継いで開業医になった友も同じ様なルートを走らされ… そのルート上に後年に某国立大学の理工学部教授となった友の家があり、そこで僕と後年に親の跡を継いで開業医になった友が走ったフリをして時間を稼ぎ、サボるようになったのは言うまでも無いが それもどうでもいい話で。


野球部とサッカー部は日が暮れると部活も終わるから、更衣室で着替えて帰宅するタイミングは ほぼ同じになる。


と、同時に学校としては 全校的に生徒を帰宅させるタイミングを同じくしたかったのであろう、図書室も閉館となり A子が帰宅するタイミングも同じぐらいになる。


そんなある日の事。


中学生の部活帰りの定番と言えば 帰り道に学校のそばの食堂で軽く何かを食べる事。


僕達の中学校から そんなに離れていない場所に、猿顔の親父と豚顔のオバチャン夫婦が営んでいるお好み焼き屋があり、そこでお好み焼きか、たこ焼きか、焼きそばを食べて帰るのが僕と後年に親の跡を継いで開業医になった友の いつものコースだったのだが、何を思ったのかA子が


「ねぇ、私も一緒に行って良い?」


と、言い出した。


普段は、父親が差し回した運転手付きの高級車が校門を入って直ぐの駐車スペースで「お嬢様」のお帰りを待っており、それに乗って帰るA子のはずだったが、その日 A子は運転手に


「歩いて帰るからいいよ」


と、車を先に帰して僕達と一緒に帰ると言う


「私ね、お好み焼きって食べた事が無いの 一度、食べてみたかったんだ」


あっけらかんとA子は言った。


その当時の僕は よく漫画の本を読んだり、テレビのドラマやアニメで「お金持ち」の家庭がどういうものかは知ったつもりでいたけれど 現実に「お好み焼きを食べた事が無い」と平然と語る「お嬢様」を目の当たりにした時 ある種のカルチャーショックみたいなものを味わった。


「へぇ~」


カップで具をこね、鉄板に広げ、ある程度焼けたところでひっくり返し… その都度、「へぇ~」と感心した様に唸る「お嬢様」


焼き上がったところに 青のりや鰹節をかけ、ソースを塗り、マヨネーズをかけ… その都度、やはり「へぇ~」と感心した様に唸る「お嬢様」


生まれて初めて味わった「お好み焼き」を 「美味しい~」と感動した様に叫ぶ「お嬢様」


実は、後年に親の跡を継いで開業医になった友の実家は 文字通り開業医で 札幌市内でもそこそこの規模の病院だったから 世間一般で言えば「金持ち」の上流家庭なのだが、そんな「お坊ちゃん」な彼ですら A子の現実離れした「お嬢様」に驚きを隠せず、


「本当にいるんだなぁ あぁいう生き物が」


…なんて言ってたっけ。


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コメント

こちらの欄、最近知り嵌りました(笑)。何か甘酸っぱくて良いですよね。麻田ルミさんのお名前を見てコメントしたくなりました。確か西野バレエ団にいらっしゃいましたよね? 私も中学時代、結構好きでした。当時、私は関西在住でしたのでバラエティ番組でよく見かけました。全国放送かどうかはわかりませんが、
深夜の天気予報のバックに麻田さんのイメージビデオ風なものが流れていた時期があり、私はそれを観る為に夜更かしした憶えがあります。昨日、同級生とランチをしたので、麻田さんの話をしたところ「懐かしい!」と目を潤ませんばかりのテンション上がりぶりで(笑)。麻田さんは女性にも結構人気ありましたよ。ブタネコさまとはどうやら同年代のようですね。A子さんの話、どうなっていくのか、ハラハラドキドキ、ワクワクしながら楽しみにしています。

★ ココクロコ さん

「麻田ルミ」は 今や知る人ぞ知る存在になってしまったんでしょうかね

いやぁ、青春ですねぇ…


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