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2011年06月04日

● A子の話(その1)


ふと、記してみたくなったんで記す。




中学に進んだ頃、僕には親しい仲の友達が殆どいなかった。


それは周囲に恵まれなかったのではなく間違いなく僕のせいだ。


それまで、僕の父親は転勤の多い仕事で僕は小学校を2回転校しており、小学校に入る直前の引っ越しも入れると3回 そのたびにそれまでの友達とは遠く離れて音信不通となり、いわゆる幼馴染みと呼べる関係の友にはなりきれず、さすがに3度もそれを経験すると 仲が良くなればなるほど別れが辛くなるだけだから… という風に自然と考える様になり 中学に進んでも僕の転校の可能性はまだ充分にあったから、仲が良くなってもまた転校するのかと思えば周囲の友人達とある程度の距離を保っていた気がする。


それと、小学生の6年生の時 同じ小学校に転校して通っていた妹がクラスの男の子達からイジメられていたのを僕が見つけ そのイジメていた子供達を鼻血が出る程殴っていたから 僕は周囲から乱暴者だと思われており、それがある程度の距離を保つ事に効果的だったんだろうとも


当時、僕と妹が通っていた小学校の校区には僕たちが住んでいた自衛隊官舎の子供も多かったが、それ以上に電電公社(現NTT)や郵政の規模の大きな社宅があり 組合活動が盛んだった御時世もあって それらの親の中には自分の子供に「自衛隊の子供と仲良くするな」と言っていた親が少なくなく それらの子供にとっては転校してきたばかりの自衛隊の子供は格好のイジメの対象にされたのだ。


僕は男の子だし、喧嘩にもそれなりに自信もあったからイジメようとする子供は容赦なく殴り、実力でイジメを排除したが 妹はそういうわけにはいかないので必然的に兄として守ってやらねばならず それ以上に、そういった子供達とこちらから歩み寄るほど心の広い子供でも無かったんだな。


後年になって、当時のクラスメート達の思い出話によると 僕自身には全くそんな意識は無かったのだが、僕はいつも不機嫌そうな顔をしており近寄り難かったのだそうで きっと、それが見えないバリアみたいになっていたんだろう。


それでも、ごく限られた数人だけは そんな僕に近寄って話しかけてくる者がおり、その時の僅かな友達の中に その後、高校、バイトを通して終生の友となった開業医の息子がいたのは 僕にとって不幸中の幸いなのか、真の意味での不幸なのかは定かでは無いけれど。


「人類は皆兄弟」とか「誰とでも仲良くならなきゃ」なんて考えに対して「クソ食らえ」と思う今の私の人格は そうして形成されたんだな…なんて事はどうでも良い。




さて、そんな僕だったから 女の子の友達などいるはずもなく…と、言いたいところだが その頃の僕にとって唯一と言って良い程、普通に会話をしてくれる女子のクラスメートが一人だけおり、まぁ、仮に その子の事は以後A子と呼ぼう


そんなA子と僕が最初に会話をしたのは 中学に入学して最初のゴールデンウィーク明けに行われた席替えで A子と僕がたまたま横並びの席になったからだと思う。


当時の僕が通っていた中学校は給食では無く それぞれが弁当を持参するスタイルで 普通、昼食時間になると 教室内は仲良しグループが集まって弁当を開きキャァキャァ言いながら食べていたものだが、先述した様に僕はいつも自分の席で一人で食べるのが当たり前だったわけだが、ふと隣を見るとA子も いつも一人で自分の席で食べていたんだな。


で、ある日の事。


なんか視線を感じて隣を見ると、A子がじぃっと僕を 正確には僕の弁当を さらにもっと正確に言えば僕の弁当箱のオカズを じぃっと見つめている。


そんなA子に僕が気づいた事に A子自身も気づくと ちょっと恥ずかしそうに微笑み


「ねぇ、その唐揚げ美味しそう 一つ頂戴?

 その代わり、アタシのお弁当のオカズの中からどれでも一つあげるから バクって」


「バクって」とは北海道の方言で「交換して」という意味。


たしかに、僕のオフクロが当時作ってくれた鶏の唐揚げは抜群に美味く僕の弁当のオカズとしては最高の部類だったから


「ほら」


と、僕が弁当箱を差し出すと A子は唐揚げを箸で摘み取って食べ


「美味しい」


と、小さな声で言いながら 今度は自分の弁当箱を僕に差し出して


「いいよ、どれでも好きなの食べて」と。


見るからに庶民的なオカズの弁当の僕に対してA子の弁当は豪華だったが、何故か A子はいつも僕の弁当を覗き込んでは


「あ、それいいな バクって」


と、僕の弁当のオカズの方に興味があるらしく 時には弁当箱ごと交換してくれと言われた事もある。


A子の弁当のオカズは豪華で 当時の僕には「それ、なんて料理?」と名前すら判らないモノや、食べてもその食材が何か判らないモノが多く、恥ずかしながら正直に言えば、彼女と交換する事で「ローストビーフ」とか「カニの甲羅揚げ」なんてモノを僕は生まれて初めて食べたんだ。


周囲の視線を全く気にしていなかった僕は その当時、全然気づかずにいたのだが、A子と僕が そうやって時には弁当箱を交換してたりする様はクラスメイト達から異様な真似と受け止められていたそうだが、それが異様だったと周囲が思っていたのを知ったのは それから数年先の事。


単に僕は 豪華なオカズが食べれる… それが嬉しかった意地汚いガキだっただけなんだ。


まぁ、僕は他人の事をどうこう言える身では無いけれど 考えてみれば、A子も当時としては風変わりな子だったんだな。


いつだったか覚えていないけど、僕はA子に聞いた事がある。


「オマエ、友達とかいないの?」と。


その時、A子は


「それは、ブタネコ君に言われたくは無いわね」


と、言いつつ


「上辺だけの”お友達”って なんか気持ち悪くない?

 そんなんだったら、いらないかな… なんてね」


たしかに、クラスの女の子を眺めていたら なんかA子に対して特別扱いみたいなところがあった。


それは先にも述べたが 彼女の父親が札幌市内でも上位の会社の社長の娘だったから…というのが最大の理由だったと思う。


会話をするようになってからしばらくして判った事だが、A子は札幌市内でも上位の会社の社長の娘で 毎日、父親と共に運転手付きの見るからに黒塗りの高級車で登校し 少女漫画に登場する様な いわゆる金持ちの娘で、ズバ抜けた美貌の持ち主では無かったが ちょっと内気な清楚な子なのだが、一般家庭の子女から見れば憧れと嫉妬の混ぜ合わさった対象であり、僕の場合は 僕自身が張り巡らした「不機嫌」というバリアで周囲は近寄って来なかったが、A子の場合は周囲が勝手に「家柄が違う」という囲いを作られていたんじゃないかな…


で、ある日の事。


朝のHRが終わった時、


「おい、ブタネコ ちょっと来い」


と、僕だけ担任教師に呼ばれ そのまま生徒指導室に同行させられ、そこで担任に言われた事が


「オマエ、A子の弁当を毎日脅して取り上げて食ってるんだって?」


どうやら、周囲のクラスメイト達からは 僕がA子を無理矢理脅してオカズを取り上げている風に解釈され、誰かが担任に御注進遊ばしたらしい。


本当ならそこで弁明なり釈明なりすれば良いのだが、その当時、既にへそ曲がりだった僕は言い訳するのを潔しと思っておらず、しかしながら身に覚えの無い事に詫びるほど寛大な性格でも無かったから ただ黙っているだけ。


そんな僕の態度に担任のテンションは上がり、僕は生徒指導室の入り口(廊下)に正座を命じられ放置プレイ


やがて、1時間目の授業が終わり 2時間目の理科の授業の為に実験室へと移動していくクラスメイト達が正座している僕の目の前を横切っていき ふて腐れた様な顔で正座している僕の前にA子がしゃがみ


「なんで、正座してるの?」


と聞いた。


「俺が オマエを脅して毎日弁当を取り上げているんだってさ」


「え? ちゃんと説明した? なんなら私が説明しようか?」


「いや、いいよ 罰が長引けば長引く程 本当の事が判った時に文句を言いやすいから」


その時にA子と交わしたのは そんな会話だった様な気がする。


A子が実験室に行くのと入れ替わる様に担任が現れ 僕は再び、生徒指導室の中へと導かれ


「どうだ? 反省したか? 反省したのなら二度と他人から弁当を脅し取るなよ」


という有り難い担任の御言葉で釈放され教室に戻った僕は かなりの時間遅れたが理科の実験室へと行き 他のクラスメイト達が訝しんでいるのを気にもせず授業を受けた。


今思えば その日の僕の体験した事は、今の私の人格や人生を形成する上で とても重要な一日だったんだな…と思う。


何も言わず、他人からは怒った様な顔で授業を受け続ける僕に話しかけてくるクラスメイトは 後に親の跡を継いで開業医になった友ぐらいのもので


「おいおい、他人の弁当を脅して食うとは オマエは山賊か?」


事情を知っているくせに彼は完全に茶化して笑い 僕は彼をただ睨みつけるだけ


周囲のクラスメイト達は「我関せず」を装いながら耳だけはダンボの様に大きく広げて 僕達の会話を盗み聞きしているのが明かだから、余計 僕は何も喋りたくなかったんだな。


で、やがて、昼食時間となり 僕はいつもの様に鞄から弁当箱を取り出して 自分の席の机の上に広げて食べようとした時


「ねぇ、ブタネコ君 お願いだからいつもの様に私のお弁当のオカズとアンタのオカズ バクッてくれない?」


隣の席のA子が教室中に響き渡る程、叫ぶような大声で言った。


何事が起きたのか僕がポカンと隣のA子を見つめていると


「だから、とっとと その唐揚げを寄越せ!」


A子は ちょっと芝居がかった様な大声で再び言う。


後にも先にも A子が大声を出したのを見たのは それが最初で最後である。


僕は黙って自分の弁当箱をA子に差し出し A子はそこからいつもの様に唐揚げを自分の箸で摘み上げると 今度は自分の弁当箱を僕に向けて差し出し 交換のオカズを取れと仕草で示す。


だから、僕は 何を取ったか覚えてないが、とにかく目に付いたオカズを一つA子の弁当箱から貰って 自分の弁当箱の御飯の上に置いたんだ。


クラスメイトの殆どが そんな僕とA子のやりとりを声を潜めて見ていた筈だ。


間違いなく、それはA子が僕の冤罪を晴らす為にやった行為だと僕自身が理解できたのは やはり、それから数年後の事。


ただ、弁当を食べ終えた後 自分の席でいつもの様に推理小説を読んでいた僕に 何人かのクラスメイトがさりげなく近寄って さも親しげに


「何、読んでるの?」


「あ、それ面白いらしいね 良かったら、今度貸してよ」


という風に取って付けた様な会話をしに来るのが 僕には


「ブタネコ君がA子を脅してた…なんて 僕は言ったり、思ったり絶対にしてなかったんだよ」


と、あたかも取り繕いに来てる様な気持ち悪さだけ感じ それまで以上に


「コイツらとは友達になんかなれないな」


…と、より一層 強く思っただけだった。


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