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2011年04月02日

● 「ツナグ」を読んだ感想(ネタバレ含む)


今回は「ツナグ」を読み、少し勝手に考察してみた事をネタバレ含みで記してみる。




「ツナグ」を読んだ感想(後編)』という記事の中で


ネタバレ抜きで感想を語るのが辛く、これもまた気が向けば別記事として後日掲示するかもしれない…と、させて頂く。


とした部分がいくつかある。


それに関して「日にちが経ちすぎるとブタネコは忘れてしまうから 覚えているうちに書け」という要望が予想以上に寄せられたので記憶がしっかりしているうちにまとめておこうと思う。




【注意!!】この記事には「ツナグ」という本のネタバレがかなり含まれております。

     「ツナグ」という本はとても良い本なので未読の方は

     この記事を読む前に本を読む事を強くお薦めします。



 



 



さて… 辻村深月の著作である「ツナグ」を読み終えて 全部で5つの章で構成されているうち、3章目にあたる『親友の心得』が読んでいて私には物語として一番インパクトがあった…とは感じた。


「御園」と「嵐」という二人の女の子 学年が同じで演劇部に所属し、仲良しだった二人の人間関係に亀裂が走り、「嵐」は「御園」が死んじゃえばいいとまで考え ある行動を起こし、あたかもその行動が原因ともとれる状況で「御園」は死んでしまう…


切ない…と言うか、痛い…と言うか、ともすれば怖い…とでも言うべきか、どう表現すべきか迷う話であり 仮に、小説=作り物と割り切って言えば 著者は実に巧く読者を「う~ん」と唸らせる文章を書き上げたものだと敬服する。


が、いろんな方々のこの本の感想を耳目にしているうちに 正直言って、ほんの少しモヤモヤした納得しきれない気持ちが膨らんでいった。


それは大げさに言えば、文中に登場する「御園」や「嵐」と同様に読者もまた誤解してるんじゃないか?と。


(もちろん、私も誤解してるのかもしれないし)


簡単に言えば、


御園は嵐の悪意に気づいており、それへの復讐の意からか表面上はおだやかに別れながら「道は凍ってなかったよ」と伝言する事で「実はアナタの悪意に気づいているのよ」と嵐を奈落の底へと突き落とした…


そんな風に解釈した感想が圧倒的に多く感じたのだが、私が抱いた感想と それは微妙に似て非なる感想で だから、モヤモヤとした違和感を覚えたんだな


まぁ、御用とお急ぎでなければ暇つぶしにブタネコ的能書きを楽しんで頂ければ幸いなのだが…


「道は凍ってなかったよ」というメッセージは確かに意味深で それだけにインパクトがある。


でもね、私にはもっと気になった御園の台詞がある。 それは


「漫画本をさ、処分して欲しいの」


御園が嵐と会う事を承諾した理由が そういう依頼をしたかったのだと文中p155~156で記述がある。


「演技だとすれば、彼女は大女優だった」


と、文中で嵐が語る様に腑に落ちない流れなんだな。


「御園は何故、使者に嵐と会う事を承諾したのだろう?」


という疑問に関して

「…私、嵐と話しておきたいことがあって」(P270左から3行目)

と、御園は歩美に言っている。


その「話しておきたい事」が「漫画本の処分」というのは腑に落ちないんだな。


だから、読者は御園が嵐に話しておきたかった事って


・「私(御園)を殺したのはアナタ(嵐)でしょ?」と恨み言を話したかった


とか、


・「何故、私を殺したの?」と 問い詰めたかった


という風に本当は御園は考えていたけど、最終的には


 御園は確実に私がしたことを知っていた。

 なのに、面と向かって私と話をすることを拒んだのだ。

 気まずい話題を避けるようにして第三者に伝言の形で残した。

 私に真剣に取り合うのを、やめたのだ。

                      (本文p161)


という文中の嵐の述懐に「あぁ、そうなのか…」と読者は誘導されてしまうのだが、これって微妙な著者のミスリードなんじゃないか?と私は思うのだ。


で、ちょっと検証してみよう


著者が巧みに張り巡らした伏線を度外視して あくまでもブタネコ的勝手な推論を並べてみると…


・前日の夜に 嵐が蛇口をひねって水を流したのを御園は見ていた


・その直後に 御園は蛇口を閉めて水を止めた


・だから、翌朝 道は凍っていなかったし、凍っていないと判っていたからこそ御園はその道を自転車で走った


・でも、何故嵐が蛇口をひねって水を流したまま立ち去ったのか御園には理解が出来ず、事故に遭い 搬送される中で それがうわ言になって口から出た「嵐、どうして(蛇口を開けて水を流したまま去っていったの?)」と。


ここで、多くの読者は「嵐が悪意(ささやかな殺意)を抱いていた事に御園が気づく」と解釈してるみたいなんだけど、私は、自分が死んだ事を理解した御園は


・もしかしたら嵐は「嵐が水を流した事で道が凍り、その結果事故につながって自分(御園)が事故に遭ったんじゃないか?」と思っているんじゃないか?と気になっていた。


…という風に考えると 先述した死んだ御園が嵐に話しておきたかった事って


「道は凍ってなかったよ(だから嵐のせいで事故に遭ったわけじゃないのよ)」


…って感じにつながって受け止める事が出来るかな、なんて思えたりする。


つまり、そういう風に考えると 御園が当初嵐に対して恨んでいたわけでは無く、むしろ、自分が死んだ後の嵐に対して気遣ってさえいたんだよ…と だから、それが嵐と会う事を承諾した理由だと考えた時、であれば「御園が嵐の悪意に気づいていたのか?」という疑問に関しては「気づいていなかった」もしくは「そんな考えすら浮かんでいなかった」と思うのが自然なんじゃないか?とも。


ただね、


「道は凍ってなかったよ(だから嵐のせいで事故に遭ったわけじゃないのよ)」


という事が 御園が嵐に会う事を承諾し「話しておきたかった事」だと仮定させて頂くと


『御園はそれを直接自分の口からは伝えずに「伝言」という形にしたのは何故か?』


という疑問が生じるし、文中p155で嵐は「どうして会ってくれたの?」と御園に問い、「マンガを処分して欲しい」と御園が応えている件も大きな疑問になる。




さて、ここまで考察してきた時、私は「あれ?」と気づき しばし、タバコを吸いながら気分転換を図ってみた。


ちょっと視点を変えてみよう。


5章目にあたる「使者の心得」の中で 嵐と御園が会う直前、御園と歩美の会話で この伝言が託された経緯が描かれているんだけど、そのキッカケになっているのは 嵐が、御園が生前に言っていた歩美のコートの褒め言葉をそのまま嵐の言葉として歩美に言ったのを御園が知った直後なんだよね


もし、歩美が御園に嵐がコートの話を同じように既に話した事を話さなければ「伝言」というスィッチはセットされなかった…とさえ思えるんだな。


自分が大好きな男の子(歩美)に対して 生前の自分が言いたくても言えなかった台詞


「そのコート、ジュンヤワタナベでしょ だけど、私、ギャルソンは川久保玲のデザインの時の方が好きだったな」


という言葉を 嵐が御園が死んだ後にあたかも嵐が自分の言葉として歩美に話したと知り、大きな(怒りにも似た)嫉妬が芽生え 本当は


「道は凍ってなかったよ(だから嵐のせいで事故に遭ったわけじゃないのよ…という意味で)」


と、嵐を気遣い慰めるつもりだった言葉を伝えるのが御園の承諾した理由だったのに 嫉妬からその言葉を素直に言えなくなり、躊躇した結果、そのキーワードを直接言うのではなく、伝言という形に保留しておいて 御園は嵐と直接会って会話をする中で 嵐の真意を推し量り、伝言というスィッチを押すか否かを決めようとしたんじゃなかろうか? と。


で、御園と嵐の直接会話の部分なんだけど…


 御園、救急車で運ばれる時に私の名前を呼んだんだって。

 「嵐、どうして」って。 覚えてる?
                      (本文p154)


「道は凍ってなかった」のだから、御園が「嵐のせいだ」と短絡的に考えるとは私には思えず、だからこそ先述した様に


『何故嵐が蛇口をひねって水を流したまま立ち去ったのか御園には理解が出来ず、事故に遭い 搬送される中で それがうわ言になって口から出た「嵐、どうして(蛇口を開けて水を流したまま去っていったの?)」と。』


という風に解釈した私の想像が もし、正しかったとしたら…


御園は嵐を気遣って会おうと承諾したのに、嵐が面会を求めた最初の理由が 御園への気遣いではなく嵐自身の確認(満足)だった事、その上で


「どうして会ってくれたの?」


という嵐の言葉遣いに


「やっぱり、嵐は自分が御園の事故の原因だと感じているんだ」


と、察し確認したんじゃないかと。


だって、「どうして会ってくれたの?」って聞き方は「会ってくれるとは思ってなかった」という含みが感じられる言い回しで「本当は他に会いたい人がいたんじゃないの?」とか 嵐の側に何のこだわりもなければ別の言い方になるはずなんだよね。




さて、ここまで私が述べてきた事に説得力を感じなかった方には無理な相談と理解しつつ、ここまで述べてきたところで ちょっと御一考頂きたい事がある。


それは、結論的に死後の「御園」は「嵐」に対してどう思っていたのか?という事。


判りやすく極論的に二択にすると


・嵐が文中で解釈した様に「私(嵐)に真剣に取り合うのを、やめたのだ。」なのか?


・それとも、生前と殆ど同じで「嵐の事を友達だと思っている」


どちらだと思います?


おそらく、多くの読者は前者の「私(嵐)に真剣に取り合うのを、やめたのだ。」と嵐の解釈をそのまま受け入れたんだと思う。


でもね、私は後者の「嵐の事を友達だと思っている」という解釈が捨てきれずにいるんだな


なぜならば、最終的に御園は歩美に伝言として託しておいた、自分が会って一番話しておきたかった言葉のスィッチを押している


御園が嵐と会う前に 御園の部屋を歩美が訪ね そこで交わされた会話の御園の雰囲気を よく考えてみて欲しい。


コートの話が出るまでの御園に 例えば御園に対する不満とか敵意の様な描写は無い


まぁ、それは予想外な歩美の登場に それどころではなくなった…という解釈も出来るんだけど…、


本文中の別の箇所で、文中の記述で検証してみたい部分がある


それは、御園が嵐との別れ際に言った


 「伝言ある?って一言、アユミくんに聞いてくれる?」

                      (本文p157より抜粋)


という伝言スィッチを押した台詞の後、


 「もし聞いたら、いつか教えて」

                      (本文p157より抜粋)


伝言の言葉とは 皆様御存じの通り「道は凍ってなかったよ」

これを聞いて嵐がどう思ったか「いつか聞かせて」って事なのだろう


で、さらに最後の言葉が


 「いつか、また会おうね」
                      (本文p157より抜粋)


もし、御園の気持ちが「私(嵐)に真剣に取り合うのを、やめたのだ。」だったとしたら まさに「演技だとすれば、彼女は大女優だった」と言える辛辣さであり、嵐が奈落の底に落ちていくのが理解できるしインパクトも増す。


でもね、しつこいようだけど よく考えてみて欲しいのは 


「道は凍ってなかったよ」


という事は御園が感じた「アンタが水を流して他のを私は見てたのよ」という恫喝的意味合いに受け止める事も否定はしないけど、「御園が凍らせて事故が起きたんじゃない…」という慰撫的意味合いにも解釈できるわけで…


であれば、「いつか、また会おうね」


という台詞は 友達のごく自然な別れの言葉と受け取れないか?と。


結果的に「道は凍ってなかったよ」という伝言は 私の解釈した御園の意とは180度真逆に作用して嵐を奈落の底に突き落とすのだが、思うに 要は「御園」も親友だと思いながら「嵐」の事をよく判ってなかった事が そもそも、この二人の悲劇なんだと思うのね。


御園は何をどう言えば嵐がどう受け止めるか… まるで判っていなかったら、けっして御園の責任とは言えないけれども嵐に「悪意(ささやかな殺意)」を抱かせてしまった一因がある…、と。


嵐も御園の言動を独りよがりに解釈して「私」と「嵐」を聞き間違えたりする。


「道は凍ってなかったよ」


例えば、ごく単純にその言葉を受け止めれば


「道は凍ってなかったよ(だから嵐のせいで事故に遭ったわけじゃないのよ)」


と言ってる風にも解釈できる。


でも、「ツナグ」の文中において その伝言を歩美から聞いた嵐は


「御園は嵐が悪意を抱いて蛇口を開けて水を流したのを知っていた」


と、解釈し精神的に奈落の底へと落ちていく。


そう、重要なポイントは


「御園は嵐が悪意を抱いて蛇口を開けて水を流したのを知っていた」


と、文中に嵐の述懐として記述があるから「実は知っていたんだよ」と あたかも御園の復讐のナイフの様に その伝言が嵐の胸に突き刺さった…と、読者には感じる。


でもね、


「御園は嵐が前日の夜に蛇口を開けて水を流し放しにして立ち去ったのを目撃していた」


という部分までは文中の記述から事実だと解釈できるが、


「嵐が悪意を抱いていたのを御園が気づいていた」


とまで解釈は成立するのか?… と、私は嵐の述懐を読み進めながら疑念の様な ちと完全に納得が出来ない…みたいな そんなモヤモヤ感に包まれたんだな。


でね、そんなモヤモヤ感を晴らそうと私は考察を始めたわけだが…


まず、気になった点は


「なんで、御園は事故に遭った日 その坂道を自転車で走ったのか?」


という点。


前日の夜に嵐が蛇口を捻って水を流したのを目撃し、その蛇口を閉めたのが御園だから、12月で一番寒い朝ではあっても その道が凍っていないと信じる確たる理由となっていた…と 文章を読む限り、考えられないだろうか?


現に、蛇口のある家のおばさんは 水は流れていなかったし、もちろん 道も凍っていなかった…と証言している。


(まぁ、悪意に解釈すれば 道が凍っていて、その原因が蛇口の家だとされれば 御園が死亡した責任の一端を背負わされるかもしれず、それを怖れておばさんがそう言い張っている…という深読みも成り立つのかもしれないが それを言い出すと話は別の問題へと発展するので触れずにおくけど。)


しかしながら、悪意を持って嵐が蛇口を開けたのは事実であり、御園はその坂道で死亡した事で嵐は自責の念に怯えるわけだけど。


この記事を記すにあたり 自分の感じたモヤモヤをハッキリさせたくていろんな方々の感想を耳目にしたのだが、その多くが 結論的に嵐の述懐として文中に記された


「御園はもう、私を友達だと思っていない」


という帰結を肯定した感想ばかり。


本当に そうなのかな?


で、ひとつだけ 私にはとても気になる事がある。


それは、御園が言った「漫画本の処分」の件だ。


御園は天袋の中に本は無いと予感しているらしいが、何故、そんな予感がしても確かめに行かないのだろう? そういうところが嵐の最大の欠点なんじゃないか?…なんて思うのね。


なんか、私には 漫画本が天袋に本当にある様な気がして仕方が無いんだな


もし、確認しに行って 予感通り漫画本が無ければ、嵐の述懐や予感の殆どはきっとその多くがその通りなんだろう でも、もし漫画本が御園の言葉通りに出てきたら…


嵐は文中で チャンスをまたも潰し、御園を二度殺した…みたいな事を言っているが、もし漫画本が御園の言葉通りに出てきたら… それって3度目の今度こそ最後のチャンスを棒に振る事になる


先日、ネタバレ無しの「ツナグ」の感想記事の中で


もし、この「ツナグ」が映像化されるのならば 私としては、高校生という年齢的な制約もあるのだが、「嵐」は「福田麻由子」、「御園」は「大後寿々花」か「成海璃子」でお願いしたく


と、記したが この記事をまとめる為に何度も『親友の心得』を読んでると 私には「御園」のイメージが「大後寿々花」か「成海璃子」ではなく「本仮屋ユイカ」になった。


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コメント

私は「待ち人の心得」に泣かされました。ベタかもしれませんが、すでに亡くなっている人と会う設定ですから、これはこれで良いのかなと思います。
一番読み応えのあったのは「友達の心得」です。
この物語、私は、嵐が何をしようとしていたか、御園は理解していて、そのうえで、嵐を親友だと思っていた様な気がします。歩にコートの話を聞くまでの様子を読んでいると、どうしてもそう思うのですが・・・。
御園の「道は凍っていなかったよ。」の言葉には他意はなかったんじゃないかと・・・。
ただ、そう考えると「嵐、どうして」の意味が理解できなくなります。もしかして、本当に御園は「嵐、どうして」と言ったのでしょうか。聞き間違いだったりして・・・。
この話は、嵐が罪悪感にさいなまれ、御園の他意のない言葉を誤解し、奈落におちていくというストーリーではないでしょうか?
いや、私の読解力と文章力ではまとまりがつきません。
失礼しました。

★ TON117 さん

もしかして「わたし どうして」と言ったのかもしれませんね

「聞き間違い」や「思い込み」は嵐の得意技ですからね


お薦め本との事でしたので読んでみました。有難う御座いました。

御園/嵐 章で死者と再会することで嵐は不幸となったのか?
伝言の形で「凍ってなかった」事を聞いた結果は?

悪意により、自分を裏切ったとはいえ親友を殺してしまった事を
思い悩み、その事が他人に発覚するのを恐れていた嵐。
御園と再会し、伝言を聞くことによって前へ進みはじめたことは結果として
悪いことではなかったと思います

伝言の形でなく直接、告白し真実を語らう事ができたのなら、
より良かったようにも考えましたが、その場合は再度別れた後も依存し
生涯、御園と区切りをつけることが出来なかったのではないかと思いました

公演が終わり、死者である御園の着物をすぐに折り畳み
ストイックに演技の道へ進んでいけたかどうかと考えると結果論ではありますが
やっぱ伝言形式で伝えた事は寧ろ一番の正解だったのではないのか

御園の事を一生忘れない(死者の視線)けれど親友として縛り付けない解
これを御園が計算して導いたとするならば、と自分は考えてしまいます

伝言形式で伝えるか否かを最後まで言わなかった御園は
嫉妬心が発端となった伝言トラップだったけれど、悪意や最終的に
穏やかに送り出そうとする嵐を感じ取り、いつかの再会を言葉にして
親友のままで別れたと信じたいです

・コートの話を持ち出した事で御園も嵐が主人公に対して好意があることを知っている
・主人公の姿を確認し、急いで作成したチケット
・縁を持ち出していた祖母が花束(チューリップetc)を渡すように主人公に言う
・主人公が公演で嵐の演技に好意を頂く
フラグ立ち状態で、後は読者に委ねる形になっていくが、
御園と直接真実を交わした場合だったらこの後のストーリー発展は無いのかな

御園が真剣に取り合うのをやめ、救いとして主人公と嵐の今後を匂わせたと
考えられなくもないが、だったらナゼという言動が多いので個人的に消去

もし自分が死者と会えるなら、自分の死後に会いたい人物はいるか?
その他も読者に投げかけられる事が多く、面白かったっす

いい歳した独身としては「待ち人の心得」が共感する部分多かったです
近野成美が婚約者だったらという仮定を想像し、現実に戻ったらと泣けてきました

★ BangDoll さん

大丈夫、近野成美は君の婚約者ではないから^^


【※注意!!】

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