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2011年04月30日

● 雑感(4月30日)


先にお断りしておくが、もし貴方が何らかの理由で自衛隊が嫌いなのであれば この記事を読む必要は無いし、このクソブログに二度と覗きにわざわざお越し頂かなくて結構である。




今までも、いろいろと私の自衛隊にまつわる話を記してきたので それらを御一読下さった方々なら御存じの話だが 私の祖父や祖父の兄弟、それに私の叔父にあたる方々達は旧海軍にて従軍し、中には戦死した者も数名おり、私の父はその後自衛官として30数年勤務の後、定年退官した。


ウチの嫁の父も同じように自衛隊を定年退官した一人で 我が家と嫁の実家は 私達が中学、高校の頃 自衛隊官舎の御近所という経緯がある。


昨今の震災派遣による自衛隊員の活動を通して 一般からの自衛隊の活動や認識は大きく変わりつつあり それは私や嫁が官舎住まいをしていた頃の世相とは雲泥の差だ。


数年前、どこぞの教職員組合の山登りサークルが遭難し 救助に現れたのが自衛隊のヘリだと判った途端に「自衛隊にだけは借りを作りたくない 他の警察や消防のヘリを呼んでくれ」とダダをこねた…という話があり、それを一般の多くの方々は「なんだかなぁ」と呆れたものだが、少し時代を遡って私や嫁が自衛隊官舎住まいをしていた頃では


「自衛隊ごときが人命救助とはおこがましい」


「そうやって本来の軍事活動を誤魔化したいのか?」


と、最寄りの駐屯地の正門でいろんな活動家や組合員達が集会を開き、抗議のシュプレヒコールを上げているのを その駐屯地の横の自衛隊官舎に住んでいれば 嫌でも聞かされて育ったわけで…


そんな時代があった事を 今の20代以下の若者の殆どは知らず、30代以下でも知っている者は そんな多くは無かろう。


でもね、その頃 調子に乗って「自衛隊反対!」を叫んでいたクソ馬鹿野郎で 今でも議員バッチをつけている国会議員が少なくなく そんな中には衆議院議長なんてのまでいる事を どれだけの人が覚えて(知って)いるのか疑問に思うが まぁ、そんな事はどうでもいい。


私が小学校に入学する前の子供の頃、私の父は いわゆる僻地と呼ばれる駐屯地勤務で 当然、我が家もその駐屯地の官舎で暮らしていた。


そこは鄙びた田舎で 最寄りの病院と言えば車で2時間、健康な者でも着いた頃には具合が悪くなると揶揄する程の砂利道の悪路を走らねばならず、トラック販売の商店が天気が良ければ一日に一度不定期に現れる様なところで よく言えば「自然に恵まれた」、率直に言えば「陸の孤島」みたいな場所だから 当然の如く、幼稚園や保育所など無く 官舎の子供達の遊び場は 駐屯地の一角に設けられた非常時用のヘリポート(と言っても、見た目はただの広場)で鬼ごっこやキャッチボールをする事だったわけだが…


そういう環境だったからかもしれないが、自衛隊の施設内であるヘリポートで子供達が遊ぶ事を そこの駐屯地の幹部は何も文句を言わず、時には若い自衛隊員達が凧を作ってくれて一緒になって遊んでくれたりもしたわけで のどかと言えばそれまでだが、そこの駐屯地全体がひとつの家族みたいなものだった。


で、私が中学生の頃に過ごした札幌の駐屯地は規模も大きく 施設内に子供が気軽に立ち入る事は許されなかったが、駐屯地と官舎の間にある通称「自衛隊グランド」と呼ばれる場所で子供がサッカーや野球を興じる事は黙認されており、時には自衛隊官舎の「お父さんチーム」vs「子供チーム」が不定期に開催されたりして 少なくとも自衛隊官舎の一角は単なる隣近所を越えた ひとつのコミュニティが形成されており ゆえに、自衛隊の服を着たオジサン達は家族も同然…という意識は50歳を超えた今の私にも染み込んでいる。


例えば、このクソブログにたまに登場するK君という人物もその一人。


彼も自衛隊官舎育ちで 私の義弟の親友でもあり、私との付き合いも古く 私の事を「オッサン」と呼ぶ数少ない命知らずの一人なだけに言動や思考も定形外な奴。


K君は紆余曲折を経て今日に至るまでの間に どこぞで写真の技術を身につけて自衛隊専門のカメラマンとなり、近頃は千歳基地周辺で自衛隊機を撮る事に没頭している。


画像をクリックして大きな画像で見てね。^^


上の写真①は そのK君が撮った一枚。


「T-4が綺麗に撮れてるだけじゃん」


写真を見て私がそう言うと 彼は


「判ってないねオッサンは 機体より、後席のP(パイロット)が重要なんだよ」


と、彼は言い


「よく見なよ、後席のPがコッチを見てるでしょ?

 奴はバイザー越し、コッチはファインダー越しに”おはよう””今日は”って俺と会話してるのよ」


「あ? このPとオマエ知り合いなのか?」


「知り合いかどうかなんて メットとバイザーじゃ判るわけ無いじゃん。

 後席のPがどう思ってるかはどうでもいいのよ 俺にとっては自衛隊は家族なんだからさ」


平然と彼はそう言う。


知らない人がそのK君の言ってる事を聞いたら「タチの悪いマニア」だと思うだろうね。


でもね、先述した様にK君同様 自衛隊官舎で育った私には その彼の言うところはよく判る。


航空自衛隊の基地周辺で機体撮影を楽しむ人の多くは 機体を捻り、アフターバーナーの火を伸ばし、翼端からベイパーをクッキリと引っ張る機体を撮りたい願う


さもなくば、光を浴びて綺麗にクッキリとした機体を撮ろうとする。


もちろん、K君も基本は同様なんだけど でも、彼の写真には時折


画像をクリックして大きな画像で見てね。^^


画像をクリックして大きな画像で見てね。^^


上の②や③の様なものがあり、K君としては機体の背中よりも こういう写真を撮れた時の方が嬉しいと言う。


なので、


画像をクリックして大きな画像で見てね。^^


「201SQ25周年記念塗装機(完全版)」を撮った事よりも、パイロットが手を挙げてくれた事の方が嬉しいと彼は言い


「だってさ、あぁ 今日も自衛隊頑張ってんなぁ…って 元気が貰えるんだよね」と。


だから、そんな彼は外柵沿いで写真を撮っている時にパイロットに手を振る事はもちろんの事、外柵内沿いを巡回警備で走る警務車両にも「御苦労様ぁ」と手を振っている。


最初はそれを怪訝な顔で見ていた周囲の撮影マニアの常連達も 今では普通に手を振る様になり…


そんな彼の思いが通じ、気持ちが自衛隊のパイロット達にも伝わるのか


画像をクリックして大きな画像で見てね。^^


極々希に上の写真の様な光景も垣間見る事があるのだそうな。


もしも、この記事をここまで読んで「何おちゃらけてんだ自衛隊のパイロットは」と不快に感じたり、怒られた方は どうか、ちょっとだけ冷静に落ち着いて考えてみて頂きたい。


「自衛隊は誰の為、何の為に存在しているのか?」と。


もし仮に、それが「国(国民)の為、いざ何かが起きた時の為」だとするならば 国民の一人が「ありがとう、御苦労様」と手を振り、パイロットが「どうも」と応えるのは 当たり前の挨拶みたいなもので それを不快に感じる方がどうかしてんじゃねぇのか?と。


それに、自衛隊員も国民なのだから 親戚・知人・友人として挨拶をし合う事に何の異存があるのか?とも。


画像をクリックして大きな画像で見てね。^^


上の写真⑥は 常に離陸する直前のF-15のパイロットと整備員達の間で交わされる敬礼シーンである。


警察や消防、それに海上保安庁も敬礼を行うが 申し訳ないが私にはそれらは単なる形式的な「儀礼」にしか映らない。


それに対して自衛官の敬礼には儀礼とは別の次元の「挨拶」や「敬意」や「感謝」など そう判りやすく言えば「気持ち」の込め方がハンパじゃないんだな


それだけに、官舎育ちだと余計に感慨深いものを感じるわけだ。


だからこそ、そんな自衛官であるパイロット達に手を挙げて貰ったり、振ったりして応えて貰えると 同じ日本人ってだけ以上の親愛さを感じ嬉しくなるんだな。


お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

ブタネコさんへ
ここにもブタネコさんやKさんには負けますが、心からの自衛隊応援団が一人いますよ、今日の記事は胸にジンときますね。写真もとっても綺麗にとられていると思います。我々国民も自衛隊に対して、こんな時だけでなく平時でもエールを送るべきだと思っています。昨年11月恒例の南九州ゴルフ遠征に行った時、羽田で自衛隊高等工科学校の生徒二人を見かけたので近ずいて軽く会釈をして’応援してるよ頑張ってな’とエールを送りました。二人は変なおっさんが変な事言って来たと怪訝な様子でしたが、でも若い二人に日本のどこにでも応援している人間がいることを知らしめることは必要なことだと思うので、これからも若い自衛官を見かけたら遠慮せず声をかけようと思っています。

★ タンク さん

ウチの義弟が先日、休暇で帰ってきまして色々と話を聞いたのですが 相変わらず反自衛隊活動集団がボランティアと称して 被災地で政治活動を行っている様で困ったもんだと苦笑しておりました。


ブログを読みつつ、『うんうん』と涙目になりながら読ませていただきました。
それに,タンクさんの行動にも…
先日、うちの甥っ子も震災の応援に行きました。
ここでは書ききれないほどの惨状を目にして自分自身が『麻痺』してること
ボランティアとは名ばかりの、『うわっ。くせぃ、マジ』を連発する輩の事
淡々と作業をこなす、自衛官の事、
それを傍らで見ている老人の事

道路を挟んで『天国』と『地獄』がこれほどはっきりしていると…。

我が町も震災に遭遇しましたが、少しずつ動き始めました。
私は歳並みには勝てず、少し無茶して、病院に再拘束されました^^;

そうそう『おれって、…』のくだり、甥っ子に使ってみぃ和むから…といったところ、
『今は衛生面もきちっとしてるから…それよりだれ?』と言われました
時代を感じるなぁ

★ snow431 さん

今日、天皇陛下の被災者へのビデオメッセージの完全版をようやく見つけて拝聴しました。

やはり、陛下は偉大です。

>再拘束

この御時世ですからね 拘束されていた方が家族の為かもしれませんよ^^

>おれって、…

御心中をお察し申し上げます。


【※注意!!】

この記事は『ブタネコのトラウマ』の倉庫に保管されている記事なのでコメントの投稿は出来ません。 2015年2月10日以降 このクソブログは『ブタネコのトラウマ・リニューアル版』に移転しましたので新規記事更新及び、過去記事へのコメントの受付もそちらで行っておりますので お手数ですが、そちらへの移動をお願い申し上げます。