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2011年01月16日

● Mステ SP(1月14日放送)


MステのSP番組を見ながら 気がついたら自分史を省みていた。




MステSP


と言いつつも、御幼少の頃を語ろうと思えば「ピンキーとキラーズ」あたりを語らねばならないが それを語っても「誰?」とか言われそうなんで さておくが…


MステSP

1975年「太田裕美」木綿のハンカチーフ


MステSP

1971年「南沙織」17才


MステSP

1972年「アグネスチャン」ひなげしの花


MステSP

1975年「キャンディーズ」年下の男の子


MステSP

1976年「桜田淳子」私の青い鳥


MステSP

1978年「石野真子」狼なんか怖くない


MステSP

1981年「石川ひとみ」まちぶせ


MステSP

1981年「松本伊代」センチメンタルジャーニー


MステSP

1988年「南野陽子」吐息でネット


MステSP

1973年「天知真理」恋する夏の日


MステSP

1981年「河合奈保子」スマイル・フォー・ミー


MステSP

1989年「Wink」淋しい熱帯魚


MステSP

1990年「CoCo(三浦理恵子)」はんぶん不思議


MステSP

1991年「牧瀬里穂」Miracle Love


MステSP

1993年「永作博美」My Home Town


MステSP

1994年「高橋由美子」友達でいいから


MステSP

1995年「内田有紀」Only You


MステSP

2000年「Folder5(満島ひかり)」Believe


MステSP

1996年「華原朋美」I'm proud


MステSP

1983年「小泉今日子」まっ赤な女の子


MステSP

1978年「山口百恵」プレイバックPart2


MステSP

1998年「SPEED」my graduation


MステSP

1982年「中森明菜」スローモーション




「天知真理」「南沙織」「小柳ルミ子」…


私の世代の場合、まずその辺から語り始める事になる。


この3人がもてはやされた時代、中高生だった私は「南沙織」 「二代目開業医」は「天知真理」 「某国立大学理工学部教授」は「小柳ルミ子」のファンで よく3人で言い争いをしたもんだ。


その頃、「気の弱い弁護士」が一人で熱を上げていたのが「アグネスチャン」で 今思えば こいつら丸ごと抹殺しておけば今のウザさは無かったんだな。


高校生から大学にかけての時期は「花の中三トリオ」と呼ばれた「森昌子」「桜田淳子」「山口百恵」の3人へと路線は移り 私は「桜田淳子」 「二代目開業医」は「山口百恵」に熱を上げ、「某国立大学理工学部教授」は「太田裕美」にまっしぐら。 


その頃、「気の弱い弁護士」は「伊藤咲子」「片平なぎさ」「黒木真由美」「石野真子」と「スター誕生」出身者をコロコロと移り変わり…


そんな様子を観察していた私達バイト仲間は


「あいつはアイドル殺しの疫病神だな」


「うん、あいつが熱を上げると そのアイドルの前途は断たれる」


と、確信に近い認識を持ち だから、この当時、我々バイト学生達の間では別格だった「キャンディーズ」において 私が「スーちゃん」、「二代目開業医」は「ミキちゃん」、「某国立大学理工学部教授」が「ランちゃん」ファンだった事から


「オマエは キャンディーズだけは触れるな」


と、我々三人から「気の弱い弁護士」は常々脅され


「俺にはピンクレディがいるもんね」


とイジケ半分で「UFO」の振り付けを隠れて練習していたものだ。




さて… さらに時代は移り


「石川ひとみ」や「河合奈保子」に熱を上げて「気の弱い弁護士」がサイン会に出かけポスターやカレンダーを買い集めている頃、二代目開業医は「中森明菜」にのめり込み、私は「松本伊代」の後ろで踊っている二人の女の子の右側(上の画の赤いベストの子)のファンだったのだが、「気の弱い弁護士」が「松本伊代カワイイよねぇ」と言い出して間もなく「松本伊代」の影が薄くなり…


私は「南野陽子」、「某国立大学理工学部教授」は「小泉今日子」へと熱を上げるベクトルを変えたんだっけなぁ…


ただ、私も含めて バイト学生達がアイドル歌手に大きな興味を示さなくなったのは 総じて小室哲哉の台頭と反比例の関係にある事は不思議な偶然とは言えず、曲に無理矢理合わせた様に早口で誤魔化す字余り歌詞や、意味もなく意味不明な英語が氾濫する歌詞についていけなかったせいでもあり、「Perfume」は別として 近年はやたらと「ユニット化」がはびこり、「いろんなオカズを楽しめる幕の内弁当」手法がいけ好かないんだな。


そんな風に「たかが」歌番組を眺めながら真面目な考察を考え巡らし、時に遠い目をしながら昔を懐かしんでいる私を「放置」という優しさでかまってくれない嫁にunrequited love


お駄賃

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コメント

この中では
石川ひとみの「待ち伏せ」
中森明菜の「スローモーション」
自分的に当時衝撃を受けたのは
五輪真弓の「少女」
中島みゆきの「わかれうた」
八神純子の「みずいろの雨」
大橋純子の「たそがれマイ・ラブ」
渡辺真知子の「迷い道」
youtbeで当時の映像音声を見る機会がありますが
当時の同年齢の
現在の歌手で太刀打ちできるのは今はほとんどいないです。
リアルで見れた自分の世代は幸せだったかもしれません。
音楽機材や音声処理技術は格段の進歩を遂げている一方で
歌手本来の声量声音や表現力はどんどん衰えてるように思いますね。

★ やじ さん

五輪~渡辺まではアイドルとは言いにくいところですね^^


私はこの中では、就職のため上京し、その年の暮に聞いた、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」ですね。
それから、さみしいときは、太田裕美、元気のないときは、やまがたすみこ、落ち込んだ時は、中島みゆきと聞き分けていました。

★ TON117 さん

なるほど

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