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2010年11月29日

● 龍馬伝 最終回


大河ドラマ「龍馬伝」の最終回を見た。




龍馬伝龍馬伝


龍馬伝

「大森南朋」


龍馬伝

「大泉洋」


龍馬伝

「原田泰造」


龍馬伝

「真木よう子」




最終回まで見終えた総論的な感想を述べると…


今回の龍馬伝に関して 私が楽しみにしていた最大の点は「誰がどういう理由で坂本龍馬を襲撃したのか?」という部分。


これに関してはいくつかの説があり、意見の分かれるところだけに 龍馬伝ではどう描くのか? それが楽しみだった。


で、その部分を見終えて思った事は 例えば、誰かが名のある誰かを襲い討った場合、


「Aを討ったのはBだ!」


と、ともすればB自身が 自分の名誉というか自負として公言する


例を挙げれば「吉良邸に討ち入ったのは赤穂浪士」とか「井伊大老を襲撃したのは水戸藩、薩摩藩の脱藩浪士」という様に。


何故、坂本龍馬を襲った者は直後に「俺(俺たち)がやった」と公言しなかったのだろう?


定説としては市中見廻組がやった…という説が有力で それまでは新撰組説が強かったのだが いずれにせよ、どちらも売名に近い形で名誉を競っていたフシがあり、やったのなら「やった」と声高々に宣言したんじゃないか?なんて私は愚考するだけに 事件直後に宣言が無かった事で不審なのだ。




さて、ドラマに関してだが…


福山雅治が演じた龍馬像に関して賛否の声が分かれているという。


たしかに福山雅治が演じた龍馬像には時々鬱陶しさを多々、私も感じたたけど総論的には批判すべきモノでは無かったと思っている。


それよりも、個人的に気に入らなかったのは こと「坂本龍馬」モノとなると「武田鉄矢」をなんらかの形で加える事であり、たしかに武田鉄矢は坂本龍馬像に関して彼なりの持論を持っているのは結構なんだけど 武田の唱える龍馬像は 司馬遼太郎が描いた龍馬像と並んで劇的ではあるが美化しすぎの感が強く 胸焼けするところが大きいんだな。


基本的に、坂本龍馬の知名度が全国的になり その生き様や暗殺者が誰か?など広く論議される様になったのは司馬遼太郎の著作からだと言われており、武田鉄矢の論はその尻馬に乗っかった様なもの


マンガの原作となり、それはそれで面白かったけれども 崇拝するがあまり、アバタもエクボ的に美化しまくるのは 昨今のアイドルの棒演技を「演技の幅が広い」とか「可愛いからOK」的に讃えるのと変わらない。


おそらく、間違いなく坂本龍馬という人物は凄い人だったんだとは思うし これからも語り継がれていくのだろうとは思うけど、偉大な人であるならば尚更 ただ美化するのでは無くきちんと理解なり把握すべきなんじゃなかろうか…なんて思うわけで武田説はもう勘弁して欲しい。


画像をクリックして大きな画像で見てね。^^


上の写真は 数日前に新千歳空港で撮影したもの


ドラマの終了に伴い この塗装は間もなく剥がされるであろうから、私が目撃し撮影出来たのもきっとこれが最後となるに違い無い。


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