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2010年11月04日

● 映画「悪人」


先日、『映画「インシテミル」』という記事を掲示した際に…




本来、映画館に行く事はドクターストップで自粛しているのだが どうしても見たい映画が2本あり、ちょいと裏技を使って見てきた。


と記したもう一本の映画が この「悪人」


2008年05月21日に原作本を読んだ感想記事を掲示しているのだが… 参考:『悪人


あくまでも私の個人的楽しみ方だが この原作本を読みながら、主要な登場人物を勝手に私の個人的「お気に入り俳優」達をキャスティングしたイメージで読み進めたのだが、映画化の情報を耳にした際に 映画におけるキャスティングを聞いて 正直に言うが妻夫木には


「あぁ、また最後はグチャグチャに泣いて終わらすんだろうな」と感じ、深津には「う~ん 俺としては麻生久美子の方がイメージに感じたんだけどな」と感じていたので 映画の出来に対して私はそれほど期待していなかった。


ところが、映画が公開されて間もない頃 知り合いの映画好き達から聞くこの映画「悪人」の感想は賛否両極端だが どっちかというと「良かった」と言う人が多く、深津絵里がどこかの映画祭で賞をとった事からか 深津の演技を高く評価する意見が多いのを知り、見てみたいと強く思ったんだな。


【注意!!】以下の文章にはネタバレが満載です。



悪人


さて…


通常、映画を見たら 私は殆ど間をおかずに記事をこのクソブログに掲示するのだが、この「悪人」に関して ずいぶんと間があいてしまったのは 記事を記すにあたってどうしても確認しなければならない事があり、それに時間がかかったから。


というのは、ラストの深津絵里が演じた「不幸な女」の述懐シーンの台詞が なんか私が本を読んだ時に受けた印象と違い、それが違和感となったからで 原作本のラストをもう一度確認したかったのだ。


ラストで妻夫木が演じた「スカイラインの男」は「不幸な女」の首を絞める。


その結果、


世間で言われとる通りなんですよね?

あの人は悪人やったんですよね?

その悪人を、私が勝手に好きになってしもうただけなんです。

ねぇ?そうなんですよね?


という述懐を


「スカイラインの男は不幸な女に対して愛情など無かった…」と解釈した人もいれば…


「スカイライン男は不幸な女を殺すつもりは全く無く、

 間もなく警察官達が踏み込んでくるのを知って 絞め殺す真似をする事で女を救った」という解釈もある。 


つまり「本当に殺意があったのか?」という解釈により ともすれば物語全体からの印象が大きく変わってしまうと思うのね。


で、原作本が出版されて間もない頃 いろんな感想ブログを拝読すると、


「結局、スカイラインの男は 短絡的に人を殺してしまう男だったんだ」


…って感じに解釈した感想が多く 私は


が、へそ曲がりな私は このスカイラインの男がラスト間際で首を絞めようとした…という行為に関しては 単純に「殺人鬼だった」というのでは無く、もしかしたら不幸な女を絞め殺す事で救おうとしたんじゃないか?なんて思ったりする。


と、原作を読み終えた時点で さらに踏み込んで「殺す事で救おうとした」なんて記したわけだが…


映画のラストを見ていて この映画の監督は明らかに 


「スカイライン男は不幸な女を殺すつもりは全く無く、

 間もなく警察官達が踏み込んでくるのを知って 絞め殺す真似をする事で女を救った」


という解釈に近い描き方をしたかったんだろうな…と感じた。


でもね、もしそうだとするならば 二つの部分に私はもの凄く違和感を覚える。


まず、ひとつめは 灯台の小屋の中にいた男は逃げ帰ってきた不幸な女の様子から警察の接近を悟ったのであろうけど 小屋の直ぐ外まで近寄ってきていると本当に気づけてるのか?と。


原作では その辺はちゃんと描写してあり、警官が踏み込む寸前に絞め殺そうとするのだが、映画では まだ結構、距離がある時点で締め始めており、締めている時間が長すぎる。


で、二つ目は先述した


世間で言われとる通りなんですよね?

あの人は悪人やったんですよね?

その悪人を、私が勝手に好きになってしもうただけなんです。

ねぇ?そうなんですよね?


という深津絵里の台詞が あまりにも穏やかでポヤァ~とし過ぎで けっして棒読みでは無いんだけど感情の置き所が全く違うニュアンスに聞こえるんだな


つまり、


「あの人は、もしかしたら本当は絞め殺そうとしてたんじゃないんですよね?」


という、迷いというか、期待の様な感情が込められるべきなんだけど 深津の台詞はただの思い出話みたいなニュアンスに聞こえる…って私は感じたんだ。


誤解の無い様に記しておくが私は「深津絵里」を嫌っていない。


嫌いじゃないだけに、「どうして、こんな違和感が?」と 残念度がより強かったのだ。


ところが、この映画「悪人」を見て「泣きました」って感想を述べる人が多いんだよねぇ… 俺、全然 泣けなかったんだけど。


しいて言えば


悪人


「満島ひかり」は この映画でまた良い仕事をしたなぁ…と思った。


殺すかどうかは別として 車から蹴り出されるに値する嫌な女を実に見事に演じていたなと。


こういう役柄を巧く演じる脇がいると映画全体のクォリティが跳ね上がる良い見本だなとも。


さてさて…


この映画「悪人」を見に行った際、私の主治医である「二代目開業医」はもとより 担当看護師のCちゃんも同行したわけだが、見終えて病院へと帰る車の中で 二代目開業医がCちゃんに映画の感想を尋ねたところ


「インシテミルは ともかく、悪人は評判ほど面白いとは感じませんでした」


と、応えたので


「ほう、どこがダメだった?」


と、聞いたところ


「だって、スカイラインの男も アウディの男も おばぁちゃんに健康食品売りつける連中にしても

 悪人、というより 小悪党じゃないですか?

 …っていうか、院長先生(二代目開業医の事)とかブタネコさんとかの方が余程”悪人” リアル悪人なわけで

 毎日、そんな人が周囲にいるから 一人殺したぐらいじゃ全然、悪人に見えないんですよねぇ」


…だそうだ。(ToT)


悪人

悪人


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コメント

そうですね、ラストは?なことが多すぎでした。

私もあんまり絞める時間が長いので「あれ?ほんとに殺しちゃうの?」って思いました。

殺すことによって救う、というパターンもあるとは思いますが、その場合、お互いに愛情を確かめ合っている事が最重要だと思います。

唯一信じている相手からただの殺人鬼として殺されたら救いも何も無いですからね。

でもそれだと、じゃあなんで絞める前に「俺はお前が思っているような男じゃない」的なセリフとともに本当に殺意があるような表情を見せたのかが矛盾する。

それが「俺のことなんて忘れて幸せになってほしい」ということで罪が女に被らないようにという意味もこめてのセリフと絞めるという行動なら分かるけど、だったら絞めるという振りは警察の声が聞こえてからでも遅くないはずだし、警察につかまってからのお互いが手を伸ばすという行為は明らかに愛情があることを示しているので「俺のことなんて忘れて」ということにはならない。

・・・うーん、矛盾だらけ。

ということで、最後の深津絵里もわかりません、私には。


「迷いというか、期待の様な感情が込められるべき」

これも絞められている時に妹に電話で言われている時の事がフィードバックでよみがえってでもいれば強力な裏付けになるんですが、タクシーの中のあの表情とセリフではちょっとそこまで読みこむのは難しいですね。灯台での矛盾点が無ければもうちょっと読みようもあるんですが。


あと、どうでも良いかもしれないけど、あの祖母に漢方を法外な値段で売りつけるくだりはいりました?あれが孫の事件が引き金になっているならまだしも、まったく関係ないですよね。ここでCちゃん言うところの「小悪党」を描いたところで何なんだろう、という・・・


という訳で私も感動できるところは全くありませんでした。

★ うごるあ さん

>「俺のことなんて忘れて幸せになってほしい」ということで罪が女に被らないように

私はスカイライン男の行動は その考えだったんだと思っています。

ゆえに、不幸な女を殺すつもりは無かったはずで 映画の様に長い時間絞めるのは不自然

それよりも、そもそも殺すつもりはなく 自分が如何に非道い奴かと思わせたかっただけだから、殺す寸前で警察に捕まる事が効果的だったわけで ゆえに、原作では警察が踏み込むのに気づいた時点で逃げられないと悟り覚悟を決めた…と受け止められたんだけど 映画では警察は来てはいるけどまだ距離がある つまり、警察の存在は度外視で首を絞めに行っている様に見えるから「殺意があった」と映ってしまい そこが不自然


でもね、それ以上に難解なのは不幸な女の事件後の描写で


『不幸な女は スカイライン男は私は殺そうとした。 やっぱりあいつは本当に悪い奴で 私は騙されていたんだ。』


と、スカイライン男の計算通りに思考するのであれば それはそれでスッキリするのけど、


『あの人は、もしかしたら本当は絞め殺そうとしてたんじゃないんですよね?』


という風に まだ心の何処かでスカイライン男は良い奴だったと思っている…なんて感情が残っている様に見えれば スカイライン男もいくらか救われる。


要するに、この映画の監督はラストの二人の心情を監督になりに描こうとしていたシチュエーションがあったはずなのに それをちゃんと描けていない、まさに矛盾だらけの映像にしちゃったんだと思うんです。

それは明らかな失敗であるにも関わらず、「全米が泣いた」みたいなノリで 根本的に「誰が悪人なんでしょうね?」みたいな意味不明な後付サスペンスにしてると私は反感を抱いているわけです。

もしかして、それらの矛盾を「監督が計算して仕掛け描いた」なんて解釈しなきゃならないんだとすれば「フザケンナ」と。


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