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2010年08月31日

● ザ・パシフィック 第5・6・7回


ドラマ「ザ・パシフィック」の第5・6・7回を観た。




ザ・パシフィック

ザ・パシフィック

ザ・パシフィック




今回、5・6・7と3回まとめて記事にするのは「ペリリュー」の前中後編だったから 通して見てからの感想にしようと思ったのが根本ではあるが、もう一つの理由としては2冊の本を この映像を見てから読もうと決めていたからでもある。

(その2冊の本については別記事で語る)


不思議なもので 戦後教育を受けた日本人は「沖縄戦」に関しては学校の授業でそれなりの話は聞くが 近年、数本の映画やそれに便乗するかの如きTV番組で話題になった「硫黄島」の戦いですら「映画で初めて知りました」という者が多く 「ペリリュー島」なんて島の名前すら知らない者が殆どであり「アッツ」や「タラワ」同様 興味があって戦記本を読んだ人ぐらいしか知らないんだな


第1話から今回の第7話まで見続けてきて 私が一番、「こりゃ今までの太平洋戦争モノとは全く違う」と感じている最大の点は


ザ・パシフィック

ザ・パシフィック

ザ・パシフィック


「日本兵がちゃんと服を着ている」 …という点。


なんだそれ?と不可解に思われる方も多かろう。


でもね、自慢じゃ無いが 私はこれまで相当数の戦争映画や戦争ドラマを見たと自負しているが、これまでの太平洋戦争モノの陸上戦で登場する日本兵は隊長クラスより上の立場の士官は別として 前線の兵士達はボロボロの服なら良い方で、殆どが裸だったんだ。


たしかに、ガダルカナル戦やブーゲンビル戦線の末期で司令部も崩壊し ジャングルに散り散りになった状況下なら そういう姿の兵士の方が多かったのかもしれない。


けれども、連合軍が上陸間もない時点で 日本兵が既に戦闘末期の姿で描かれるのは見るに耐えないモノがある。


率直に言えば、日本兵を未だに「ジャップ」と小馬鹿にして考証もロクにせず描いてんのか?コノヤロウ…と 腹立たしくすらあったのだ。


しかも、それがアメリカ映画であれば まだ「仕方ない」と諦めもつくが 日本人の制作する映画やドラマですらそうなんだ。


例えば、タラワやペリリユーやガダルカナルといった戦場で夥しい数の日本兵の死体が転がっている惨状を撮した写真を見れば一目瞭然なのだが 手足がバラバラに千切れてはいても それがちゃんと服を着ていた事など容易に判る。


上半身が裸の死体が写るのは どれも戦闘末期の写真なの


アメリカ側から見れば 日本兵は黄色い猿って事で むしろ裸で野山を駆け巡ってるぐらいに小馬鹿にした見方をしたくなるのかもしれないと百歩譲ってもいいけれど 日本人が描くのにそんな考証すらせずにアメリカ映画の猿まねでは猿と言われても仕方が無いわな


ザ・パシフィック

ザ・パシフィック

ザ・パシフィック


象徴的だったのは 上記の「なぜ奴らは降伏しない?」という台詞。


これがイタリヤやフランス兵なら とっくの昔に降伏・投降していただろう。


戦後、太平洋戦争の戦跡を検証した活動の中で アメリカ国内ではこのペリリュー島の戦闘は無駄だったと考える人が多いという。


というのは、本来ペリリュー島を占領する事は フィリピンの奪還に燃えるマッカーサーが そのフィリピン攻略の為にペリリューの日本軍が大きな障害になると考えたからなのだが、結果から見ると2・3日で攻略出来ると見通されたペリリュー攻略に2ヶ月以上の日数がかかり甚大な損失を被ったにも関わらず その間に開始されたフィリピン攻略戦には何の効果も無かったと考えられているからだ。


たしかに、戦後の結果論的思考で見れば ペリリュー島で多くの米兵が死傷したのは無駄に見えるのかもしれない。


であるがゆえに、頑強に抵抗して玉砕した日本兵は もっと無駄死にだった…と言われるのかもしれない。


でもね、私はあくまでも個人感なのだが ふと思うことがある。


それは、このペリリュー、そしてその後の硫黄島や沖縄 日本本土に近付くにつれて当たり前のことだが連合軍側の死傷者が増大していく過程の中で 日本本土を攻略する為にはどれだけの兵員や物資が必要なのか?という考えは連合軍の とりわけアメリカの政府や軍首脳部が考えたはずなんだよね


歴史に”~だったら”とか”~してれば”を持ち込むのは不毛な議論を呼ぶだけなのだが、


「なぜ奴らは降伏しない?」


という疑問を抱かせただけでも 全く「無駄死」とは言えないんじゃないか?と思うんだ。


「日本人ってのは何考えてるか判らない」


欧米人には「馬鹿げた無駄死」にしか映らない真似を平気でしてのけた事で 戦後のちょっとした特別扱いに繋がったんじゃないのか?と。


まぁ、こんな事を言うと左系思考の方々より


「無駄に玉砕なんかして頑強に抵抗したから 原子爆弾の投下に繋がったんだ」


…なんて抗議を寄越されるのが目に見えているのであらかじめ申し上げておくが 私はあくまで、個人的に「~なんじゃない?」と愚考したまでで その点で議論をしたいとは思っていない


兵士の戦没を必要以上に飾り立てて賛美する気は無いが、それ以上に簡単に「無駄」なんて俺は口が曲がっても言えない…という事だ。




さてさて…


正直に思ったままを述べると、「バンド・オブ・ブラザース」を見ていて ドイツ兵の死体や建物から遺品や宝飾品を連合国の兵士が行うのを見ていて そんなに不愉快は感じなかったのだが、この「ザ・パシフィック」を見ていて 米兵が日本兵の死体から遺品を「お土産」と称して略奪する様を見ていると 時に激しく怒りがこみ上げる。


私は軍事マニアを自称しているので 日本兵の手記とか従軍経験を記した戦記本を数多く読んでいるつもりなのだが、米兵の特に太平洋戦線モノを読むと 実はこういった描写がどの本にも当たり前の様に描かれており、その部分を目にするたびに嫌な気持ちになる。


しかしながら、そういった描写がもし戦没日本兵の慰霊という気持ちに繋がるのであれば… 最近は、そう願ってやまない。




ザ・パシフィック


上のシーンを見て 特にこのクソブログにコメントを投稿して下さる「ラヴァ」さんが どの様な感想を抱かれたのが大いに興味のあるところだが…


95式軽戦車の動く姿、特に砲塔の動きを再現してくれた事に 私はマニアの一人として深く感動し感謝したいと思った。


ブリキ缶等と馬鹿にされる事が多い第二次大戦中の日本の戦車ではあるが 砲塔がニョロっと動いて画面上ではあるが自分の方に向いた時の恐怖感は けっして馬鹿にしたモンじゃないやと確認出来たのはありがたかった。


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コメント

「重機前へ!」と中隊長殿の命令が聞こえましたので、躍進します!(笑)

装備が良く、段列も充実している日本陸軍の奮戦を描いた映画は、特に日本で少ないですね。
弾ナシ、糧秣ナシ、命令もナシの状態ばかりが繰り返し描かれて。
これは、戦争の悲惨さのみを強調したいという意図で作ったんでしょうが、「強い日本兵」は描きたくないという強固な意志すらも感じます。
そういうのはもう見飽きた、というブタネコさん含むベテラン諸氏にお勧めするのは『五人の突撃隊』です。

インパール線を描いたこの映画は、弾も糧秣もジリ貧ながら奮戦敢闘する歩兵大隊を描いている希有な作品です。
ちゃんと軽機や大隊砲の火力支援もあり、歩兵は果敢に敵陣へと斬り込みます。
歩兵大隊〜中隊の指揮系統、MG中隊、大隊砲が存在する戦後製映画は少ないと思います(というか他にないかも)。
1961年の作品ですので、それなりな部分もありますが、私の評価は相当高い作品です。

本題ですが、まずは私は『ザ・パシフィック』をちゃんと観ていないという前提付きです(汗)。
(字幕なしでは観ています)
逆襲という感じで、九五式が複数、それも軽快に登場した時は素直に「おおっ!!」でした。
特筆すべきは上の画像でもお判りのように、「日本式サスペンション(日本独自の設計です)」まで再現しているという点。
走行装置は実走に影響があるので、ベース車輛のままという事が多いですが、これはBoBや最近の太平洋戦線モノより進歩してると言えるでしょう。
ファイナルギアハウジング内側のリブまで再現というのはすさまじい。。
よくぞここまで作った!偉い!!とスタッフを褒めたいです。
車体銃も撃ちまくっていますし。
映画用の再現「ハ号」としては、中国映画の『南京!南京!』と同じ位良い出来だと思います。
(この映画は内容はアレですが、戦車は工場でリプロダクションしているようで良く出来ています)

残念なのは塗装と歩兵戦術。
日本装甲兵器の特徴である黄帯迷彩の意味が分かっていないようです。
この黄帯は艦艇の迷彩と同じで、色を分割させて見せ、進行方向や形状を欺瞞する為と言われるので、あのように並べて塗られないと思います。
せっかく良い出来なので、塗装もファインモールドのプラモ箱絵を参考にすれば良かったのに。。

歩兵は進入中に各個開距離を取った横隊に展開して欲しかった。。
(戦車と歩兵の突撃発起地点が同じで、動き方が米軍のように見えます。。)
建物の前面に展開するMGも、絵づら優先とは言え予備陣地(変換用)もなさそうで。
突っ込みすぎとは判っていても、ここまで良い考証の作品には高いものを求めてしまうのは相変わらずです(笑)。

>ブリキ缶等と馬鹿にされる事が多い第二次大戦中の日本の戦車ではあるが 砲塔がニョロっと動いて画面上ではあるが自分の方に向いた時の恐怖感

37ミリと言えども、戦車砲に狙われた歩兵の恐怖感が出ていましたね!
模型や写真だけで、それも後知恵でドイツやソ連の戦車を知っていると「ブリキ」と思うかも知れませんが(『戦場まんがシリーズ』の影響も大かと)、実物のチハを靖国神社で初めて見た時に、これは立派だ!敵MGに射すくめられた時、この戦車が出て来たら頼もしいだろうなと思いました。

つい長くなってしまい、申し訳ありません。。

★ ラヴァ さん


早々の御登場ありがとうございます。

>九五式

そうですか、ラヴァさんの評価を伺いなるほどな…と納得出来ました。

近年、CG技術の発達には感心するばかりではありますが 仮にハリボテであったとしても再現車両が動く姿を見るといろんな意味で嬉しくなります。

たしかに塗装には私も「?」とは感じました。

けれども、大物俳優とか呼ばれて悦に入っている大根役者に高いギャラを払うぐらいなら、1両でいいからこの戦車の様にモノに金をかけて欲しい… まともな九五式の姿をアメリカ製ではなく日本製で私は見たい そう願うばかりです。


>『五人の突撃隊』

調べたところ DVDが発売されているんですね

時間はかかりそうですが入手出来そうなので早速発注しました

情報ありがとうございます。


>私信

先日、とある本をようやく読了したんですが その本の翻訳者名、あとがきに記された数人の方々の御尊名を拝し 皆様が御壮健である事が嬉しかったです。

早速、義弟にその事を伝えたところ 相変わらず彼もバタバタしていてその本の存在すら気づけずにいたらしく「早速、入手して読むよ」との事 御関係者の皆様に諸般の事情にてすっかり音信を御無沙汰してしまっている事を残念に申しておりました。


  模型雑誌などで、数ヶ月前から、動く九十五式戦車が見られるということは、知っておりましたが。これほどとは思いませんでした。確かに世間の評価では、ブリキの棺桶だの、豆でっぽうだの悪評高い我が日ノ本の戦車ですが、ちゃんと再現してくれて、”ありがとう”の気分であります。37粍砲を指向されて、海兵隊の精鋭も逃げ腰になる描写は、はっきりいって快哉ものでありました。
 ところで、”とある本”とはなんでありましょうか?気になります。
 

★ ニャ王様 さん

>模型雑誌などで、数ヶ月前から、動く九十五式戦車が見られるということは、知っておりましたが。

へぇ、そうだったんですか…


>まともな九五式の姿をアメリカ製ではなく日本製で私は見たい

全く同感です。
マロリーコレクションの零戦52型も、日本人の所持と操縦でないのが欠点と思っているくらいですから(笑)。
(いろいろな事情は判りつつも、心情的な話です)
CGはやはりCG(絵)ですので、栃林さん位のレベルでないとちょっとアレですし、実際に作った物の魂具合にはかなわないと思っています。

。。と言いつつ、以下のような事情が私を複雑な心情にさせます。
日本にも、かつて九五式軽戦車の実物がありました。
嵐山美術館に屋内展示されていた個体です。
高校修学旅行の自由行動で見た思い出もあります。
後日この展示場が解体してしまい、行き場のなくなったハ号は和歌山県白浜のゼロパークに移管され、潮風を受け野ざらしで展示されます。
展示環境の悪さもあった上またも展示場閉鎖で、英国の戦車博物館からの要望もあった事から英国に引き取られたようです。
(ウィキペディアの「アメリカに寄贈」という情報は間違いでは?と思います)

英国人(や日本以外の欧米人)はこの手の遺産に手厚い事が判っているので、ある意味幸せなのかもなと思ってしまいました。
日本のように引き取り手がなく引きずり回される事もなく、キレイにレストア/保存されるんだろうと。
どこまで経っても、日本では「冷や飯喰らい」なのが口惜しいです。
零戦に関しては河口湖の原田氏(靖国神社に零戦を寄贈)が孤軍奮闘されていますが、戦車となると。。。

ただ、最近民間で戦車博物館を作ろう!というプロジェクトが現れたり、陸自で八九式戦車がレストアさせるなど、日本も状況が変わってきたかな?という展望もあります。
戦車博物館発起人氏のブログです。
http://shachonokobeya.blog71.fc2.com/

陸自のある機種を見る度、義弟さんの事を思い出しています。
こちらこそ、失礼しております。
宜しくお伝え下さい!

★ ラヴァ さん


大正中期から太平洋戦争の終戦に至るまでの間に軍用として開発・製造された車両や艦船、航空機(それらの装備品も)は 明治維新以降、日本という国の独自の技術力や工業力を推し量る上で貴重な品々なんですよね

敗戦により武装解除となって 兵器としての車両や艦船や航空機が処分されるのは判らなくもないし、再び日本が軍事拡張する事を恐れて 民需用といえども、兵器となり得るモノの研究開発に対してGHQが規制をかけた名残がそのままに かつての戦車や飛行機を朽ち果てさせる結果に繋がったのは 戦後間もなくは致し方なかったとはいえ、今となってはどうなの?という思いがします。

実は 北海道では戦後しばらくの間(昭和30年頃までと聞きました)、砲塔など武装を外した95式戦車が冬の間、今で言う所のバス、当時の乗合馬車の馬の代わりにソリのついた客車を引っ張っていたものや改造して除雪車として使用していたものもあったそうで その頃であれば良い状態で残せたんじゃないかと勝手に残念に思うばかりです。


【※注意!!】

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