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2010年08月28日

● ブタネコ的 17年の考察(3)


つい最近、頂戴したコメントを拝読したのがキッカケで思い至った事を記してみる。




あらためて気づくと もう5年も前の事なのだが、『ブタネコ的 17年の考察(2)』という記事を 私はこのクソブログに掲示した。


その記事の中で私が記した事は


「亜紀の骨を撒く場所が 何故、校庭なのか?」


という点に関する私なりの考察のつもりだった。


御参照頂けると判ると思うのだが、その記事の中での私の結論を要約すると


「校舎の建て替えに伴い 思い出の景色(校舎やグランド)が姿を変えてしまうから」


だった。


つい最近、上述の記事にコメントを頂戴したのだが そのコメントを拝読し、自分の記事を読み直していて ふと、「あれ?」と引っ掛かりを覚えたのが そもそも、この記事を記すキッカケとなる。


と言うのは、「校舎の建て替え」というキッカケは 朔が亜紀の骨を撒く…という場所決めのキッカケというよりも そもそもTV版「世界の中心で、愛をさけぶ」の物語が動き出す(始まる)キッカケなのだ。


なんか、もっと骨を撒く場所が校庭である理由が他にもあるんじゃないか?… そんな気持ちが私の中に芽生え なので、本当に久しぶりにDVDを1巻から6巻の特別編まで一気見した。


その結果、「ん?」と感じた事があったので それを以下に記しておこうと思うのだが、先にお断り申し上げておくけど 以下の記述は ともすれば「コジツケ」でもある。


なので、読んだ方がどう思われようが私としては知った事では無い…という点だけは どうか御留意願いたい。




さて…


久しぶりにTV版「世界の中心で、愛をさけぶ」のDVDを1巻から特別編の6巻まで一気見した。


やっぱTV版「世界の中心で、愛をさけぶ」は全く色褪せておらず 今でも私の涙腺は破壊される。


で、最終話の終盤 朔がグランドで亜紀の骨を撒くシーンを見終え 一端、休憩を兼ねてタバコを吸いながら 今回の検討事項である「亜紀の骨を撒く場所が 何故、校庭なのか?」について しばし自問自答したところ、自分でもちょっとビックリしたのだが


「あ、なんでこんなところに気づかなかったんだ?」


と、自分にとって灯台もと暗しみたいな仮説が思い浮かんだ。


けど、その仮説でも なんか自分なりに物足りない。


でも、何が物足りないのか自分でも判らない… そんな気持ちのまま特別編のDVDを見始め「あ~、そっか…」と自分なりには「何が自分の仮説に物足りなかったのか?」が判った様な気になった。


では、順番に説明しよう


まず私は 今までの自分の思考を白紙に戻し、DVDの5巻迄 つまり本編を一気見した。


で、最終話の終盤「ソラノウタ」の部分に今更ながら注目した。


世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ


そう朔の脚は 今では亜紀の脚でもあるのだ。


世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ


ゆえに、上のシーンでは亜紀が走りたかったであろう場所を朔が走る事で 亜紀にもう一度走らせてやろう…という解釈も成り立ち得る。


世界の中心で、愛をさけぶ


そう考えると上の画なんかは まさにそれそのものを表しているとさえ思える。


でもね、私が今回注目したのは その直後の


世界の中心で、愛をさけぶ


上のカットだ。


なんで、朔は右手を上に広げて走っているのだろう?


おそらく上のシーンを見て「亜紀の骨をソラに撒いた」なんて解釈もアリなのかもしれないが、私はこのシーンに別の事を思った。


今回、私はこのシーンを見て


「朔は、亜紀の骨を撒くと同時に もう一度、亜紀を走らせたやりたかったんじゃないか?」と。


で、「もう一度走らせてやりたかった場所が 高校のグランドだった」んじゃないか?とも。


ね? 灯台もと暗しでしょ?


そんなの今更ブタネコ如きに言われずとも そう理解していたよ…という蔑みの声が聞こえてくる。(苦笑)


でもね、その仮説に関して 私はなんか物足りなさも感じたのだ。


「それだけじゃ無ぇよなぁ… 堤幸彦の仕掛けはそんなに単純で甘くも無ぇよなぁ…」と。




さてさて…


何が物足りないのか判らないまま 私はDVDの第6巻である「特別編」を観た。


世界の中心で、愛をさけぶ


ちなみに この「特別編」とはオンエアー時 最終話を放送した翌週に「特別編」として放送された総集編+αであり、DVD-BOXが発売された時に特典DISKとして他の特典映像も含めて同梱されたもので 私の知る限り、まともなレンタル店ではこの6巻目を借りれる所は無い。


今となってはDVD-BOXを買った者だけが味わえる真の意味での「特典」だ。


ゆえに、そんなものまで持ち出して考察するのは卑怯だ…等と御批判を頂くのかもしれないが、そんなのには「お構いなく」とだけ言っておく。


さてさてさて…


この「特別編」を「総集編+α」と評する そのαとは、本編映像には無いいくつかのシーンを指す。


例えば、


世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

「卒業式」のシーンであり、


世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

「校庭を走り終えた朔と谷田部先生の会話」だ。


でね、この特別編の冒頭に こんな谷田部先生のモノローグがある。


世界の中心で、愛をさけぶ


世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ


 そして、少年(朔)は いまだに彼女の死から卒業していない

 一つの恋を卒業するのに17年という月日は 長かったのだろうか 短かったのだろうか


そう、キーワードは「卒業」なのだ。


世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ


朔は卒業式に出席せず、大学進学へと街を離れてしまった…という流れに つい、「卒業」=「朔欠席」と思い「17年からの卒業」という意味をおざなりにしてしまっていたんだな。


「松本君、お元気ですか?

 実は今度、君たちが通った校舎が取り壊されることになりました。

 最後に見に来ませんか?

 あれから もう17年が経ちました。

 まだ帰って来れませんか?」


第1話の冒頭に登場する谷田部先生からの葉書の言葉には ここにも仕掛けがあったのだが…


世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ


というシーンの印象が「朔は卒業式に出席していない」って事ばかりに目がいってしまい


「亜紀の骨を撒く」-->「亜紀の死からの卒業」


という部分に気づけていなかったんだな私は。


世界の中心で、愛をさけぶ

世界の中心で、愛をさけぶ


「朔に卒業証書を渡す」は「ちゃんと高校を卒業した」だけでは無いのだ。


「亜紀の死」から卒業出来た朔への「卒業証書」でもあるのだ。


そう気づいた時、「亜紀の骨を撒く場所が 何故、校庭なのか?」は


「亜紀がもう一度走りたい所」=「学校のグランド」を走る事で 亜紀を満足させつつ、自分も亜紀の死から卒業しようと考えた事であり、「卒業」といえば やはり「学校」じゃなければダメなんだよね。


世界の中心で、愛をさけぶ


「俺は亜紀を一度もちゃんと送ってないんです」


…という この時の現代朔の台詞には


「俺も、亜紀も まだちゃんと卒業出来ていないんです」


…って意味もあったのか…と、あらためて感じ勝手に解釈した次第だ。


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コメント

う。するどいです。
ありがとうございます。

17年持ち続けて、託したモノが、アキの骨とソラノウタの2つだと思っていたので
DVDを買って観て もうひとつ、卒業証書があるのかー と感動しました。
(ソラノウタ以上に、先生が持ち続けた意味を考えさせられました。)


小生は、他にはほとんどテレビドラマを観ていませんが、
テレビドラマってこんなにも完成度が高いモノなんでしょうか?

ほほぅ、これは・・・

「自分が走ることで亜紀を走らせてやる」・・・これはかなりしっくりきました。

そうですねぇ、そこまで考えてなかったなぁ。私もセカチュー研究家としてまだまだですね。やられました。まだ新解釈がありましたね。


が、一番やられたのは、やはり亜紀の走る姿だなぁ。

こんな、現代サクとかぶった画像でも涙腺がマズイことになる。


やはりこのネタだと簡単に記事が長くなりますね。

そこまでさせるだけの映画、ドラマの何と少ないことか。このドラマのせいでハードルが上がった事もあるでしょうが、それだけじゃない気も。

どもども。
しっかりと読ませていただきました。
同感、なんとなく、ぼんやりと同じようなことを考えていた、って感じです。
ブタネコさんのように文字にすると改めて、色々な角度から、見れますよね。

ほんと、凄いドラマでした。

ボクも、見たいのだけど、、、、AH症候群から未だ「卒業」出来ず、見るのが怖いのです。

★ 新宿の働かない社長 さん


>小生は、他にはほとんどテレビドラマを観ていませんが、
>テレビドラマってこんなにも完成度が高いモノなんでしょうか?


このTV版は奇跡です。 比較の対象には出来ないと私は思っています。

「あ~、良いモノを観た」と感じさせてくれるドラマは年に1本あるか無いかかなぁ…

ですが、年々 クォリティは下がっているとも感じております。


★ うごるあ さん


>やはりこのネタだと簡単に記事が長くなりますね。


「うるせぇよ」と言いたい所ですが 事実ですから仕方が無い(苦笑)

8月の初旬から夏バテ状態でして 御存じの通り、その間の記事は手抜きでしたから

そろそろ、まともな記事を掲示しなくちゃな…と 思っていたところでもありました


★ TomokunMac さん


ども、今日は


>AH症候群から未だ「卒業」出来ず


良いんじゃないですか? 一生、留年で


どこぞのアホなんか「あけおめ^^;」のまま停学中ですから


【※注意!!】

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