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2010年05月02日

● 虹と雪のバラ-ド


記憶に残る一曲と言えば…




【この記事は2005年1月20日に掲示したものを 今回、リメイクし掲示し直すものです。】




まず最初に浮かぶのは トワ・エ・モア「虹と雪のバラ-ド」である。


札幌オリンピックの時に 一般からテ-マ曲を募集して選ばれた曲だ。


何故、その曲を トワ・エ・モアが歌ったのか… そのウンチクは知らないが、札幌っ子を自負する私としては テ-マ・ソングみたいな曲だ。


この曲を聴くと ジャンプの表彰台に3本の日の丸が上がった事や ジャネット・リンが尻餅をついても笑っていたのを思い出す。


選手村となった真駒内は 自宅から目と鼻の先だし、オリンピックのメイン会場となった屋内・屋外競技場がある真駒内公園は 格好の散歩コ-スでもある。


オリンピックを契機に 札幌は都会の仲間入りをした。


急激に人口は増え、リトル・ト-キョ-化した事は間違いない。


市街地も もともと土地だけは広い街だったが 郊外の泥炭地や タマネギ畑やリンゴ園が 今では信じられないぐらいに住宅が建ち並び、昔の面影は一切無い。


湧き水みたいな小川でありながら トゲ魚やサンショウウオがいた川もコンクリ-トで固められた排水溝になってしまい、アイヌネギ(ギョウジャニンニク)やマイタケが採れた山裾も宅地化されてしまった。


一見すれば 発展を続ける街…と言う事なのだろうけど タクシ-に乗ると、運転手が10にいれば8人は 聞きもしないのに「不景気で…」とボヤく街に成り下がった。


自分の育った街を否定したくは無いが 盛んにラジオから「虹と雪のバラ-ド」が流れていた頃を思い出してみたい。


今よりも こぢんまりした街だったけど、活気だけは日本一だった。


久しぶりに有線放送から流れた「虹と雪のバラ-ド」は 札幌の原点を思い出す上でも 我が街の曲だった。




…というのが、2005年1月20日に私が掲示した記事。


たまたま、ブログのメンテナンスをしていて この記事を作業していてなんか無性に聴きたくなり音源を探して聴いてみた。



やっぱり、この曲はこの時代を札幌で育った人間には特別な意味のある曲だと思った。


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コメント

はい 今でもこの曲を聴くと涙が流れます。

★ きーマン さん

ですよね。^^

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