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2010年03月02日

● 雑感(3月2日)


このところの個人感を書き殴ってみる。^^;




まず、バンクーバー・オリンピック


開会式から、今朝の閉会式まで 時間が許す限りずっと見続けてきた。


このブログの古い記事を御存じの方ならば御想像いただけると思うが、私は冬季オリンピックの女子のカーリングとアイスホッケーが大好きなのだ。


で、おそらくは多くの人が感じている事だと思うのだが 女子モーグル、ジャンプ、そしてフィギュア もしかしたらメダルが獲れるかもしれない…という競技の報道の過熱ぶりには 毎度の事ながら本当にウンザリする。


メダルが獲れようが獲れまいがどうでも良いじゃない。


仮に獲れたとしても それが何色のメダルかなんてどうでもいいじゃない。


メディアが視聴者の代理と称して期待という名のプレッシャーをかける姿には いつも吐き気すら覚える。


しかも、4年に一度のショーとして 民放各局が趣向をこらすのも理解は出来るが、J系のアンチャンを司会者のメインに据えて語らせるのは J系のファンじゃない身としては時に苦痛ですらある。


私は純粋に競技の模様を楽しみたいのであって 必要以上に(しかも時には無意味とすら思える)応援なんぞは雑音でしか無い。


例えば、今回の女子カーリングは結果はともかく とても興味深かったのはアナウンサーと解説者のコンビネーションの悪さ 特に解説の暴走とも思えるブツブツは耳障りで仕方が無かったな。^^


選手が良い結果を出した時に いち視聴者と同じ様に「やった!」とか「ナイス!」と叫び喜ぶのは構わないし それはそれで良いと思う。


しかしながら、選手が組み立てる戦略と 解説者が思い描いた戦略が違った時の彼の反応や言動は すこぶる耳障りでしかなかったと、いちファンとして抗議の意味を込めて記しておきたい。




さて、閉会式が終わり メディアの論じる事はいつもの如くメダルの数がどうこうという事。


数日前、なにかの番組に石原都知事が出演していて「オリンピックに出場する選手は 国を背負って出る気構えが必要…」なんて事を言っていたが 今の日本という国が選手に国を背負わせる資格があるのかね?


もし背負えと言うのであれば育成費なり強化費用なり 練習環境の改善や充実など、せめて口よりも先にもっとちゃんと金を出せと言いたいし、メダルが獲れる云々ではなく それぞれの競技に公平な注目を喚起せよと私は思う。


というのは、例えばリユージュやボブスレーやバイアスロンの様な競技の練習環境や支援


長野オリンピックが数年後に開催…みたいな頃は それなりに強化育成なんて言っていた様ではあるが、国内開催が終わった途端 結局は選手が所属する会社や、それぞれの競技団体による補助ぐらいのものでメディアなどは殆ど関心すら示さない。


日頃から 選手の生活を保障し、練習に専念できる環境を国が用意してこそ はじめて「国の代表」として国家を背負わせられるんじゃないのかな?


にも関わらず、「国民(視聴者)がアナタに期待して注目してますよ」なんて いざオリンピックが開幕した途端「昔から応援していたんですよ」みたいなノリでインタビューしているメディアの様はどうにも呆れるばかり。


例えば、あるスケートの代表選手の場合 練習費用など年間に約1000万かかる費用を従業員が10数人の木材会社がスポンサーになって負担しているという実例がある。


そんな彼に渡される補助は100万円。


言い方は悪いが、もしその代表選手が誰かの為に滑るとすれば それは国の為とか国民の為じゃない。


日頃から彼を支えた人達の為に滑る以外の何物でも無いのは明白だよね。


実際にそれだけ援助をしている人(会社)ならば「メダルを取って来いや」と選手に言ってもバチはあたらないだろうが、実際にはそういう人達こそはメダルがどうこうなんか はなから問題にしておらず、選手を応援する事で ともすれば自分も競技に参加している…という部分の方に気持ちをおいている。


本来、応援というのは そういう姿こそ有るべき姿なんだと私は思うのだ。


言い換えれば 一銭も出さず、普段は何の関心も示さない癖に「オリンピックだから」とTVで初めて見た様な無責任な連中が メディアの「メダルが」放送にそのまま乗っかって騒ぐだけなのを見ると 選手達もさることながら、ずっとその選手を支えている人達をまるっきり無視しているようで不愉快になる。




さて…


トヨタがリコール問題で叩かれているようだが、この件に関して 私は個人的に不思議に感じている事がある。


誤解されたくないので明記しておくけど 私はトヨタの弁護や擁護をするつもりは無い。


むしろ、トヨタという自動車会社の現在には個人的にいくつも不満を抱えてさえいる。


その上で、今回の騒動を眺めていて「あれれ?」っていろんな意味で感じる事があるんだという事を述べたいだけだ。


思うに、車に限らず電気製品なんかも含めて 昨今の日本のメーカーって根本が違っちゃっている様に思えるし、ユーザーである購入者も 何かがおかしい。


車やパソコンを例に挙げれば 何故、決まった様なサイクルで新製品が登場するのだろう?


たしかに、「新開発された新機能」とやらが搭載され それまでの車やパソコンより「何か」が新しくなっている。


その為に、ユーザーは新型が登場する度に買い換えを求められるわけだが… 黙って眺めていると 旧型に新機能を盛り込む改造…みたいなサービスって 殆どの商品には無く、それなりに技術や知識があれば 部分的にパーツを交換して…なんて事をする人はいるけれども


「買い換えちゃった方が安いし 手っ取り早いですよ」


って事で殆どの場合 終わってしまう。


これを消費型社会と呼ぶのであれば 本当にそんなんで良いのか?って疑問を感じるんだな。


たしかに、メーカーは製品が売れなければ経営が成り立たない。


製品を売る為には「新機能」や「画期的な機能」を搭載した新商品の開発は必要なのだろう


でもね、カタログスペックばかりに夢中になって では、その新機能とやらを充分に活用している商品なのか? それを使いこなしているユーザーばかりなのか?


アメリカの公聴会でトヨタはいろんな事を言われ、それを日本のメディアは小賢しげに論じているけれども、私はメーカーとして自社の製品に対する誇りや愛情の無さが一番問題なんじゃないの?と言いたいのだけど メディアでそれを言う人はまだ見聞していない。


例えば、プリウスという車が画期的な新機能の搭載された素晴らしい車…なのかどうかはメーカーの自負よりもユーザーの評価で決まる事。


「乗りやすい」「安全」「低燃費」…


カタログスペックで どんな数字になっていようとも 乱暴なドライバーにかかれば「安全」とは言えないし 下手くそなドライバーに「乗りやすい」って言われても「どういう風に?」と問い詰めたい 「低燃費」にしても「信号の多い街中ばかり」を走っているのと巡航速度で郊外を走るのとでは数字は全く変わる。


つまり、同じ車であっても ユーザーの使用状況によって評価は変わる。


これを言い換えれば ユーザーの評価こそメーカーは何よりも重視すべき事で、そこから改善点や改良点を見つけ出し より良い車へと変わっていけるんじゃないのかな?


ところが、どうも昨今の日本のメーカーはそうじゃない。


新機種は電気製品であれば半年 車なら数年の後に新型が出るまで ただ売り放すだけで、その製品がどう評価されているのかには興味が無い 単純に「売れたか否か?」の結果数字しか見てないんだな


新しいモノが出たら飛びつく様に買い換えるよりも 私はじっくりと腰を据えて作られた商品を 発売されて以降、少しづつ改良された状態で使い続けていく事の方が性に合っていると感じる。


最近は殆どおざなりの様になってしまったみたいだけど 昔、新車を購入したらメーカーによっては1500kmとか3000km乗った時点か、新車購入後1ヶ月だったか3ヶ月だったかで新車点検なるものがアフターサービスにあり、ブレーキやハンドルの遊びや固さの調整なんかをしたものだ。


要は新車といっても それが完璧な状態とは保障されたわけではなく、多少乗った上で違和感みたいなモノを感じた部分やプロの整備士が必要と認めた部分に微調整等を施し より完全を期するというものだ。


たしかに、工場から出荷されて購入者に納品された段階で出来るだけ完全でなくちゃいけないし、昔と違って 今は工場出荷時に相当な検査を施されている…なんて事で すっかりおざなりになってしまっている。


でもね、例えば私の身の回りで言うと デジタル一眼レフカメラ、パソコン、パソコンのOSなんて「新製品を発売開始直後に買うのはアホ」という考え方が 多くのユーザーに定着している事実がある。


つまり、「初期不良」と呼ばれる不具合がそれらには必ず発生した過去があり 発売後1・2ヶ月後にはバージョンアップという名で不具合が修正されるケースが 言わば「当たり前」になっているのだ。


「メーカーへの信頼」と言えばいろんな意味で聞こえは良いが 今の日本のメーカーにどれだけ信頼が出来るのか? 「初期不良」が「当たり前」だと思っているユーザーのその本音の部分をメーカーがどれだけ考慮しているのか?こそが問われるべき問題なんじゃないか?と。


そもそもリコールってのは 大きな欠陥に気づかずに製品を販売してしまったメーカーが、その欠陥に気づいた時点で無償でユーザーに対して回収なり改修を行うもの…なんてイメージなわけだけど…


たしかに道義的に欠陥商品を売るのは怒られるべきとは思うけど、事実の察知から速やかにリコールをメーカーが宣言する事を褒める必要は無いけれども、ボロクソに批判するばかりってのは違うんじゃないのかな?


リコールが生じた時点で「重大な欠陥に気づかず販売した」という事を責める気持ちは理解出来るが、そこに「事実の隠蔽」ではなく「早急に改善しようとする真摯さ」があれば 褒める必要は無いけれど、責めるのではなく そういう姿勢を奨励する姿勢がユーザ側にもあるべきなんじゃないのかな? なんてね。


まぁ、リコールには費用がかかるし イメージダウンもメーカーにとっては好ましくない。


ゆえに、何らかの別な故障などで修理依頼が持ち込まれた時に それらの修理・調整とあわせて欠陥の改修も…なんて気持ちを今の日本のメーカーは当たり前の感覚にしてしまっている事が真の意味での潜在的な欠陥であり、「重大な欠陥に気づいていたにも関わらず販売し続けた」と より怒りを込めて批判されるんだけどね。


ただね、機械が常に完全だとは思っちゃイケナイのが安全意識というもの。


今回のリコールに関して 問題が表面化する前に購入者のどれだけが事前にディラー等に問い合わせや点検要求をしていたのか? 私はそこも気になる。


報道によれば「それによる事故で@@人が死傷した」とか「(全米では)百数十件の問い合わせがあった」と言うけど 問題になっているプリウス等の販売数って数万台なわけで それに対する百数十件という数字が はたして多いのか?少ないのか?


不具合が原因で死傷した人がいる… それが例え一人であったとしても 重要な問題として対応されるべきとは思うけれども、それほどの不具合をどれだけのユーザーが事前に違和感などとして問い合わせていたのか? 数万台のユーザーのうちの百数十件というパーセンテージが なんかしっくりとこないんだよね。


トヨタが不具合を認めリコールを宣言した事で「欠陥を隠してんじゃねぇよ」と怒る人が生じたのは理解が出来るが、リコール宣言以前に違和感を抱いていもせずに「騙された」みたいな怒り方をしている人の多さに「あれ?」なんて私は思うのだ。


でね、ここまで記したような事を述べると


「だって、俺はトヨタがそんな会社だとは思わず信頼していたんだ」


なんて反論する人が少なからずおり、


「その信頼をトヨタは裏切りやがった」


って怒るんだ。


「本当に 元々信頼していたの?」


 そう、私が今回の報道を眺めていて一番強く感じる違和感がそこなのかもしれないな。^^




さてさて… ついでに、もうひとつ 昨日の津波予報に関しての私見も記しておこうと思う。


というのは、今日の夕方 ニュースを見ていたら気象庁が昨日の津波予報に関して謝罪していたからだ。


要するに、日本各地への津波が到着する時間が 予報と実際の到着にズレがあった事。


3m以上の「大津波」が来る可能性が高いと予報したが 実際には1m数十cmだった事。


それらを気象庁が「津波予測が結果的に少し過大だった」と謝罪したそうな。


誰がどんな批判を気象庁に対して行っているのか不明だが 詫びる必要は無いんじゃないの?と、私は思う。


火山活動や地震や津波に対して 現在は高い精度で予知・予測する事は無理な事は誰もが知っている事。


研究者や気象庁などが取り組んでいるのは 過去の統計事例を基に「最悪」な結果を想定して「~の可能性がある」と告げているだけとも言えるのだ。


例えば、


「津波は @@地区に早ければ13時頃 最大で1mぐらいのが来る可能性があります」


という予報が流された場合 人はどう考え、どう行動するか考えてみるといい


「そっか、13時まで まだ@時間あるからそれまでに…」


と、「13時以前には絶対に来ない」みたいに思い込んだりしないか?


同時に 今回いくつかの場所が1m20位の潮位を計測したそうだが そういうところであれば


「1m20で この辺までが濡れた程度だったから… 1mなら、まぁ知れてるよね」


みたいに、勝手に思い込まないか?


「最悪」な結果を想定して「~の可能性がある」と告げるのだから 少しぐらいオーバーな方が安全の為と受け止めるべきなんじゃなかろうか?と 私は思う。


でね、TVのどのチャンネルでも津波に関して報じている中で よく「東京マラソン」を開催していたもんだね。^^;


関係者や もし、被害者になったかもしれない方には大変申しわけないが 正直言って、東京マラソンの開催中に東京湾に それなりの高波が到来して欲しかったと私はTVを見ていて切に願ったよ。


鉄道などが津波予報により運行を見合わせて 特に「大津波警報」が出ている地域の人達は批難したり、防災等の関係者はともすれば身体を張って対処しようと準備している中 呑気にマラソンってのは 首都圏だから特別なのか?と。


かたや非常事態宣言下みたいな状況で鉄道の駅や避難所で不安や不満に耐えている人々の目に TVでは呑気に「東京マラソン」… お判り頂けるだろうか? この精神的なギャップを。


結果論で言えば 無事に東京マラソンを挙行できて良かったね…みたいな話なのかもしれないが もし今回の事で気象庁が非難を浴びるのであれば、私は 東京都などはそれ以上の非難を浴びるべきだと思う。




【追記】


少し前、いつものようにPS3のオンラインゲームを興じようと思ってログインしてみたら え?って思うぐらいにログインしている友人が少ない


なんだこれ?と思っていたら 世界中でPS3のシステム障害が発生しているらしく 旧型PS3においては 下手すると大惨事になりかねない状況が生じているのね


とりあえず、今のところ 新型PS3は問題が発生していないみたいだけど 大規模なSONYタイマーの発動かと ネット上で騒ぎになっている。^^;


状況は不明のまま断片的な情報がいくつか飛び交っているが 対処法としては旧型PS3は状況が収拾するまで電源を入れず、立ち上げないでおくこと… を、薦めている。




【追々記 3月3日】


PS3のトラブルは 表面上解決した事になっている。


報道によると うるう年の計算バグが原因との事だが、元SEだった私の認識では 発生した障害のいくつかには「うるう年」なんか全く因果関係になり得ない障害があり、今回の障害が根本的に解決したとは理解出来ていない… と言う事を明記しておく。


お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

いつも楽しく拝見しております。
特にブタネコさんの雑感をはじめ、身の周りのこと等、
「なるほど!」と感心したり、思わず「プッ」と笑ったり、
「ジ〜ン」と感動したり、いろいろと楽しませていただいております。

しかし、今の世の中、作る側にも、売る側にも、買う側にも、
“人のスキル”というのが置き去りにされているように思います。
誰にでも簡単に扱えるように道具を進化させていくのはいいのですが、
それを過剰にやりすぎると、人が直接関わる部分がなくなってしまい、
このままでは人間のスキルのほうが退化してしまうような気がします。

もっと世の中の人はブタネコさんのブログを見るべきです(笑)。
冗談ではなく、本当にそう思う今日この頃です...

★ ten さん

お褒めの言葉ありがとうございます。^^

>“人のスキル”

ですよねぇ…


今年で三年連続フルマラソンに参加してます
今日、参加予定だった大会が強風波浪警報発令のため中止になりました

残念ではありますが賢明な判断だったと思います

★ さんばるばり さん

なるほど

【※注意!!】

この記事は『ブタネコのトラウマ』の倉庫に保管されている記事なのでコメントの投稿は出来ません。 2015年2月10日以降 このクソブログは『ブタネコのトラウマ・リニューアル版』に移転しましたので新規記事更新及び、過去記事へのコメントの受付もそちらで行っておりますので お手数ですが、そちらへの移動をお願い申し上げます。