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2010年03月05日

● 女の子ものがたり


映画「女の子ものがたり」のDVDを入手したので観た。^^




女の子ものがたり


この映画に関しては


女の子ものがたり

「大後寿々花」と


女の子ものがたり

「高山侑子」が出演している事しか事前に情報を持っていなかった。


女の子ものがたり女の子ものがたり

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見終えた感想なのだが…


う~ん、久しぶりに いろいろと考えさせられる事があったなぁ。


先に結論を言えば この映画「女の子ものがたり」は秀逸な作品だと私は思う。


で、その感想を述べるにあたり あくまでも私の個人感としてのマイナスポイントを先に述べると


女の子ものがたり

主人公である女の子の大人を「深津絵里」が演じて 学生時代を「大後寿々花」が演じる…


「深津絵里」は嫌いじゃないし、深津絵里が演じた大人時代の映像もけっして出来は悪くない。


というか、深津絵里が今までの彼女の出演作の中のいくつかで見せたポヤ~ッとした感じの女性像の良い面が効果的に発揮されていたとは思う。


けれども、その「ポヤ~ッとした感じ」は深津絵里独特のもので 「大後寿々花」に限らず、誰が学生時代を演じたとしても 回想シーンの女の子とその現在の女の子を演じる深津絵里とは整合しない。


それと、「大後寿々花」だが…


女の子ものがたり


女の子ものがたり


子役から見ているので ちょうど今時期が生物的に成長過程中で「大人」と「子供」の狭間なのであろう事は当たり前とも言えるのだが、上の二枚のキャプを見比べた時に ちょっとした違和感を この映画を見ていて覚えたんだな。


というのは、制服姿の時は表情や容姿が「大人っぽい」のに対して 下のキャプの様に結婚式に出席してドレスアップ…なシーンなのに こちらは「子供っぽい」


この年代特有のアンバランスさを醸そうとした結果なのかもしれないが、なんかスッキリしないんだな私は。


例えば


女の子ものがたり

この女の子が産んだ娘が…


女の子ものがたり

この子です… みたいなキャスティングは ベリー・グッドで、たったそれだけで泣ける要素が増したのだ。


「深津絵里」も「大後寿々花」も どちらもそれぞれの出演パートでは秀逸な演技を見せたと充分に感じている。


けれども、それが一人の女性の現代と回想とはマッチングし難い…


その点が この映画「女の子ものがたり」の最大の欠陥だと私は思う。




さて、個人的に「良かった」と思う点について述べると…


女の子ものがたり女の子ものがたり

「波瑠」という女優さんの演技に「持っていかれた」^^


なので彼女の出演歴を調べてみたら ずいぶんといろんな映画やドラマで今までに彼女を見ていた事に気づいたが、リストのそれぞれを見ていて「あぁ~ あの@@な子か」と私が思い出せたのは ほんの少し。


それが今回は「持っていかれた」^^


この持っていかれ方は ともすれば心地良い。




次に、


女の子ものがたり

上の防波堤のシーン


「何も見ないで、何も聞かないで 知ろうとしない事は とっても恥ずかしい事でしょ」


と主人公の女の子は語り、他の二人とは意識の違いが明白となる。


でもね…


「見る必要も、聞く必要も、知ろうとする必要なんか全く無い事も 世の中には沢山ある。」


私は 主人公の女の子の台詞を聞いた瞬間に 正直言って、そう反論してみたい衝動にかられたのだが、やはり同じ事を感じた人はおられる様で いくつかの映画評サイト等を眺めていたら その台詞が「その街からの脱却」と判断した人や その見解の相違が友達からの「この街から出て行け」に繋がった…という解釈を述べる人がいたからね。


ただ、それらの人達の中に「田舎生活の中だからこその意識」で 私が反論したいと感じた事は「都会生活者」の認識と区分けしている人がいたけれど それは部分的には頷けつつも ちょっと違うと思うんだな。


私には「精神年齢の違い」もしくは「悟り方」の違いの方に感じるのだ。


どっちが大人か?とか どっちが悟っているのか? そんな論じ方をしても仕方が無いんだけどね…


構成的には幼少時代に貧乏を理由に虐められた… にも関わらず、貧乏とは感じられない綺麗さが それを阻害しており、巧く実感させられてないのだが 虐められた事により独特の「悟り」みたいなものが心にあったり、克服なり自己納得なりの結果が精神年齢の違いになった…って感じだろうか。


そういう意味では


女の子ものがたり


設定上では同年齢だが、醸す雰囲気の違い…には成功しているのではなかろうか。




で、ちょっと個人的に この映画で「あれ?」と思った事なのだが…


この映画の映像内に 二つ「橋」が登場する。


女の子ものがたり


女の子ものがたり


まず、上のキャプの橋を先に映像内に見た瞬間 私はある映画を見た時の記憶が蘇った。


そして、下のキャプの橋の映像を見た瞬間に そのある映画と巧くは説明出来ないのだが似た匂いの様なモノを感じた。


女の子ものがたり


女の子ものがたり


その「ある映画」とは映画「がんばっていきまっしょい」で この2枚のキャプは私が「女の子ものがたり」の中で橋を見て思いだした場面である。


このように並べると 同じ橋では無いのであろう。


でも、私が感じた似た匂いは…


女の子ものがたり


女の子ものがたり


その答はエンドロールの中にあった。


「愛媛県大洲市」


なるほどなぁ… それだったのか と。


松山や大洲に行きてぇ… そこの空気が吸いてぇ… 心の底からそう思った。


女の子ものがたり


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コメント

ブタネコさん、はじめまして。
こちらのブログには、大好きなドラマ「瑠璃の島」のご縁でたどり着いて以来、時々お邪魔しています。(最近では、尾野真千子さんの記事を拝見して膝を打ちました。)

今夜「女の子ものがたり」を観ました。観ている間だんだん違和感が気になりだして、
現在パートと回想パートが交互に出てストーリーが進むほど違和感は大きくなって、
その点が解消しきれないまま、見終わってしまいました。
「大後寿々花」演じる女の子が、その後どう成長しても「深津絵里」演じる女性にはなるとは思えなくて、
このモヤモヤした違和感が気になっていましたが、こちらの記事を拝見してすっかり解消しました。
良い映画を観たなぁと満足してはいますが、それだけに残念な点でした。

もし、現在パートを他の女優がやるとしたら?と考えたとき、ふと島崎和歌子が思い浮かびました。
先日、某TV局の改編番組で司会しているのを見て思いついたのですが、突拍子もない発想でしょうか。

★ ほし さん

深津絵里はけっして嫌いな女優さんでは無いのですが、この映画を見た時に 記事に記した通り、「う~ん」と感じたんですね

と言うか、少女時代の「大後寿々花」も悪く無いんだけど「波瑠」「高山侑子」と3人並べると バランス的に「う~ん」と感じる部分もあります

その上で、「大後寿々花」から「深津絵里」への変遷には「う~ん」を超えて「無理」が強い。

>もし、現在パートを他の女優がやるとしたら?

私としては「竹内結子」あたりを推したいかな

【※注意!!】

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