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2010年01月21日

● 山崎豊子 考


かなり以前に ある方から個人的にブタネコ的「山崎豊子論」を述べよ…と御要望を頂いていたのだが これがなかなかまとめられずに今日まで遅くなってしまった。^^;




昨今、何故か世間は山崎豊子ブームなんだよね。^^


御多分に漏れず、大凡の主要な著作は私もひと通り読了してはいる。
(読んだのは ほとんど発表直後で最近では無い)


彼女の著作は確かに面白い。


中でも「白い巨塔」は傑作だと思っている。


でもね、あくまでもブタネコの個人的見解で申し上げるが「二つの祖国」あたりから 私は彼女の著作を面白いとは思いつつも絶賛すべき内容とは感じず、むしろ読後にザラザラとした違和感の様なモノも抱いている。


山崎豊子の著作のいくつかには 盗作として問題となったものがあるのは知る人には有名な話であり、実際に それが原因で日本文芸家協会から脱退となった事もある。


ところが、実に不思議なのは 脱退の数年後、彼女は協会に再入会もしている。


普通に考えれば 盗作騒ぎは彼女がその当時主張した様に「秘書が資料を集めた際に起った手違い」が認められたのか?という事だが、現実には その後も数度、別の新たな作品で盗作騒ぎが起きている。


さて… どんなに有能な人物でも 一度盗作騒ぎを起こしてしまうと、再起するのは作家に限らず、作詞家や作曲家においても 言うなればクリエイティブな分野では殆ど無理に近い話なのだが 何故、彼女は健在なのであろう?


それに関して ある仮説を唱える人が数多いる。


それらの人々の共通した主張に「山崎豊子の本は売れるから 出版社が庇っている」と。


その辺が事実か否かは 私には判らない。


けれども、私自身が彼女の著作に感じている違和感・不快感は「二つの祖国」以降に発表した彼女の著作の殆どには それぞれの主人公のモデルとなった人物がいる…とされ、著作のストーリーには実在する人物や企業・団体が 時には実名で登場する。


でも、彼女の著作はノンフィクションでは無い。


実在する@@さんが この本の主人公のモデルなんです… その上、その著作中に生じ描かれる社会的事件は 多くの人が「あの事件ね」とか「あの会社でしょ?」と察知出来るにも関わらず つまり、フィクションをアイテムに利用して描いたノンフィクション


そういう著作の全てを私は否定するつもりは無い。


が、物事にはなんらかの限度があるんじゃないのか?


そう、それが鼻につきだしてからは 彼女の著作に対して違和感が大きくなる。


で、よくよく落ち着いて考えてみると こういうのもある種の形を変えた盗作なんじゃないの?と。


例えば、「沈まぬ太陽」という著作の主人公は 不撓不屈の精神の持ち主。


実際に、モデルとなった人物がいる。


でも、そのモデルとなった人物は「沈まぬ太陽」の主人公ととても似通った経歴の持ち主だが 決定的に違う事は そのモデルの人物は御巣高山の事故に殆どタッチしていない。


その点に関しては「沈まぬ太陽」という本の御巣高山に関して主人公の美談の様に著述された細かいエピソードは 実際にあったエピソードを基に描かれているが、それらは別個の人物によって個別に生じたエピソードであり 「沈まぬ太陽」の主人公のモデルとなった人物は一切無関係だと言われている。 


私は日本航空という会社が 個人的にいくつかの理由で大嫌いである。


しかしながら、御巣高山の事故の際に日航の社員として誠心誠意勤めていた人物達を悪く言うつもりは微塵もない。


その上、そういった誠心誠意の積み重ねを利用されるばかりか 本当に尊敬すべきか疑念を抱かざる人物であるモデルとなった社員の美談にすり替えられて著述されたとなると 心中を察して余りある。


そんなクソ本や それを原作にした映画で「感動しました」なんて言ってて良いのだろうか?とも。




でね、ひとつの穿った見方で述べるのだが…


よく私は ヒットした原作の人気だけにあやかって 原作のモチーフやティストをないがしろにしたドラマや映画の制作者を批判している。


山崎豊子という人は そんな映像制作者と感性が似通っているんじゃなかろうか?なんて思うのね。


つまり、実在した人物のエピソードや 実際に起きた事件や事故を全て断片的なアイテムとして散りばめ…


それは有名レストランのそれぞれの店の名物料理を少しづつ抜き取り 松花堂弁当のような器だけ立派なモノにちょっとずつ盛り込んで


「新作のオードブルでございます」


と言って さも自分で全て作った…みたいな顔をして客から評判をボッたくる。


そこにオリジナルというモノは実は欠片もないにも関わらず、


「こりゃ美味しい」


と、その料理しか見ない客はありがたがる…みたいな構図だ。


そりゃ美味いはずだよ 基は個別の有名店の名物料理なんだもん。


私は田宮二郎が主演だった「白い巨塔」というドラマも そして原作も当時は面白いと感じていたし、名作だと思っている。


けれども、唐沢寿明が財前を演じた「白い巨塔」に関しては 面白いと感じつつも、名作だとは思っていない。


それは時代の違い…という部分を 唐沢版を制作した連中が気づいていない事。


もし、貴方が興味があって原作やドラマを見直す事があるのなら たった一つ、ある部分だけに注目して見比べていただけるとありがたいのだが…


それは「佐々木庸平」という患者が死に至り 誤診か否かを財前が裁判で問われる…という流れ


佐々木庸平の肺に古い病巣の陰影があり、それを財前は古い病歴の跡と診断する。


唐沢版において 里見助教授はそれに関して財前が術前検査をしなかった事を責める。


でもね、田宮版と原作では感じず 唐沢版の里見にだけ強く感じる反感が私にはある。


「では、佐々木庸平が内科で里見の診察を受けていた時点で 何故、里見はそれに気づかず、検査もしなかったの?」と。


田宮版や原作では その当時の国民健康保険の制度の在り方(レントゲンの撮影枚数など)や CT(原作や田宮版では”断層撮影”と呼んでいる)の精度などにより、里見なりの診断でも そこに結論を断言出来る状態では無かった事は描かれているから 上述した反感は抱かなかったのだが、江口洋介が演じた唐沢版の里見には そういう反感が常に私から離れないのは何故か?


でもね、今となっては そんな事どうでもいいとさえ思っている。


思うに、TVや映画などの制作者って 用いる原作をちゃんと読み込んでいるのか?と疑いたくなる演出や構成で映像を作る事がしばしばあり、それがゆえに映像の駄作具合が際立っている事に気づけずいる事が多い。


山崎豊子だけじゃなく、司馬遼太郎にも言える事だけど 実在の人物や史実、実際にあった誰かによるエピソードを原作の様に用いて それに脚色を混ぜ合わせて、それによって「感動の大作」が描かれるのはいいけれど それによって、本当は公正な人物が悪人にされたり、唾棄すべきクソ野郎がヒーロー扱いされ その結果が後世にあたかも事実の様に語り継がれてしまうのだとしたら そんな「感動の大作」なんて無い方がマシなんじゃないのか?と。


現在、「不毛地帯」というドラマが放送されている。


この「不毛地帯」の原作者も山崎豊子で 唐沢寿明が演じている主人公にもモデルとなった実在の人物…と言われている人がいる。


戦後、シベリアに長い期間抑留された人達がいる。


「不毛地帯」の原作において評価すべき点があるとすれば そのシベリア抑留の部分に日を当てた事。


でも、現在放送されているドラマでは その部分はアッサリとしか描かれていない。


言うなれば、味噌の入っていない味噌汁みたいなもんなんだけど それで本当に面白いの?


山崎豊子は 自分の著作のそんな映像化で満足しておられるの?


まぁ、事実を蔑ろにアイテム利用しかしない山崎豊子に 自分の原作をアイテム利用されたと怒る資格は無いわな^^


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