● バトルロワイアル 再考(1)
2000年に公開された映画「バトルロワイアル」を再見し、あらためて感じた事のうち 今回は演出という部分についてのみ述べてみたい。
2005年9月15日に『バトルロワイアル』という記事を掲示しているので興味のある方は御一読願うとして…
先日、

「情熱大陸」に「栗山千明」が出演しているのを見ていたら…



映画「バトルロワイアル」での話が紹介されていた。
昨年の夏に、塚本高史が「A studio」に出演した際にも



映画「バトルロワイアル」での話が紹介されていた。
そう、「栗山千明」「塚本高史」にとって きっと映画「バトルロワイアル」の出演はその後から今に至るまでの大きなステップだったに違いない。
そして同じ事が

「柴咲コウ」や

「高岡蒼甫」などにも言えると思う。
この「バトルロワイアル」が上映された前後に 深作欣二が出演した番宣番組をTVで見て、その中で『映画は戦場だ 深作欣二in「バトル・ロワイアル」』というDVDの存在を知り、たまたま二度目に見に行った映画館の売店でそれを見つけたので購入した。
で、それを見ていて 深作欣二という人の演出における手法というか考え方を垣間見たんだけど リアクションとか、画面の奥に写り込む役者達の動作にこだわる姿勢などがとても興味深かった。
他の映画や演出家がどうなのかは知らない。
けどね、私は役者じゃないけれど 演技指導する深作欣二の言ってる事は「なるほど」と思う部分が多々で いろんな映画やドラマに出て いろんな演出家に指導されていく中で役者は経験値や技量を上げていくのだなぁ…と思い知った。

例えば、灯台での女子生徒達の銃撃戦は それまで武器とは無縁の中学生の女の子達の戦い方にしては出来すぎ…みたいな批判がある。
たしかに、その点に関しては私も同感。
けど、映画全体をクソ判定するにはあまりにも些末だとも思うし









「安藤政信」と「柴咲コウ」が見せた格闘と その後の「柴咲コウ」の死にっぷり
今までいろんな映画やドラマを見てきたが この「柴咲コウ」の死にっぷりほど見事さは群を抜いていおり、多少の辻褄と映像の迫力を置き換えたと理解も出来る。
要するに、映画を見終えた時に 原作を読んで面白いと感じていた私は いろんな部分が映画化にあたって変えられてはいるけれど、原作のもっていた重要な部分を深作欣二は充分に咀嚼した上での変更だと痛感しており、ともすればそれは改良とさえ言って良いと。
つまり、私が敬愛する横溝正史先生の金田一耕助シリーズを映像化した市川崑監督と この「バトルロワイアル」を制作した深作欣二に共通した良さを感じるんだな。
この「バトルロワイアル」の原作や 映画化された時の諸般の批判については 以前、掲示した記事で既に触れているが、深作欣二は映画公開後 予想以上に映画がヒットした事で「特別編」として いくつかの部分を新たに撮影し再編集したのだが、その時に
「最初の映画を制作する時に 制作費が足りず、撮影したい場面のいくつかをやむを得ずカットしたが
それをどうしても付加したかった」
といった内容の事をインタビューで述べていたのを目にした。
で、新たに「特別編」として再編集した映画を見て その新たな付加がどういう場面かを確認した時、


原作を読み込んでいればこそ 映像内に加味しておきたかったシーンだと 心底、成程なぁ…と唸った。
だから、


そんな深作欣二に演技指導を受けた若手の役者達が その後、どう成長していくのか?
マニアックな楽しみ方かもしれないが それ以来、ずっと眺めてきた。
残念ながら42人のうち 今、それなりの役者として活動している者は多くない。
けれども、それなりになった役者達の殆どに なんとなくだが、この時の深作イズムみたいなものを今でも感じる。
であるがゆえに、深作欣二という監督には 私は心から敬服する。
