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2009年12月01日

● 坂の上の雲 第1回


ドラマ「坂の上の雲」の第1回を見た。




坂の上の雲


某国営放送が準大河ドラマの様に制作しているそうで たしかにスケールがでかい。


民放制作のドラマと違って スポンサーの顔色やタレント事務所の御意向による影響が少ないぶん、ちゃんとした脚本と真っ当な演出家が担当してくれれば こういうスケールの作品は出来が違うなぁ…と思う。


で、内容に関して個人的感想を少し述べておくと…


原作「坂の上の雲」は「秋山好古」「秋山真之」「正岡子規」という三人の若者がメインなのだが、「秋山真之」は日本海海戦勝利の立役者として、「正岡子規」は文人として著名だが、私はその二人に少なからず影響を与えたとされる「秋山好古」という人物をこの小説で知る事が出来たのが最大の収穫だったと思っている。




さて…


これまで、何度か私は司馬遼太郎の悪口を このクソブログで述べてきたが、それに対して多くの反論や御質問を頂戴したものだ。


なので、良い機会だと思うので ブタネコ的「司馬遼太郎 考」をここで述べておこうと思う。


実は、私は当初 司馬遼太郎の小説が大好きだった。


キッカケとなったのは 大河ドラマ「国盗り物語」がとても面白く、その原作を買ってきた父の本を借りて呼んだ事。


「斎藤道三」という武将の存在を初めて知ったのも 信長や、秀吉、家康だけに限らず 明智光秀や丹羽長秀、前田利家、柴田勝家など 織田家の重臣の人間模様を知ったのも 思えば「国盗り物語」に出合った事が全ての発端だった。


その後、自分で言うのもなんだが 同年代の連中と比べて簡単には負けない程の量の歴史小説をむさぼる様に読み 司馬遼太郎の著作も主立ったものは殆ど読んだのだが、この「坂の上の雲」と「殉死」という2作だけは たまたま読んでいなかった。


このブログの他の記事(喫茶「職安」関連)で記した事だが 私は高校時代に、今に至るまで人生上で少なからず影響を受けた人物達と出合ったのだが、その中の1人である「運送屋のN」と呼ばれた人も無類の読書好きで よく読んだ本の感想を語り合った(というか、その都度説教された^^;)のだが 運送屋のNさんはその当時、既に大の司馬遼太郎嫌いを表明していた。


ところがね、「嫌いだ」と言ってるクセにNさんは「司馬遼太郎の本は 一読しておいた方が良い」とも言う。


特に「坂の上の雲」は「いろんな意味で とても重要な一冊だから大事に読め」と。


だから、私は「坂の上の雲」は その当時での司馬遼太郎の主立った他の著作を読んだ一番最後に読もうと思うに至る。


で、「坂の上の雲」を読んだのだが…


最初は「秋山好古」「秋山真之」「正岡子規」という三人とその周囲を描く事で 明治の日本の変遷をドラマチックに知る事が出来、小中高の歴史の教科書において もっとも中身が薄く、しかもともすればいい加減な表記でしかない教科書では知り得なかった近代史に触れられる機会としては最高の書物だと それは今でもそう感じ思っている。


しかし、後半の日露戦争以降の内容に関しては 本を読んだ高校生ながらに


「あれれ?」


と、釈然としない気持ちを抱いた。


で、そんな感想を運送屋のNさんに言うと Nさんが「殉死」というタイトルの やはり司馬遼太郎の未読の一冊を私に「これ読んで どう思うか教えろや」とくれた。


というのは、私が「坂の上の雲」の後半部 日露戦争の件に抱いた違和感は旅順攻略に手間取り多大な戦死者を出した第三軍司令官「乃木希典」を「無能」とこき下ろしていた点(正確には参謀長が無能で それを重用した乃木も無能…という様な論旨だったと思う)である。


「乃木希典」という人が「軍神」と崇められた人だと「坂の上の雲」を読むはるか以前に私は聞いて知っていた。


というのは、私は小学生の時に函館に住んだ事があり、住んでいた自衛隊官舎の側に「乃木神社」というのがあり、そこが「軍神・乃木将軍」を祀った神社だということで聞き覚えていたのだ。


まぁ、「軍神=偉い」なんて発言をしたら 左巻きの連中がまた怒り出すのだろうけど…^^


その当時の私としては「軍神」として神社で祀られた人物を「無能」とこき下ろす司馬遼太郎の記述に 説得力よりも違和感の方を強く覚えたのだ。


で、Nさんから貰った「殉死」を読んで私なりに その違和感の基みたいな部分を理解した。


それは乃木希典が明治天皇崩御の後を追い殉死した事が 後の太平洋戦争における「天皇陛下万歳」に繋がったと司馬遼太郎は目し であるが故に、乃木希典という人物が嫌い…というか個人的な憎悪の対象とも思える認識で記した様に私には思えたからだ。


誤解を招くと嫌なので補足しておくが、私は別な文献などで個人的に知り得た範囲の認識として乃木希典という司令官が智将とは思わないが、凡将か、愚将かなんて論議に参加する気もなく、少なくとも 司馬遼太郎がこき下ろす内容に同感は出来にくい。


結果的に 乃木の殉死が「立派」とされ「軍神」として祀る事で太平洋戦争に至るまでの国民思想に大きな影響を与えた…という論を否定できるものでは無いが 司馬遼太郎の認識は私には度を超えた反感に感じるのだ。


で、今思えば その事が私にとってひとつの契機となったのだ。


つまり、司馬遼太郎の小説は総じて面白い。


けれども、司馬の個人的好嫌で描かれる人物像が 実は大いに違っている可能性がある事を留意しなくてはいけない…と。


例えば、先日 何かの記事で述べたが「関ヶ原」という小説では「石田三成」は高潔な人物として描かれており、であるがゆえに新鮮で面白い。


「飛ぶが如く」で描かれている「坂本龍馬」は奔放な魅力ある人物だが、坂本竜馬を研究している人達かの中には「司馬の描いた竜馬像はフィクションだ」と言う人が実は少なく無い。


運送屋のNさんが 私が貰った「殉死」の感想を述べたのを聞いた時に言ったのは


「いつの間にか 司馬遼太郎が小説で書いた事が あたかもそのまま”歴史”の正しい認識に

 なっちゃってる部分がある… そこに、まず気づく事。


 多くの人は ちゃんとした人が言った事だから…と そのまま鵜呑みにし、いつしかそれが

 さも、自分の意見なんだ…みたいになっちゃう奴がいっぱいいる事にも気づいておく事。


 そして、自分の意見ってのは 自分なりにいろんな話を咀嚼して 自分で考えたものを意見にする事。」


というもの。


他にもいろんな事を運送屋のNさんをはじめ 喫茶「職安」の常連さん達から教わったけど、その教わった中で今でも特に身に染みた事が その話だった。




あ、そうそう…


坂の上の雲

脚本に「野沢尚」の名前があるのを発見した なんだか、感慨深いなぁ…


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コメント

「坂の上の雲」と「殉死」は以前ブタネコさんと同じようなやり取りをしましたけど、ブタネコさんにはそういう背景があったんですね。

確かその時も言ったと思うんですが私は

>司馬遼太郎の認識は私には度を超えた反感に感じるのだ

徳川家康に関してこれを感じるんですよね。

司馬遼太郎は盛んに、やれ家康は陰湿だとか、やれ徳川幕府は暗い印象だとか言うし、それがさも日本人全員の感想であるかのように言ってるけど、私は「そんな印象みんな持ってるかぁ?」と思うんですよね。それが江戸時代からの徳川幕府の洗脳教育のたまものだと言えばそれまでかもしれませんが。

ただ、その「家康憎し」の反動で出来上がったキャラなのか実際そうなのか分かりませんが、今まで「ダメな二代目の象徴」みたいな印象だった豊臣秀頼が「城塞」では根は「あほう」ではない、という意外な人物像で描かれている。それも「関ヶ原」の三成と同じなのかな、なんて思います。


坂本龍馬や斎藤道三、土方歳三などに対する大半の日本人の印象を作り上げたのが司馬遼太郎の小説だ、というのは凄いですよね。

でも小説は小説であってイコール史実ではない、それなのにそれが史実のようにとらえられている、というのはブタネコさんに教わりましたが、恐らくその最たるものがこの「坂の上の雲」なんでしょうね。

私はこのドラマ、旅順をどういう風に描くのかなっていうのが興味あるんですけど、乃木もさることながら伊地知をどう描きますかね。原作でのあまりのこき下ろしっぷりは、「あんまり軍神と崇められている乃木を悪く書くとウルサイからそれを避けるために伊地知を悪者にしたのかな」と邪推したくなるぐらいでしたから。といっても既に多くの人に原作が読まれているので原作を大きく逸脱したりはしないでしょうが。


まあ、なにはともあれこのドラマ、明るいのがすごく良いと思います。横浜で出航を見送るシーンは、ちょっと「ベンハー」辺りの昔の大作映画を思わせるようでした。

★ うごるあ さん

太平洋戦争当時の日本の風土や世情や背景を知ろうとする時、明治維新以降の成り立ちを知る必要がある。

その為には「坂の上の雲」という小説は 一端を垣間見れる書と多くの人から言われる事は理解出来るし、部分的な内容は除いて賛成も出来るんですけどね

私は 時々、不思議に思う事があるんです。

明治維新前後って ほんの一握りの人達だけで物事が動かされた様な気がするんです

でも、そのほんの一握りの人物達って 例えば、大名とか名のある武将ではなく 脱藩浪士だったり、薩摩や長州でも 元はそんなに地位が高かったわけではない家柄の息子とか

二世だのジュニアだのに特典があったり、とらわれない面白い時代だったんじゃないかな?なんてね。^^

司馬遼太郎の作品は基本的には好きですが、「坂の上の雲」は失敗作だと思っています。理由は本来フィクションであるものが途中からはノンフィクション的な書き方になっており,読むほうもそのように読んでしまうからです。おそらく「坂の上の雲」が好きだという人は実際にはノンフィクションとして認識しているのではないかという気がします。

ほかの多くの作品はフィクションとして書かれており,そのように読めます(殉死は未読です)。なのでブタネコさんの指摘は司馬遼太郎の作品全般というより坂の上の雲(およびそれ以降の時代を扱った歴史小説)という作品固有の問題ではないかと思います。

★ Andy さん

>おそらく「坂の上の雲」が好きだという人は実際にはノンフィクションとして認識しているのではないかという気がします。

私もそう思います。

歴史小説の面白さの一つには 実在した人物がどう描かれるか?にあるのも周知の事実

従って、基本はノンフィクションだけど そこに司馬遼太郎的フィクションを加味する事で作品としての味や出来となる…のも事実

私が言いたいのは「司馬大先生は@@と言う人物を ~と描いた」という風に受け止めてれば良いモノを いつのまにか「@@は ~な奴だったんだって」と言い伝わっていく事。

Andyさんには「ほかの多くの作品はフィクション」と読めるだけの見識があったのでしょうけど Andyさんや私以外の人々の多くはどうなんでしょうね?

特に、司馬遼太郎の場合は某国営放送で あたかも歴史の大家として扱われ、彼の史観がノンフィクションであるかの如き番組がシリーズ化されたり… それらの積み重ねが今日 ノンフィクションとフィクションがごちゃ混ぜになった日本史になっていないか?と 私は申し上げたいだけです。

で、もし仮に「坂の上の雲」がノンフィクションとして書かれたのだとすると Andyさん御指摘のように私も「大失敗作」だと思います。

なぜならば 旅順攻略における第三軍の実情は司馬の想像(もしくは こじつけ)であって事実で無い部分が多すぎるからです。

例えば

『旅順攻防戦の真実―乃木司令部は無能ではなかった』 別宮 暖朗 (著)

出版社: PHP研究所  ISBN-10: 4569666051

なんて本が参考になると思います。

>脚本に「野沢尚」の名前があるのを発見した なんだか、感慨深いなぁ…
同感です(TT)

★ meiya さん

ですよね^^

それだけで このドラマがかなり前(数年以上前)から制作に取りかかっていた事が判りますしね。


>多くの人は ちゃんとした人が言った事だから…と そのまま鵜呑みにし、いつしかそれが
さも、自分の意見なんだ…みたいになっちゃう奴がいっぱいいる事にも気づいておく事。
そして、自分の意見ってのは 自分なりにいろんな話を咀嚼して 自分で考えたものを意見にする事

ブタネコさんも御覧になってるかもしれませんが
今年、同じく某国営放送で放送された「白洲次郎」で、授業のレポートを提出した白洲次郎がケンブリッジの教授に

「白州君、君の幻想をくじくつもり毛頭ないが、君の論文は評価に値しない
文体には何ら問題はないが。これは、私の教えたことを繰り返しているだけだ
他人の考えを鵜呑みにしてはいけない
まず、それを否定する、そして、再考することだ
私の求めるのは、模範的な正解ではない
各々のちっぽけな頭で考え抜いたこと、それが学問だ」

とやりこめられるシーンがありました
で、白洲次郎はこの後に

「このことは僕が求めていた事です!」

と返すんですが、このシーンを観て「おぉ~」と思いました

白洲次郎を良く知らないので、詳しい人からすれば不満のある部分もあるのかも知れませんが楽しんで観れました

同じスタッフも参加しているようで「坂の上の雲」も楽しんでいます

★ さんばるばり さん

>白洲次郎

ええ、見ました。

記事にしなかったのは個人的に「お気に入り」の役者が出演していなかったのと 近年、「白洲次郎」に関する書籍が増え 注目を浴びたのはいろんな意味で良い事だとは思っておりますが、どうにも美化しすぎの様な書物が多い為に 少々、うんざりしておりましたので記事にはしませんでした。

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