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2009年12月25日

● ブタネコ的「北の国から」の考察(その6)


今回も「北の国から 92巣立ち」について語ってみようと思う。




北の国から


さて…


何といっても、この「北の国から 92巣立ち」で語り継がれる名シーンのひとつは


北の国から北の国から

北の国から北の国から

北の国から北の国から

北の国から北の国から

北の国から北の国から

北の国から北の国から

北の国から北の国から

北の国から北の国から

北の国から北の国から

北の国から北の国から

北の国から北の国から

北の国から北の国から

北の国から北の国から

北の国から北の国から

北の国から北の国から

北の国から北の国から

北の国から北の国から

北の国から北の国から

北の国から北の国から


「菅原文太」による「誠意って何かね?」のシーンである。


私もね、二人の娘を持つ親父である。


「想像してくれ

 誰にも相談できずに恥をしのんで産婦人科を調べて ひとりで出かけて診察台にのる…」


菅原文太のその台詞を 自分に置き換えて想像した。


たぶん、私なら力の限り復讐するんだろうなぁ…なんてね。


「なぁ? アンタ、誠意って知ってるか?」


債権者が債務者にそう迫る状況を 私は現実の世界で何度も目の当たりにした。


借金取りが 決め台詞の様にこの言葉を用いるのも知っている。


あくまでも私が見知った現実に限って言えば この「誠意」って言葉の解釈は極めて難しい。


例えば、何らかの迷惑をかけた人をA 迷惑をかけられた人をBとする場合。


AがBに対して詫びる仕方に「どれだけの誠意がこもっているか」… 「誠意」って言葉が用いられるのは 多くの場合、そう言う時。


例えば、AがBから仮に1千万と言う額の金を借り 約束の期日まで返せず、後日 なんとかかき集めてBに届けたとする。


その時にBがAに対して


「返せば良いってモンじゃないだろ? 約束を過ぎた(破った)事に対しての誠意はないのか?」


と、怒って言う。


この場合の「誠意」って ハッキリ言って「延滞利息」に見合う金なんだよね。


それが真の意味で「誠意」に該当するか否かはともかくとして、昨今「誠意」って意味合いの言葉を用いる場合の殆どが こんなケースだ。


でもね、もし上述の通り「延滞利息」という事であれば「じゃぁ、いくら払えば良いんですか?」ってな感じである意味、話は早いし理解もしやすい。


問題は 現実的に言って金銭換算できない(出来にくい)損害賠償を求める上で「誠意は?」と詰められる場合なのだ。


以前に、なにかの記事に記した事だが…


私の記憶にある とある人物は、自分が裏書きした手形が不渡りとなった時に その不渡りを受けた相手の会社に行き、手形本来の額面には満たないながらも 彼はその時に直ぐ自分で用意できた現金の殆どを届けて謝罪した。


それが、彼の誠意だったからだ。


しかしながら、不渡りが発生した事で彼の会社は倒産し 他の取引先の殆どが被害を被り債権者となったわけだが、その時には 彼には手持ちの現金が無く、他の債権の殆どには一銭も払う事が出来なかったから、債権整理は余計に紛糾した。


不渡りが生じた直後までの彼は 実に真面目で真摯な人柄だった。


だからこそ、不渡りを与えた相手先に 即座に詫びる事が彼の誠意であり、そうすることで相手からの仕入れを続けさせてもらえれば少なからず商売を続ける事が出来、他の取引先に対する支払いにもなんとか出来る…と考えたわけだが 世の中はそんなに甘くなく、真っ先に先頭切って取り立てに来たのは 彼が足りないながらも現金を届けて詫びた手形の不渡り先であり、その担当者は


「手形の額面を払うのは”当たり前”の事であって、いくらかなりとも届けた…ってのは

 誠意でもなんでもないでしょ? これからあなたがどう対応してくれるのか?が

 本当の誠意ってもんの見せどころじゃないですか」


そう言ったものだ。


ある人に言わせると、事件や事故の加害者は 即座に被害者に対して詫び、真摯に非を認める事が まず最初に示す事ができる”誠意”の基本なのだそうだ。


しかしながら、その”誠意”が被害者に通じるか否かは話は別 そこが難しいところであり、”誠意”という言葉の扱いづらい部分なんだよね。




さて…


あまり気づいていない人が多いみたいなので触れておこうと思うのだが、


北の国から北の国から

北の国から北の国から


正吉が自衛官になって五郎を訪ねて金を渡す…


これもひとつの”誠意”の現れなのだ。


元々、五郎は正吉に払って貰おうとは思っていない。


にも関わらず、正吉は請求されたわけでもないのに 自ら出向いて自分や母親が五郎にかけた迷惑をあらためて詫びようとする…


視聴者は そんな正吉に”誠意”を感じるからこそ感動して貰い泣くんじゃなかろうか?


つまり、この「北の国から 92巣立ち」において「菅原文太」による「誠意って何かね?」のシーンが印象深く感じるのは その前に、「正吉」のシーンがあったればこそと私は思うわけで、であるがゆえに「正吉」のシーンを簡単に扱う事が出来ないのだ。


お駄賃

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コメント

このシーン、難しいですよねぇ・・・・


このとき、五郎がどういった“誠意”を持って文太の所にやってきていれば、文太は満足したのか?
未だにそれがわかりません。

あるいは、どんな誠意を持ってしても、この時の怒りは収まらなかったのだろうとも考えます。

でもこの時、五郎ができる精一杯のことがこれだったわけで、金などあろうはずもない。

大金を積むことが“誠意”だとしたら、金のない人間は誠意を見せることもできないし、逆に大金持ちは気持ちはなくとも“誠意”を見せることができる・・・

僕は金のない側の人間なので、「結局解決策は金か」と思うと切なくなってしまいます・・・。
それが世の中の正義かのかもしれませんが。

ブタネコさんは、文太が言うところの「誠意」とは、具体的にどれくらいのもの(金?)だったと思いますか?

★ yah さん

頂いたコメントへのレスをタイプしているうちに、ちと気が変わったので別記事として1時間後ぐらいに掲示します どうか御容赦の程を…^^

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