● 映画版「重力ピエロ」
映画「重力ピエロ」のDVDを入手したので見た。

このところの私の記事の慣例で言えば…

「小日向文世」と

「吉高由里子」が見たかった… だけ、感想は特に無い。
…なんて記事で終わるのだが 今回は少し、久しぶりに小難しい事を語ってみたいと思う。
伊坂幸太郎の著作は 私なりに感想記事をこのブログに掲示したモノ以外に既読のモノを含めて なかなか面白いと感じている。
同じ様に、「面白い」と感じている人は多く であるがゆえにベストセラーになったり、このところたて続けに映像化されたりもしているのだと思う。
けどね、伊坂幸太郎の著作に関して 私見ではあるが、私はひとつ大いに興味深く感じている点がある。
それは、例えばこの「重力ピエロ」という本を読み「面白かった」と感じた人が10人いたとすると、その10人に「重力ピエロの どこが面白かった?」と聞いた時 まさに「十人十色」の感想が返ってくる点だという事だ。
「描かれた家族の絆に感銘を受けた」
「遺伝の怖さを感じた」
「DNAの構造を 会社や社会に置き換える着眼に感心した」
…等々、似て非なる「十人十色」な「面白かった」がある事だ。
それと、これもあくまでも個人感を叱られるのを覚悟で言えば 以前、別の著作の感想でも述べた事だが 伊坂幸太郎の小説って それが彼の作風なのかもしれないが「手抜き」みたいな部分があり、それが悪い意味で「手抜き」と評価されるのではなく 殆どの場合が「あえて描写しない事で 想像を掻き立てられる」という感じで好意的に評価されていたりする。
その辺が相俟って いろんな感想が入り混じっていながら、「面白かった」という一言で済まされている事が後述する問題に繋がっていると思うのだ。
さて…、これまで私は このブログで「伊坂幸太郎」の著作や それを映像化した映画やドラマの感想をいくつか述べてきた。
参考:『「伊坂幸太郎」カテゴリー』
それらの記事を掲示した後に寄せられた公開・非公開コメントなどを思う時、興味深いのは「伊坂幸太郎」がらみの話題になると妙に小難しい言葉を羅列して語る人の多い事。
試しに、ネット上を検索して伊坂幸太郎の著作や 原作映画などの感想を見て回ると良い。
どれもこれも、不思議と小難しく語る人の多さに 簡単に気づけるはず。^^
同時に、先述した様に それぞれの感想を見比べると、実に多岐に渡る「面白い」がある事も気づけると思う。
言うなれば、伊坂幸太郎の著作って万華鏡みたいなもので みんなが同じ万華鏡を覗いているのに、筒の中に見える世界は それぞれ違って見えてるんだな
ゆえに、伊坂幸太郎の著作を映像化しようとする制作者も もちろん、そんな1人なわけで その制作者に見えた万華鏡を映像化しても 他人がそれで満足するか?といえば そこにはどうしても限界が生じるよね?


「春が2階から落ちてきた」 同じ語りが流れる二つのシーンと

サーカスのピエロを見ながら 父と母が言った言葉…
この映画の制作者は そこに何らかの意味を込めて映像を描いたのだと思うし、ネット上で見かけたいろんな方の感想記事においても その部分を注目している人は実に多い。
実際、原作も まず冒頭にこの
「春が2階から落ちてきた」
という一文で始まっており、その一文で「ん?」と 一気に重力ピエロの世界に読者は引き込まれるから 映像の制作者もそこに重きを置いたのは判らなくも無いが 私は原作の面白さの大きな部分は 父親の存在と思考、そしてラストの兄弟の会話が最大の魅力だと思っているから 映画だけを見た人には そこを映像でちゃんと描いていると思い込んでいる様だけど、原作を読めば重さが全然違う事に簡単に気づけるわけで その上で、もし同じ感想を抱けるのであれば そりゃ良かったね…と言うばかりだ。
