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2009年07月05日

● 私のTV版「世界の中心で、愛をさけぶ」感(その1)


久しぶりに、TV版「世界の中心で、愛をさけぶ」に関して個人感を語ろう…^^




昨夜来、何故かクシャミが出た。


風邪でもひいたのかなぁ…と思って主治医の二代目開業医に言ったら


「テメェ、俺の病院で風邪をひいたって因縁つける気か? おぉ?」


と、怒られる。(ToT)


が、さっきようやく私のクシャミの原因が判明した。^^


原因は虎馬さんの記事のコメント欄だった。


拝読していて つい、内容に赤面する。


本来なら、虎馬さんの記事にレスすべき内容なんだけど長くなったし、内容的にちょうど良いから こちらの記事として掲示しておこうと思うのだが、このブログの最初の頃の記事を御存じの方々には 同じ話の繰り返しになるかと思うので そこは御容赦願いたい。


私にとってTV版「世界の中心で、愛をさけぶ」は格別の存在だが、お恥ずかしい事に私はオンタイムでは見ていない。


ちょうど、その時期にオリンピックの放送があり 私はそっちを夢中になって自室のTVで見ており、時折 飲み物を補充しに台所に行く途中 リビングのTVでTV版「世界の中心で、愛をさけぶ」を物も言わず食い入る様に見つめながら涙ぐむ嫁や二人の娘に


「オマエら、日本人ならオリンピックの表彰台で上る日の丸を見ながら

 一緒に君が代を歌って泣け」


と言い、しばらく口をきいてもらえなかったものだ。^^


で、その年の年末 家中が大晦日前の大掃除をしている時に


「お父さん邪魔だから書斎に独りでこもってて」


と、娘達から言われ 暇潰しに何か見る物は無いかと リビングのビデオラックから無造作に取り出したビデオが TV版「世界の中心で、愛をさけぶ」の最終回の翌週に放送された「特別編」を録画したもので「ま、いっか」と何気に見て 見事に壊れた。


直ぐさま、懇意の新品販売もしているメインは大手レンタルショップの某店長に「DVD無いのか?」と聞くと


「本当は元旦が発売日なんですけど DVD-BOXがもう入荷していて 販売しても良いと言われて…」


店長の台詞を終いまで聞かずに


「持ってこい! 大至急、持ってこい! 持って来ねぇんだったらブッとばしに行くぞコノヤロウ」


今思えば、じゃぁそのまま買いに行け…と 自分でも訳の判らない事を吠えていた。


2004年の年末から正月明けまで DVDのプレイ&リバースで壊れっぱなしの私だった。


原作に関しては いくつかの記事で述べた様に思い入れは全く無く、駄作とすら感じている。


映画版に関してはラストの長澤まさみのモノローグが秀逸で悪くなかったと思っている。


TV版に関しては 6話以降の闘病シーンが「亡き友」の姿を20数年ぶりに思い出し、いろんな意味で自分の人生すら省みさせられ、何度も繰り返して見ているウチに過去だけじゃなく将来の事とか、自分の年頃の二人の娘の事とか とにかくいろんな事を考えさせられた。


特に、高校生という まだ人生なんか始まったばかり…みたいな時期にこの世を去っていった亡き友の心中は察して余りある。


でもねぇ… 亡き友は闘病期間の最初から最後まで同じ歳とは思えない程、達観し悟りを開いていたと 歳を取った今になればなる程、実感する。


高校生という多感な時期だった事もあってか そんな亡き友から学んだ事はその後の私の人生に少なからず糧にさせて貰ったのだが、歳を取るに従い いつしかそれを忘れていた。


セカチュー・オタク(略してセカ・オタ)の多くは「廣瀬亜紀=綾瀬はるか」という図式で物事を考える もちろん、私も同様ではあるのだが、私の場合は 同時に「廣瀬亜紀=”亡き友”」という図式も頭から離れず そこが多分、他のセカ・オタと決定的に異なる部分であり、それがTV版「世界の中心で、愛をさけぶ」に対する思い入れにも微妙に違いとなって現れていると思うのね。


別記事『喫茶「職安」の話』で記した様に 私には悪友が5人いる。


彼等5人も「亡き友」とは因縁浅からぬ仲で 「亡き友」の生き様にそれぞれが「何か」を貰っている。


不思議なんだけどね、そんな5人が それぞれ、何故かTV版「世界の中心で、愛をさけぶ」をオンタイムで見ておらず、だから私はレンタル屋の店長に


「DVD-BOXを5つ仕入れて それぞれに届けろ」


と、命じ 何人かには半分脅す様に「いいから黙って見ろ」と。


5人とも呆気なく壊れた。^^ それも私と同じ様に


他人から見れば 私も含めて六人とも、実にロクでもないオッサンばかりである。


そんな六人が涙を滂沱と溢れさせ 心を洗われ、初心を取り戻したと自覚する… まったく滑稽な話と言えばそれまでなんだけどね。^^;


それだけの内容だったんだと思うからこそ、私は… いや、私達にとって格別な存在なのだと言い切るのだ。




セカチュー症候群の症状を治す事は不可能に近い。


けど、自分の症状を軽くするコツはある。


それは 30代後半以上の年代で「セカチュー? 見た事無ぇよ」と言ってる奴に 脅しつけてでも見せて そいつが壊れていく様を眺める事だ。


が、これには場合によって副作用が伴う。


それは 見せた奴が完璧に壊れると、何かにつけて「亜紀が…」等と言い出し 所構わず遠くを見つめたり、涙ぐんだりする様になり それが実に鬱陶しい。^^




TV版「世界の中心で、愛をさけぶ」で壊れた私は いつしかネットを検索し、自分と似た様に壊れた奴はいないか?…と いつしか探し


その結果、


  ・kuma6663さんの記事カテゴリー

  ・Snowさんのブログ(現在、休止中)

  ・ 南東北のアホ takuちゃんのブログ


という3つのブログを発見する。


それぞれが独自の視点や構成でTV版「世界の中心で、愛をさけぶ」を記しており いろんな意味で考えさせられたり楽しませていただいた。


私はと言えば、自分の記憶とリンクさせた記事を書き連ねていたのだが そんな中で御三方とコメントやメールでやりとりをさせていただくうちに 私なりの考察を述べてみたりする様になる。


手前味噌みたいな話で恐縮だが


  ・「アジサイの丘」に関する考察


という記事がある。


一部、誤解があるようなので解説しておくと この記事の中の考察の多くは 当時、私の友人である某国立大学の理工学部にて研究員をしていた大学院生だったアキバ系若者達である。


彼等がセカチュー談義に花を咲かせていた中で至った考察が『「アジサイの丘」に関する考察』


これを聞いた時、私はいろんな意味で言葉を失い 感動に震えた。


そうか… そういう流れが… と。


同時に それをキッカケにいろんな部分に思いが巡り、別の考察に至った。


その時のアキバ系大学院生達は全員 今では立派に社会に巣立ち、それぞれがメーカー系の技術畑の一線で活躍している。


そんな彼等が卒業旅行に行った地は聖地・松崎で 全員で防波堤に佇み、長い時間 心が洗われたそうだ。


卒業して旅立つ直前の謝恩会にオブザーバーで呼ばれた私は 彼等が目に一杯涙を浮かべながら私の手を握り、


「亜紀のぶんまで 自分、精一杯 生きますから!」


と、別れの挨拶を言う姿に


「いや、亜紀はドラマの…」


と、言うに言えず 開き直って


「おう、頑張るんだぞ!」


と、精一杯の作り笑顔で言ったのが懐かしい。




今だから正直に言うが 最初の頃、私はTV版「世界の中心で、愛をさけぶ」のロケ地に全くと言って良い程興味が無かった。


が、その考えが180度変わったのは


  ・roadraceさんのブログ


と、出合ったから。


氏の松崎の写真を見ていて 本来は単なるロケ地に過ぎない場所が、そんな安易に看過できない場所だと思えてきたのだ。


わたしは かつて愛読している「横溝正史」の金田一耕助シリーズ好きが高じて 舞台となった地を旅するなど、いくつかの小説や映画の場所を巡った事がある。


ロケ地巡りや舞台巡りの旅という物は それはそれで実に楽しいものなのだが、30過ぎて仕事に夢中になっているウチに そんな遊び心を忘れていたのだ


しかも、roadraceさんとの交流の中で そのロケ地が松崎であり、20年以上前に 偶然だが、私自身が松崎を旅していた事を思い出す。


だから、無性に行ってみたくなったのだが その直後、発作を起こし、しばしの静養を余儀なくされる。


考えてみれば その静養期間も私にとっては有意義だったんだな…


例えはちがうかもしれないが、人は高く飛び跳ねる為には深く屈む必要がある。


ゆえに、体調が良くなって ようやくあらためて訪れた松崎は まさに聖地だった。


よく、セカ・オタが集団で松崎に行く話を耳にするが 確かに同好の士が集うのも一興であり、それはそれで楽しい。


しかし、中には松崎を楽しむ事より ただ酒を飲むのが楽しい…みたいな本末転倒なアホがおり、そんなのと同列のセカ・オタと称される事には虫酸が走る。


私は私自身の性格も相俟って 松崎は独りで楽しむ場所だと思っている。


防波堤に座って コーラを飲みながらタバコを吸っているだけで 気づかぬうちに1時間は簡単に過ぎる。


牛原山から町や防波堤を見下ろすだけで やっぱり1時間は簡単に過ぎる。


松崎に住まう方々には 小馬鹿にした様な話しに聞こえるかもしれないが、札幌に住む私にとって 松崎という地は、俗事から離れ 心を無にして自分を省みる事の出来る希有な場所になってしまったんだな…


町中を彷徨い歩き、いろんなところを見て回っていると ヒョコっと朔や亜紀やトモヨが路地から歩いて出てきそうな感覚に襲われる事がある。


まぁ、そんな事を言うと精神的にイカレていると思われるだろうし 残念ながら、私自身 それを否定する事が出来ない。^^;


けどね、そんな感覚に包まれて歩いていると 日頃、気づかなかったり考えようともしなかったいろんな事を いつの間にか歩いている最中に考えている自分に気づき、歩く事の大切さ… そんな簡単な事ですら気づかされる ゆえに松崎を聖地と呼ぶ私の理由なんだな。


                                                (その2に続く)


お駄賃

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コメント

こんばんは。

房総を回って夢島経由で参りました!

昨日、今日と夢島の所からDVDを再度見まして、何だか走りたくなったので
運動不足解消(ポ○リ購入^^)のため走った(歩いた)のですが満月が綺麗でした。

昨日はサクと亜紀ママの会話のシーンのBGMが「月光」みたいだなぁ、などと思いまして
ちょっとその後のシーンにつながるかなぁと、そんなことを考えつつ。。。

走っている最中はちょこちょこ月を眺めていましたが、夜も、雲の動きは結構見えるんですね。
雲が行ったり来たり、月が隠れたり、見えたり。。。


などと思いつつ、帰ってきて記事をみましたら、朧月夜がアップされている‥‥


と言うことでシンクロ率が好い感じだなぁ、などと勝手に思っています。
こちらの月はもう少し青味かかったような色でした(横浜です)。


写真の朧月夜は、まさに鈍色って感じですかね!

もう少し近づけば、亜紀(はるかちゃん≒兎)が見えてきそうです。


これからも、風邪には十分お気をつけ下さい。
ブログの更新、楽しみにしています。

失礼しました!

★ トム さん

薄雲越しに撮ってますので 空は黒いし、月自体も霞んでいるので色は どうなんでしょうね^^

【※注意!!】

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