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2009年07月22日

● 田舎者の証明(1)


ふと、思った事を記してみる。




今がどうなのかは知らない。


あくまでも私の学生時代の頃の話をしよう。


例えば、生まれ育った場所で一生を過ごす人がいる。


札幌で生まれ、小中高大と札幌の学校に進学し 札幌の会社に就職し、定年を迎え 余生を送る…という風に


それが良いとか悪いとか そんな事を以下の記述は論じたいのでは無いので どうか誤解の無き様に^^


札幌の高校を卒業して 東京の大学に進学し、親元から離れ 見知らぬ場所で過ごす…


札幌って地域は札幌オリンピックの前後から 本州、特に関東周辺から転勤等で移動してきた人で急速に人口が増えた事もあって 日本地図上では北の遠隔地でありながら、東北を飛び越して東京めいた都会さがあり、ゆえに 小中高と札幌で過ごした私などは 進学で東京にポッと出ても違和感など無い… そう勝手に思い込んでいた。^^


特に、札幌育ちの私や私の周辺では 進学で東京に行くのは当たり前…みたいな環境だったから、多くの友人や先輩・後輩が東京周辺で一時期を過ごしたわけだが、実際に移り住んでみて まず実感した事は言葉の訛りが少ないと言われながらも けっこう、方言が身についてしまっていた事。


「かたしといて」「ほかしなよ」「ばっくれる」


東京の人が普通に使う そういった言葉の意味が最初は判らず、判った今日でも なんか馴染めずにる。


逆に「ゴミをなげる」「いずい」「書かさる、書かさらない」「いいふりこき」等は その言葉を私が発する毎に 周囲の東京人から


「え? なに?」


と、聞き返されたものだ。


ちなみに


・「ゴミをなげる」とは「ゴミを捨てる」という意味

 単純に「それ、投げ(捨て)といて」「これ、投げていいの?」の様に用いる。


・「いずい」とは「異物感がある」とか「違和感がある」という意味で

 「歯の間にネギがはさまっていずい」ってな感じで用いるのだが、応用範囲は意外に広く

 「あの野郎が そばにいるだけでいずい」と言う風にも用いる事があり、そこから

 「アイツだら まず、いずい野郎だもな(彼は 本当に鬱陶しい存在ですね)」

 という表現につながるケースもある。 


・「いいふりこき」とは「お調子者」とか「カッコつけた野郎」という意味

 「~する」という表現を「~こく」と言う場合が北海道にはあり、「屁をこく(こいた)」

 「嘘こいてんじゃねぇよ(嘘つくなよ)」という風に^^

 従って「いいふり」とは「良いフリ」 つまり、良い人のふり 素敵な人のふり…という意味であり

 「良い人ぶってんじゃねぇよ」とか「カッコつけてんじゃねぇよ」という意味で

 「このいいふりこきが!」と罵る場合に用いたりする。


で、ちょっと複雑だが実に北海道らしい方言が

・「書かさる、書かさらない」

 単純に表せば「書ける、書けない」って事なんだけど

 北海道弁の場合、時々 「書く」「動く」「見る」など動詞に

 「~さる」「~さらない」「~らさる」「~らさらない」という表現を使う事がある。


 たとえば「書かさる、書かさらない」

 「このボールペン 書かさらないや」

 北海道人が普通にこう言った場合、「このボールペン 書けませんよ」という意味の他に

 「このボールペンには もうインクがありません」という意味や 場合によっては

 「私は ちゃんと字を書く事は出来るんですよ、

  でも 今書けないのは このボールペンが使いモノにならないからです」

 という意味まで含まれている場合が多い


 つまり、動詞に「~さる」「~さらない」「~らさる」「~らさらない」という表現を使う場合の殆どは

 「俺のせいじゃ無いんだ」という責任転嫁が含まれているのね


 「アンタ、今 私のパンツを覗いたっしょ?(覗いたでしょ?)」

 そう問い詰める女の子に対して

 「したって、そったらに短いスカートだら 嫌でも見らさるべや」

 (だって、アナタのスカートが短すぎるから 自然に見えちゃうんでしょ?)


 とか、


 「ちょっと! お風呂が沸いていないよ?」

 「あれ? 湯沸かしスイッチ押ささってなかった?」


 とか、


 「おまえ食い過ぎじゃねぇか?」

 「いや、イクラの浸かり具合が美味くてさ なんぼでも御飯が食べらさるんだわ」


という風に。^^


要するに、自分の意志とは反して「不可抗力的に」とか「機械の調子が悪くて」とか「メシを食い過ぎたのはイクラのせい」という様に 責任転嫁した意味を無意識に込めているおり、言われた方もそう受け取るのだが

 「何言ってんのさ アンタ、スカートの中を覗き込んだでしょ?」

 「なんもだって、見らさったんだって 見たんで無ぇって!」

 「いや、いくら短いからって見らさるわけ無いべさ 見たから見えたに決まってるっしょ!」

 「違うって、見らさったんだって」

こういう言い合いを 北海道人以外の人が聞いたら どう思うのだろう?


方言って、つい素になった時にポロッと出る そして、周囲が「え?」って表情になっているのを見て、「あ、やっぱ 俺って田舎者」と実感するのは まず、言葉からなんだな


だから、地方出身者は 無意識のうちに都会風の喋り方を身につけようとし 本人が無理矢理覚えたものだから50過ぎても そのおかしな都会喋りが逆に抜けない その典型的な例が 我が友「気の弱い弁護士」で ススキノのとある高級クラブにて


「なんだよぉ~ もう、そのボトル もう空みたいなもんじゃん?

 そんなのほかしちゃって 新しいボトル持っておいでよぉ~


 あれ? 俺、なんか変な事言っちゃった? え? ほかす…って あれ? あ、言わないか

 ゴメンゴメン、つい 東京生活の言葉が出ちゃって…」


と言うクセに 東京の事務所での依頼人との会話では


「う~ん、それはお困りですね

 確かに、裁判で争う他無いかもしれませねぇ…


 まぁ、地方なら 昔からの顔馴染み…なんて関係で 話し合いで解決する可能性もありますが

 ここは東京ですからね なかなかそう言うわけにはねぇ…


 えぇ、その用紙 弁護士に代理人として依頼するということで… ええ、そう…


 あれ? そのペン 書かさりません? 書かさらない?

 おかしいなぁ… さっきまで ちゃんと書かさったんですけどねぇ… 投げちゃいましょ」


今でも 普通に上の様な会話をしているマヌケだ。




さて、何を言いたいかというと…


私は以前より、若手俳優に出身地の方言でドラマの台詞を喋って貰おうの会の会員として 方言使用の重要性を主張している。


方言=田舎者という図式で 特に若者は嫌う傾向が強いけれど、何代も前から その地方独特の言葉として用いられてきた方言を疎かにするのは 私は間違いだと思っているからだ。


で、よく考えてみて欲しいのは 例えば「方言の抜けない者」=「田舎者」と決めつけて小馬鹿にする様な連中の殆どは そいつ自身か、さもなくばそいつの親が田舎から東京に移り住んだ 言わば「親子三代続いて江戸っ子」という図式で言えば まだ、江戸っ子になりきれていない連中 つまり、東京と田舎のハーフでしかない。


そんな連中が方言を笑うのは 方言を笑う事でいかにも自分が都会人か…と 都会人ぶりたい気持ちの反動だと私は決めつける。


そんなエセ都会人に笑われたって 自分の人生にはなんの影響も無い。


むしろ、自分に故郷がある事、それを誇りに持つべきだ。


まぁ、20代では なかなかそういう考えは理解出来ないかもしれないし、実は私もそんな一人でもあったのだが、大学で4年 その後、社会人に2年半 合わせて6年半、東京で生活して


「こんなとこ 一生暮らすべき魅力など何も無ぇ」


というのが私の実感で その気持ちはその後、40代になるまで仕事は関東圏が中心だが、家庭や生活は札幌と 東京と札幌を行ったり来たりの生活を過ごした今でも変わらない。




さてさて…


今から20数年前に岡山を旅した時の事、本当なら 倉敷か岡山の駅前でレンタカーを借りて行動するのが手軽ではあるのだが、私はとにかく まず鷲羽山に行きたかった事と、宿も鷲羽山の傍のホテルをとった事もあって 岡山駅から在来線で児島駅に移動したのだが ちょうど、高校生が帰宅する時間帯だったらしく 車内の乗客は殆どが通学生で


私の直ぐ横には3人連れの女子高生が おそらくは教師の悪口を言い合いながらケラケラと愉しそうに会話をしていた。


私は 何気に聞こえてくる彼女たちの会話がコテコテの方言で そんな方言の心地よさに酔ったものだ。


まぁ、たまたまそうだった…と言われればそれまでだが、昨年 同じ様に岡山から児島へ在来生で移動する機会があり、20数年前と同じ様に 電車通学の女子高生達の会話を盗み聞く機会を得たのだが


「まじ? あり得ないっしょ」

「だよね、ほんとウザイ」

「ほんと、笑えない」


彼女たちの会話に方言が欠片も混じって無かったのが とても寂しかった。


お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

私の出身地、青森でもゴミは「投げ」ますし、母などゴミ収集車のことを「ゴミ投げの車」などと言います。
笑いたくもないのに笑えてしょうがない時は「笑わさる」、靴の紐を解く時はたまに「むすばさったり」します。
この語感がなかなか周りには伝わらなくて、もどかしい思いをします。
もどかしいだけでなく自分自身にとっては他にしっくりくる表現がないなとも思います。

生まれ育った地元の言葉はやっぱり一番ホッとします。
たとえ普通に喋っていても喧嘩してる?と言われるような津軽弁であったとしても。

でもブタネコさんがおっしゃる通り、方言はどんどん廃れていっていますね。
単語そのものが消えていっているだけでなく音もだと思います。
津軽弁には50音で表現できない音があって、あえて津軽弁で活字にする場合は傍点のように小さな白丸をつけたりするのですが、
3歳下の妹でさえ、津軽特有の「び」と「ぶ」の中間くらい、「き」と「く」の中間くらいの擦れたような音を発音できません。
さびしいですよね。

★ Rin さん

お久しぶりです、お元気そうでなにより^^

>自分自身にとっては他にしっくりくる表現がないなとも思います。

なかなか伝わさらない…って事ですね。^^

>で、よく考えてみて欲しいのは~都会人ぶりたい気持ちの反動だと私は決めつける

私は所謂「三代続いた江戸っ子」ですが、埼玉で一人暮らしをしていたことがあります

この頃に東京で「けっ、埼玉の田舎者かよ!」という言葉を私に浴びせた人間は決まって東京の人間ではありませんでした

山の手と下町でまた微妙に違うので異論があると思いますが
私は東京人も「東京」という土地が故郷の田舎者だと思っています

(元旦の深夜に浅草寺なんかに行くと垢抜けた髪型やファッションの人間はほとんどいません
でも、あっちがホントの東京人ではないかと思います)

なので故郷東京を愛するものとしては、前述のような輩や行為は東京の評判を著しく下げるものとして
本当に頭にきます

ま、水が不味いとかは本当なのでしょうがないですが(^_^;)


それと、「ほかす」は東京の言葉ではないと思うのですが‥

ブタネコさんに「え?ほかすの意味わからないの?」という人間がいたのであれば、それは東京の人ではない可能性が高いと思うのですが‥いかがでしょうか?

★ さんばるばり さん

>東京で「けっ、埼玉の田舎者かよ!」という言葉を私に浴びせた人間は決まって東京の人間ではありませんでした

案外、札幌出身者だったんじゃないでしょうか? そういう奴を私は数人知ってますから

>私は東京人も「東京」という土地が故郷の田舎者だと思っています

(その3)では まさにその辺について述べようと思ってました

>「ほかす」

私は 親子三代の東京人達から言われましたが どうなんでしょうね?

たびたびお邪魔します。

「ほかす」ですが、
私は関西に来て初めて聞いたので、関西弁だと思っていますが・・・

★ Rin さん

御指摘を頂戴し初めて「ほかす」という単語を方言辞典で調べてみたら たしかに関西地域で使用されてている単語と記されておりました。

検証の要ありですね

【※注意!!】

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