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2009年06月15日

● 天国はまだ遠く 追記考察


映画『天国はまだ遠く』の記事に関して いくつか頂戴した非公開コメントやメールへのレスも込めて記してみる。




【注意:この記事にはネタバレが満載です。】

 映画本編を未見の方は 映画を見てから読まれる事を強くお薦めします。




ここ数日、数回「天国はまだ遠く」のDVDを見た。


見れば見る程、私にはこの映画が傑作に思えてならないんだな。


で、先日 掲示した『天国はまだ遠く』の記事に対して 寄せられた非公開コメントやメールにおいて共通している事柄は


「主人公の女の子は 本当は民宿にずっといたかったんじゃないか?」


とか、


「田村さん(徳井)は 本当は女の子にずっといてほしかったんじゃないのか?」


等々…


で、それについて ブタネコはどう感じているのか語ってみろや…って事なんだな。


それについて どうだっていいじゃねぇかぁ…とは思わない。


たぶん、誰もが気になっていることだろうから


なので、私自身も久しぶりに深読みを試みて考察したいと思い、私見を語ってみようと思うのだが…


天国はまだ遠く

この上のシーンの時点で 私は女の子は二度と戻ってこないと決めたんだと思った。


その理由は 直前の


「私が帰るのって 田村さん 寂しいですか?」

「アンタはホンマに幸せな人やナァ…」

「悲しいのか、悲しくないのか どっちなんですか?」

「そら、悲しいよ アンタやなかっても 人が来て去っていくのは悲しいもんやろ」

「私が帰るのはどうですか?」

「俺が帰らんといてくれって言うたら ここにいてくれるのか?」

「私がここにいたいって言ったらおいてくれるんですか?」

「俺の家 民宿やし」
 

という会話の後


天国はまだ遠く

上の 女の子がフッと前髪を吹き上げる仕草を見たから。


あくまでも私見だが たぶん、この会話の中で 田村が率直に「このままいてくれ」と言えば女の子は帰らなかったんじゃないか?と思う。


天国はまだ遠く


前の晩

ここは たくさんものを与えてくれるけど 私はここでなにをしたらいいのかがちっとも判らない


彼女が帰る理由として そう言った。


とうとうそう考えられる様に 少し強くなったんだな…と、思う反面 私には まだ脆さが感じられて仕方が無い。


彼女は「帰らなきゃいけない」と彼女自身が思う反面 まだ、心の中が完全に整理がついたわけではなく、迷っているのだ。


ただ、都会の今までの生活から離れて では、何処に行けばいいのか? それが ココ(彼女が今いる宮津)じゃなければならない理由は? と、考えた時 彼女がここにいなければならない理由も 実はまだ無いのだ。


だから、もし田村が「ここにおれよ」なんて事を言えば 彼女はそれを「ここにいる理由」として受け入れられたんじゃないか?と。


しかしながら、田村は 率直に「ここにおれや」とは言わず


「俺の家 民宿やし」


と、ひどく遠回りな言い方しかしない。


それは 田村自身が婚約者の自殺から立ち直れておらず 彼女を引き留める勇気が欠けていたからでもあるのだが…


彼女にしてみると明確な答でない以上 ここにいる理由にはならないから、思い立ったように都会に戻ろうと 気持ちを吹っ切る。


その「吹っ切る」ときのクセとして 前髪を吹き上げる… に、繋がるんだな と。


と言うのは 気づいている人も多いだろうけど


天国はまだ遠く


彼女を追いかけて恋人が現れた時 彼女はこの前髪を吹き上げる仕草を一度見せている。


彼女は 死のうと決意してメールで送った「さよなら」だったのに、彼氏は恋愛関係に別れを告げる「さよなら」だと勘違いしていた。


つまり、彼氏は 死のうと決意する程悩んでいた彼女の内面までは全く気づいてくれていなかった事が確認出来、それが判ったから「別れよう」と 気持ちを吹っ切ったわけで、その時に見せた前髪を吹き上げる動作に繋がっていると。




さて、


「田村さん(徳井)は 本当は女の子にずっといてほしかったんじゃないのか?」


に、ついてなのだが…


天国はまだ遠く

駅のホームでお土産の野菜の中からマッチが出てくるシーン


多くの人は そこに田村の想いが込められていると感じる。


では、その想いとは どんな想いなのだろう?


「また、来てね」「民宿”たむら”を忘れないでね」「いつでも連絡してね」…


いろんな解釈が浮かぶ。


私見を言えば 私はこのマッチを忍ばせる行為に「また、来てね」より もっと強い「必ず、おいでよ」みたいな気持ちが込められていると推察する。


天国はまだ遠く天国はまだ遠く

上のシーン 彼女が彼氏に出そうとした手紙に 田村さんがマッチを忍ばせる。


この時、田村さんは どういう意味でマッチを忍ばせたのだろう?


私は「彼氏に彼女を迎えにおいで」と意図したんじゃないか?と想像する。


だから、なんとなくなんだけど 田村がマッチを忍ばせる行為には「おいで」と「来い」の中間ぐらいのニュアンスが込められている様に感じている。


けどね、その推察には 当初、正直言って確たる自身があったわけでは無い。


天国はまだ遠く

この映画のDVDには コメンタリー音声がある。


映画の進行に伴い チュートリアルの二人と加藤ローサが対談している音声だ。


それを聴いていて「あぁ、そっか」と思わされた部分がある。


それはラストの野菜のお土産について チュートリアルの福田が


「もしかしたら、田村さんは野菜を渡したかったんじゃなくて

 本当は 中に入れたマッチの方こそを渡したかったんじゃないのかな?」


と言った部分だ。


なるほどなぁ…と、思った。


と、同時に 先述した田村がマッチを忍ばせる行為の私見に ほんの少しだけ自信が持てた。^^


要するに、田村さんは 彼女が自分に対して何らかの恋愛めいた感情をもっているとは欠片も思っていなかったのだ。


婚約者に自殺され 女心というモノが全く理解出来なくなっており、ついでに自分にも自信が持てないでいる。


しかしながら田村さんは ささやかながら、彼女に好意を抱いてはいる。


けれども、それを言葉に直接表現する事が出来ない。


だから、マッチを忍ばせる事で 都会に戻ってお土産の野菜を袋から出した 少なからず届けばいいなという想いと ちょっと強い思いを込めた「またおいで」という意味なんだな… と。




さてさて…


天国はまだ遠く

瀬尾まいこ:著 新潮文庫:刊 ISBN978-4-10-129771-2


「天国はまだ遠く」の原作も読んでみた。


別に、アラ探しとか 原作との比較論を述べたいわけではないのだが…


原作と映画には どんな作品でも大なり小なり違いはある。^^


この映画に関して言えば 最大の違いは田村さんの背景描写の有無が在るか否かであろう。


例えば 自殺した婚約者の件は原作には見当たらず、映画版での付加なわけだ。


私は このブログで今まで掲示した映画の感想記事において いろんな映画で原作への手の加え方が気に入らないと酷評してきたが、この映画に関しては 逆に、こういう改編はアリだろうと 何の問題も感じていない。


むしろ、こういう描写を付加する事で 田村さんが 簡単に女を口説くナンパ野郎ではなく、かつ、原作以上に心のしわが深い 味のある人物となっている様にさえ思える。


かと言って、原作が見劣りするものでも無い。


もし、映像より先に この原作を読んでいたとしても どちらの評価も変わっていないと思う。


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