● 刑事一代
6月20日・21日 二日にわたって放送されたSPドラマ「刑事一代」を見た。



主演は「渡辺謙」 こういう役を相変わらず実に巧く演じている。

「大杉漣」

「木村多江」など 個人的「お気に入り」もワンポイント的に要所を締め、ドキュメンタリー風のドラマとしては とても面白かった。
さて、重ねて申し上げるが「ドキュメンタリー風のドラマとしては とても面白かった」と感じてはいるが、見終えた時に 同時になんか釈然としない思いも一杯だった。
そこで、早速

「刑事一代―平塚八兵衛の昭和事件史』佐々木嘉信:著 新潮社:刊 ISBN978-4-10-115171-7
原作を入手して読んでみた。
その上で、あくまでも個人的に思い感じたままを少し述べたいと思う。

上のキャプは このドラマの第2部が放送終了する時に映されたもの
この「刑事一代」というドラマは同名の書の映像化であり、原作内に登場する人物は敢えて仮名にしてある事はともかく全て実在の人物であり 実際の事件の捜査側の裏話であり、その裏話の実際が「あぁ、なるほど そういうことなのか…」と知る事がいろんな意味で価値のあるものだと私は思う。
例えば、映像内には無かったが 原作にある「下山事件」は自殺なのか他殺なのか、松本清張なんて小賢しいオッサンがしゃしゃり出たり、法医学の論争など 未だにミステリーとされている事件に関して 警察の特に現場捜査関係者がどう認識していたのか?という部分を ようやく知る事が出来たもの
また、「帝銀事件」に関しては ずっと「冤罪事件」だと話に上った事件であるが 一市民として「犯人」と断定し逮捕した根拠と それが「冤罪だ」と主張する根拠をきちんと知る術が殆ど無いまま議論が続けられてきたもので これも、捜査側の根拠の大部分を この書で知る事が出来た。
そして「吉展ちゃん事件」や「3億円事件」に関しても それは同様だ。
たしかに、この原作は主人公である刑事の言い分だけをもとに記された書であるから 例えば、主人公である刑事と対立した別の刑事達に少なからず異論もあるだろうから 全てをそのまま鵜呑みにするのは早計だとも思うのだが、日本人ってのは不思議なモノで 誰かが「実は ~だったんです」と口火を切る事がキッカケに「いや、それは~だった」「そこは ~でしょ」と他の人達が口を開き始め ようやく事の真相が世に知れるようになる。
つまり、世間を騒がせた昭和の事件史の真相がようやく表に… そのキッカケになると考えれば この書の意義はとても大きい。
なのに、なんで『架空の人物を加え構成したフィクションです』って映像にしちゃうのかな?
であれば、この「刑事一代」の様な原作を映像化する場合 映像のどの部分がフィクションなのかきちんと明確にしてくれないと、全てを架空の絵空事と理解するなら まだマシだが、映像を見た人の多くは全てを事実と信じ込んじゃう可能性はけっして低くないんじゃなかろうか? 私は そういうドラマ作りの姿勢に疑問を抱く。




私は「相武紗季」ヒャホイではるが、原作を読むと そこに女性のカメラマンが登場しない事を知り「あれれ?」と感じた。
たぶん、小原の墓参りの件で産経新聞のカメラマンが登場する事から その役に相武紗季をキャスティングしたんだろうとは思うけど、何故 女性で、しかも警察官の娘なんてフィクションを放り込むのか その意味が私には理解出来ない。
