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2009年05月18日

● 裁判員制度についての私見


あくまでも個人的な考えを述べてみる。




21日から始まる裁判員制度について このところTVで色々と報道や議論がなされている。


それらを見ていて 個人的に思う事を私見として述べておこうと思うのだが…


そもそも、この制度の導入に至る過程には


『一般市民の感覚と 裁判官の判決が時に大きくかけ離れていると感じられる事がある』


という事が ひとつの問題視となった事にあると思う。(もちろん、問題点は他にもある)


例えば、世間を騒がせた重大事件の判決が予想外に低いものだった…という事例や ある種の事件に対して 量刑が相場的に決まってしまっている固定概念のようなモノへの不信感など


でも、ここでひとつ考慮しなくてはならない事は その『一般市民の感覚』って何によって決まったり、左右されたりするのかな? …って事。


例えば、親戚縁者や知人が加害者や被害者であったり 住んでいるところの近隣で生じた事件であれば 多少なりとも予備知識はあるだろう。


でも、例えば北海道に住む私の場合だと 本州以南の地で起きた事件の場合、そうそう予備知識なんてものは無い。


そう『一般市民の感覚』ってのは マスコミが勝手に決めつけて『報道する人間の考え=一般市民の感覚』という風に あたかもマスコミが一般市民という着ぐるみに身をやつしているのと同じだという事。


真の意味での一般市民は TVや新聞屋雑誌などのメディアを通じて予備知識を仕入れており、ともすれば左右されていたりする。


つい先日、酔っぱらって裸になって騒いだ事により逮捕されたタレントが 近々、仕事に復帰する旨のアナウンスを所属事務所が行ったという話をテレビで見たが 以下に述べる事は そのタレント個人についての批判という意味では無く、あくまでもメディアの姿勢という意味で述べさせていただくと…


「公然猥褻罪」で逮捕…という直後 殆どのメディアは言葉巧みに中立というオブラートに包んだように見せかけながら「コイツ、とんでもない事をしましたよ」という報じ方をした。


しかしながら、じゃぁ今ではどうなの?と眺めると「真摯に謹慎し反省した」ので 近々、仕事に復帰するのだそうで ともすればキャスターから「頑張ってくれる事を期待してます」なんてコメントまでついている。


だったら最初から大騒ぎなんかせずに「@@が酔っぱらって公然猥褻で捕まりました」だけを言ってりゃいいわけで その時に色々と尾ヒレをつけるようなキャスターやコメンティターの台詞により もしかしたら「酔っぱらって喚きながら裸になりました」ってだけの事が 物凄い大問題に聞こえてしまった視聴者は少なくなかったんじゃなかろうか?


が、個人的な意見を付加すると 酒による過ちに関して この日本という国はどうしてかくも寛大なのか?という事が私はかねがね不思議でならない。


ヘタすると「酔っぱらっちゃってさ」と言えば 大抵の事が許される魔法の言い訳みたいに甘えた考えのアホが多すぎる。


楽しいから酒を飲み、酒を飲むから楽しい… 分からなくもないが、とっとと自分だけ酔っぱらって騒ぐだけ騒いだ後に寝てしまい 後片付けは他人任せ…みたいなアホが 誰の周りにも一人や二人いるだろう


それが「仲間内のこと」とか「身内の話だから」という範疇で関係者が笑って済ませる度合いであれば わざわざ問題視しないが、酔っぱらって運転して 誰かを怪我させたり、殺したり 何かを壊しちゃいました…なんて話は笑えないにも関わらず、巷には多すぎる。


おっと… 話が逸れそうなので本題に戻る。


酔っぱらって問題を起こしたタレントが「真摯に謹慎し反省した」


それって、誰が そう判断して言ってるのだろう?


おそらく本人や所属事務所は そう言うのであろうし、だからこそ仕事に復帰するのであろうし、ファンも復帰を願えばこそ そう認めるのだろう。


しかしながら、それってファンでも関係者でも無い一般市民には 良い意味でも悪い意味でも実際を知らないわけだから 一般市民の感覚として そう認めた…とは 到底成り得ないと私は思うのね


ただ、誤解を招くと困るので補足しておくけど 本人が反省してるか否かを一般市民が自分の目と耳で確認する為には とっとと本人が仕事に復帰したけりゃ復帰してTVに出演すればいいわけで、その姿を見て はじめて一般市民は「あ、反省してるな」とか「コイツ、ダメじゃん」って それぞれが判断出来るんじゃないの?


にも関わらず、メディアは「真摯に謹慎し反省した…と 多くの人が認めたので」って言い方をする


さて、その多くの人って誰なのだろう?


要するに 私の言いたい事は メディアは「メディアが一般市民の目であり耳である」と思い込んでいる。


それはそれで部分的には間違いでは無い、報道というモノの基本はそれなのだから。


しかしながら、多くのメディアはさらに「メディアの判断こそ 一般市民の感覚である」だと思い上がっている事が 私の不愉快な点なのだ。


つまり、事件がどういう内容なのか? それらの事実だけを報じるのでは無く「犯人は きっと~な奴」というメディアの憶測的イメージを先行して事実と共に垂れ流し、容疑者が逮捕されると それを犯人と決めつけて「~は子供の頃から ~な性格で」等と 事実の羅列ではなくメディアの憶測を補完する情報だけを垂れ流し、容疑者が起訴されると もう完全に犯人として叩きまくり 容疑者が容疑不十分で釈放されると「絶対にコイツが犯人だ!」みたいな「メディアの憶測こそが正しい」と報じまくったりすらする。


その課程において はなはだ不愉快なのは、しつこいようだが「メディアの憶測=一般市民の感覚」にメディアが勝手に置き換えて メディア自身はあたかも中立公正なんですよ…的な対面を保とうとする事、にも関わらず 別の真犯人が現れるなど、明らかにメディアの憶測が間違っていた時に 自分達がバラ撒いた「メディアの憶測」に関して


「それは 多くの人達が勝手に思い込んじゃってたんですよねぇ」


「そうですね、そういう風評被害も問題なんですよね」


等と、他のメディアのやった事…みたいに他人事で済ませ 自分達の非を認めようとしない無責任さなのだ。




つまり… 私の言いたい事は「裁判員制度」を導入して 裁判に一般市民の感覚を反映させるという意義は大いに認めたいと思うのだが、それについてとやかく論じているメディアの連中に振り回されてはいけない…という事。


最近のメディアは


「一般人による裁判員に 死刑という判決の責任を委ねていいのか?」


みたいなテーマが多く それに関する街頭インタビューも


「もし、裁判員になって 加害者やその関係者から恨まれたらどうしよう」


等、不安を煽る様な内容のものばかりつまみ上げられている傾向がある。


私は そんな事よりも、裁判員になる人々に余計な雑音や先入観を与えるメディアの姿勢を反省し、論議した上で改善しろと言いたい。


お駄賃

 気が向いたら…で結構です。^^;

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コメント

ブタネコさん、こんばんは。

酒での不祥事では私も一人前のことはいえませんが、近頃の報道は、ニュースでさえもショー的な要素が感じられ、仰る通り、キャスターなり、コメンテーターが一般代表のような口調で発言するのには違和感を感じますね。

番組によってはその事件に対する番組としての見方みたいなものを作って報道し続ける場合もありますしね。いい場合ももちろんありますが・・・。

裁判員制度の情報という点では、先入観を与えかねないのは仰るとおりですね。
では、また。

★ イエローストーン さん

殆どの場合の風評被害ってマスコミが発端だという事を猛省すべきだと私は思うのです。


報道番組のアンカーが「私は国民を代表して発言してます」という顔で個人的な意見を述べてるのを観ると、腹が立ちます。

事実をそのまま伝えるのが報道の仕事だと思うのですが。

日本のマスコミって昔からこうなんですかね???

★ スミゴルフ さん

私の記憶では 筑紫あたりからですね


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